第7話 エアライドぐらい平和に遊ぼうぜ
カービィのエアライド。 発売から15年以上経過して今もなお続編を期待されているゲームキューブの大人気作品である。
カービィがゲームキューブでソフトを出したのはこの一本のみ、あとは難産で幾度の開発中止などでWiiにバトンタッチされたりしているので正真正銘のカービィ唯一のゲームキューブソフトである。
ゲームの内容はいたってシンプル。 ボタン一つとスティックで操作をしてコースを周回するのみ、ルールの内容はマリオカートとほとんど変わらない。
「き、きたぞ!」
ただ一つ、ある点を除けば…
「ぷ、プラズマだ! 逃げろー!」
このゲームにはプレイヤーであるカービィのみでなく、他の敵キャラもレースに参加している。 ただしマリオカートのように順位に関係はせず、いわゆる障害の様にただその場に突っ立ってたり、トロッコやボードで走っている。
そんな敵キャラはカービィにとっては邪魔でしかない。 もちろん彼はコピー能力を駆使して自分の走路を確保しつつ、首位を目指すのだ。
「邪魔だよ!」
「ぎゃあ!」
「か、カーラーの姉さん!」
もちろん、それの犠牲になるのは敵キャラなのだが。
「お、おい! こっちにもきたぞ」
またある場所では、敵キャラたちが固まって走ってるあたりに別のカービィが特攻してくる、彼の手にはソードが!
「に、逃げろ!」
「馬鹿、押すな邪魔だろ」
このゲームでは敵キャラを倒すと少しだけエアライドマシンの速度がアップする。 つまり敵キャラが集まってる場所はカービィにはまさに格好の獲物なのだ。
「う、うわあああああ!」
コピー能力、クイックスピン。 次々と後ろから走ってくるカービィが様々なテクニックを駆使して雑魚の敵キャラたちを撃破していく。 少しは反撃をすればいいのに、とは他のゲームから見学している雑魚キャラたちの弁。
「まったく、あいつらカービィにただやられてるだけじゃないか…」
「敵キャラの面汚し…なのサ!」
☆
「はーい、皆さんお疲れ様でした。 今回の給料で〜す」
エアライドレース終了後の楽屋裏、プレイヤーがゲームキューブの電源を落とした直後のお話。
カービィにボコボコにただひたすら蹂躙された敵キャラたちは厚みが1センチゆうに超えるであろう茶封筒を手渡しされる。
「いやぁ、今日は何時間ぶっ通しだったんだ?」
「昼の1時から5時ぐらいだなあ、休みで暇だったんだろうよ」
「オレ、20回ぐらい切られた」
彼らの茶封筒にはデデンの札束がギッシリと入っていた。 ただ、それ以上に彼らはカービィにボコボコにされているのに心なしか笑顔だ。 勿論そんな光景を快くないと思うものもいるわけでーー。
「なーに、笑っているのサ!」
「ぎゃあー! マルクさんだ!?」
楽屋の入り口からものすごい怒りの形相をしたマルクが『アローアロー』の矢を勢い任せに無差別に発射する! エアライドを終えて一息ついたばかりの敵キャラたちは回避するまもなく殆どがそれを受けた。
「貴様らどいつもこいつもカービィに蹂躙されているのに、ヘラヘラニヤニヤして…そんなにエアライドが楽しいか!?」
マルクはズカズカと楽屋に入ってきては一人の敵キャラの札束が入った茶封筒を取り上げた、ちらりと中身を確認すると1万デデンがひぃ、ふぅ…
「……ボ、ボクがスマブラで出た時のギャラの何倍もある」
「こいつ、週6で朝9時から夜中11時まで働きましたから」
「休憩は?」
「食事休憩と目が疲れて洗顔に行った時合わせて25分ぐらいですね」
「ブラック過ぎるのサ」
少し哀れみの表情で茶封筒を押し付け返し、マルクは周りの敵キャラの顔を見渡した。 いつも彼が見ていた様な、打倒カービィだの、憎きピンク玉だの、怒りの感情はほぼ感じない。 そのほのぼのと言うか、間抜けな楽屋の空気にマルクは歯ぎしりをする。
「貴様ら…楽天家すぎるのサ! あの! カービィに! 良いようにされてるのに気づくのサ」
「いやぁ、でも…」
「なるべくカービィの邪魔をしないって契約ですので」
その敵キャラの言葉を待っていたとばかりに、マルクの身体は真っ二つに割れた。 中央から黒い吸引力が発生すると、近くの敵キャラを瞬く間に吸い込んでいく。
「ぎゃあ! マルクさん!」
「青筋浮かべながらブラックホールはやめてください!!」
楽屋の壁にすがりつきながら、またあるものは机の下に隠れながら必死にマルクの怒りを抑える。 ブラックホールの発生を抑えたマルクは、 ボロボロになった楽屋の中で、イタズラっぽい笑みを浮かべる。
「…まぁ、いいのサ。 君たちがヤル気が無いなら、ボク達が代わりを勤めてやるのサ」
「か、代わりって…」
マルクが指をパチンと鳴らすと、エアライドコースに見慣れない敵キャラ達がぞろぞろ向かっていく。 楽屋の中はその彼らを呆然とただ見届けるしか無い。
「まぁ…その楽屋のテレビや現地でよぉく見ておくのサ」
コースに出て行く敵キャラの集団の最後尾に陣取り、マルクは楽屋の敵キャラ達を見下すような視線で言い放つ。
「カービィを倒す、手本を示してやるのサ!」
☆
エアライドコース、コルダ。 氷で覆われたコースでその壮大な世界観と美しいコースはエアライドのコースの中でトップクラスの人気を誇る。
空をくまなく回遊するレールや、コースの邪魔にもなる動く氷塊、そしてさまざまなショートカットと敵キャラだけでなく様々なギミックでカービィを、そしてプレイヤーを惑わせてきた。BGMも人気なので知らない人は是非聴け。
そしてマルクがこのコースを選んだ最大の理由は氷である。 全面が氷に覆われているため、摩擦が非常に少ない。
つまりエアライドの操作性の難度が比較的高いのである。
その美しさと壮大なスケールはプレイヤーだけでなく、敵キャラにも人気がある。 エアライドの敵キャラにとってここに参加するのは名誉な事だとか嘘だとか。
「ああ…オレも一度はあそこに行きたいなあ」
「ダメダメ、あそこ氷のステージだから慣れないとカービィの邪魔するどころじゃないからベテランじゃないといけないぞ」
マルクに追い出され、今回はテレビや現地で見物に回っているエアライドの敵キャラ達にとっても憧れの場所。 彼らも、まあ別にカービィが好きと言うわけでは無い。 多少切られたり燃やされたり理不尽な目にも幾度かあっているので、それの鬱憤を観れるのでは……と、見学に来ている。
「お、始まるぞ」
カービィが走り出す。 と、同時に敵キャラ達が一斉にカービィの前に飛び出した。
「あ、一斉にタコ殴りか」
「まあ、この手は定番だよな」
肘をつきながら様子を見守る見物の敵キャラ達、しかし彼らもエアライドのベテラン、すぐに違和感に気がついた。
「…な、なんだ? カービィのエアライドマシンの滑り、いつもより活発と言うか…」
「コントロールが、効いてない!?」
そう、カービィのエアライドマシンはいつも以上にスリップをしていたのだ、そして戸惑うカービィをよそに敵キャラでありエアライドにいないはずのフレイマーやヤリコ達が攻撃を繰り出す。
「オラオラカービィ!」
「オイラ達のオリーブオイル攻撃を喰らえええ」
そう! ヤリコの手には滑りやすい食用油やバナナの皮! まさに最初から目にも当てられない反則攻撃。
「せ、せこーい!」
「オマケにバナナの皮って別ゲームのギミックだろうが!」
☆
「オーッホッホッホ! ただでさえ滑りやすいコルダのコースに、まんべんなく油をまいて、他のゲームからバナナの皮を輸入!」
「そして、それをコース中にくまなく配置!」
「マルクさん! 完璧な作戦です!」
コルダのとある地点、 カービィを見下ろせるような高所からマルクと取り巻きは高笑いを浮かべながら見守っている。
「まだまだなのサ。 コルダは地下のコースなど様々なショートカットコースが存在するコース!」
「そこには勿論」
カービィがコルダの地下に侵入するのを確認すると、敵キャラが待っていたとばかりにカービィにトゲ付きの巨大甲羅を投げてきた。 コースの壁を跳弾しながら、それはカービィにだんだんと迫って行く。
「超巨大カメ甲羅! オーッホッホッホ! どうなのサ、カービィ! これではコルダをクリアする前にリタイアだろう!」
巨大な甲羅をコルダの美しい氷壁をも傷つけながらカービィに迫って行く。 間一髪でカービィは地下を脱出するが、 それもマルクの作戦の想定内だ。
「ここで一気にカタをつけるのサ! 敵キャラ軍団総出撃!」
マルクの合図と同時にエアライドにはいなかったはずの敵キャラたちが次々と飛んでくる。 みんな、このために集まった打倒カービィの徒党達!
「オーッホッホッホ! さあカービィ、コピーでもなんでもしてみろ! エアライドはコピーは制限時間ありと聞いている、コピーで倒しきるまでにまたすっぴんに戻って、お前はリタイアなのサ!」
そのマルクの作戦はほぼ完璧だった。 見学に来ていたエアライドの敵キャラ達も、いつのまにかカービィが本当にやられるのでは無いかと、身を乗り出して見守っている。
「す、すげえ…」
「本当に、勝てちゃうのか!?」
「カービィが吸い込みを始めます」
「オーッホッホッホ! ファイアでもフリーズでもなんでもこい! 時間制限までにこいつらを倒すのは絶対に! 絶対に不可能! なのサ」
双眼鏡を手にしてカービィを目で追う雑魚キャラの一人は、 その瞬間青ざめる。
「…マルクさん、ボンバーって呼びました?」
「ん? ああ、攻撃力の高いめぼしい奴は片っ端から呼び寄せたのサ。 それがーー」
マルクは、思い出した。 ボンバーの、コピー能力を。
次の瞬間、カービィは満面の笑みを浮かべながら、真っ白に発光していた。
「あ、やば」
☆
その日から、コルダは美しく綺麗なコースを取り戻すのに数ヶ月の期間を要したと言われている。 ボムの何倍の威力もあるクラッシュの火力に、コルダのコースは耐えきれる設計をしていなかったのだ。
見学をしていた敵キャラ達も、その変わり果てた人気コース・コルダの姿に呆然と釘づけになっていた。
その焼け野原のど真ん中で、平然とした表情でゴールをしたピンクの悪魔の事など誰も気にはとどめていなかった。 憎悪は、作戦指揮をとったアホのマルク達に向けられることになった。
いつのまにか消えていなくなっていたマルク達を、エアライドの敵キャラ達が許すはずもなかった。 エアライドのコースやシティトライアルには、まるで犯罪者の指名手配犯のようにマルクの張り紙が張り巡られることとなる。
『このアホに ピンときたら 110番』
『絶対に許さない 顔も見たく無い』
『コルダ爆撃事件 容疑者・マルク』
これが、マルクじゃなくてデデデが隠しキャラになった理由とも一説ではささやかれている。