第四話 ハルトマン
「おやおや、ブレイドさんや。 オールのクエストの書類はどこにやったかの」
七彩の暴食、クエストボードを眺めていた一人の老いたキャピィ族がカウンターのブレイドに問いかける。
「ああ、それならマルクとサファイア達が受けに行きましたよ。 どうかしたんですかマスター」
マスター…ギルドの長の存在の老キャピィはいやいやと顎に手を当てボードの空間をじっと眺める。
「ああ、それなんだがなこの間ギルドの集会で、ハルトマンワークスカンパニーとか言う会社が悪いこと考えておるから、クエストは破棄しなさいなって話が出てたんじゃ」
「…モソさん。 それって、いつの話なんですか?」
ブレイドも額に冷や汗が出てきて苦虫を噛み潰したような表情になる。 モソと呼ばれたギルドマスターの老キャピィは、しばらく唸ってからようやく答えた。
「1ヶ月ぐらい前かの」
第四話 ハルトマン
「ハルトマン、って言えば……エアライド販売の」
ケケは構えた手を下げてその目の前の男を眺める。 ハルトマンは穏やかに笑顔を浮かべてケケに拍手する。
「お若いのに詳しいお方だ。 お嬢さん、素晴らしい」
「ボクとサファイアがさっき教えてあげたのサ、よく覚えていたネ」
マルクも構えを解除してようやく話をする体制になった。 しかし目つきは鋭いままだ、完全に目の前のハルトマンを警戒しなくなったわけではない。
ハルトマンは何度もうなずいて、片手を突き上げる。 ハルトマンが乗っている機械の両端から、ワドルディ族の男達が掘削用の道具を手に持って横一列に並ぶ。
「別にあなた達に危害を加えるつもりはございません。 言ったでしょ? お仕事だって」
ワドルディ達は岩肌に向かってドリルやらツルハシを突きつけると作業を開始する。 彼らもエアライドパーツが目当てで仕事に来たのだ。
「え、でもコンテナ壊さないと意味ないんじゃ」
ケケも思わず答えた。 そう、彼女の記憶ではエアライドパーツはコンテナの中にあるはず、しかしハルトマンの部下達はそのどれでもない、壁に掘削している。
それでもハルトマンはお構いなしに何も言わない。 マルクはそれをただしばらく眺めていると踵を返してその場を離れる。
「おや、帰るのですか」
「そこはキミたちに譲るのサ。 ケケ、他のところに行くよ」
マルクはケケの手を掴むと翼を広げて飛び立った。 ハルトマンは、それをただ見上げて二人を見送って何もしなかった。
「ただの観光人じゃない、わけではなさげだな」
「マルクさん、どうして帰っちゃったんですか? あの人達と一緒だったら作業捗ったのに」
ケケはマルクに連れられて数百メートルほど離れた地点にハルトマンたちを見守っていた。 マルクは同じようにハルトマンを鋭い目つきで眺めている。
「なんかキナ臭いのサ」
「キナ臭い?」
ケケの言葉に、マルクはしばらく口を閉ざしていたが答えた。
「ハルトマンワークスカンパニーは、たしかにエアライド関連の事業でトップの実績の凄腕企業、だけどそんなすごい会社がわざわざ社長直々にここに来る理由がないのサ」
「ああ、ギルドに依頼するような仕事を、わざわざ自分たちからきてるから」
「そゆこと。 それに他にも怪しい噂がたくさんあるのサ」
「ハルトマン、どんな会社なの」
寝転んで仕事を放棄状態だったサファイアとピッチは、依頼のコピーを眺めて話をしていた。 その内容は、まさにハルトマンワークスカンパニー。
「出来てからまだ2年しか経ってないのに、マシンやパーツの製造販売のトップシェアを誇ってる」
「うわあ、すごいんだね」
ピッチは純粋に感想をつぶやいた。 サファイアは、凄いなとだけ答えて続ける。
「参入初月度から、いきなり1位に躍り出たんだ。 ハルトマンは」
「初年度から!?」
「奴らの特徴は安くて質の良いエアライドパーツやマシンの販売、実際エアライドパーツは相場の半分ぐらいの値段で売りまくってるようだ」
サファイアは携帯の通販サイトのページを開くとエアライドパーツのコーナーに遷移させる。 それを見たピッチも目を丸くした。
「凄いね、どのパーツも他の会社の半額ぐらい……あっマシンも3割ぐらい安くなってる」
「発送まで早いし、値段も安いって事でエアライド愛好家からはめっちゃ重宝されてる、まさにエアライド業界の王に君臨したのさ、ハルトマンは」
サファイアの言葉に、ピッチも思わず感心するがこのハルトマンの行動、いささか不可解ではあったのはピッチにも理解できた。
「でもこれ、不正競争…」
「ああ、お陰でハルトマン以外のエアライド関連の会社は閑古鳥だ。 対抗にもハルトマンの製品が凄すぎて値下げしようにも上手くいかねえ」
サファイアは近くの青いコンテナを氷の拳で一気に破壊した。 コンテナからは、黄色いチャージのカスタマイズパックが一つ出てくる。
「そこまでして、一番になろうとするのはなんでか――それに、これもあるしな」
これ、そう言ってサファイアが出した今回のクエストのコピー。 オール探しの依頼だった。
「エアライドパーツの販売する会社が、わざわざ金のかかるギルド依頼でパーツ探しをお願いする理由が分からん」
「自分たちで出来る事を、ギルドにやらせる理由……」
ケケは時同じくマルクにハルトマンの謎の推察を聞いていた。 偶然にもサファイアと同じ疑問をマルクは持っていた。
「考えられるのはオールの量産が出来ないから、探すしかないって可能性なのサ」
マルクは携帯を操作しながら、ケケの言葉に答える。 おっと、マルクが声を上げるとケケに携帯の画面を突きつけた。
「もっと面白いデータが見つかったのサ」
「え、これって……なんのページ」
「ハルトマンの会社の機密情報。 ハッキングした」
マルクのその行動力にもケケは驚いたが、そのページを流し読みする。 そこはエアライドマシンのパラメータと、桁違いな金額。
「これって…」
「過去のエアライド大会の優勝チームと、そいつの使ったマシン。 お金のところはせいぜいワイロっていった具合なのサ」
「え!? これって八百長じゃないですか」
ケケは自分の携帯も開いて過去のエアライド大会優勝チームを見比べた。 過去から現在まで、ほぼ全てのチームの優勝年度と、ハルトマンの機密情報の高額マシンの購入チームの年度が一致した。
「これって」
「売名行為、ってのが筋だね。 チームが優勝したら、ハルトマンの製品はやっぱり凄いんだって視聴者やファンは信じてくれる」
マルクの言葉に、ケケは引き続きページを見比べて答える。
「そして、みんなハルトマンワークスカンパニーの製品しか買わなくなる」
「エアライドパーツをたくさん売り上げて、ガッポガッポ儲かる。 なかなか抜け目ない作戦なのサ」
「そうなのですよ、ただ最近はマンネリ化したのかみんなエアライドパーツを買ってくれなくなりましてね」
マルクとケケのすぐ後ろには、ハルトマンとその部下たち。 マルクたちの行動に感づいた彼らは、背後からマルクの推理を聞いていたのだ。
「いやあ、最初は色んなギルドに依頼を出したのですが皆クリアできないのか、無視しているのか中々結果が出なくてですね。 もうギルドのクソガキどもに任せるぐらいなら、我々自らやってやろうって思ってまして」
ハルトマンの穏やかな笑顔は、ケケとマルクと会った時と変わってない。 ただ彼の目の奥に感じる感情をケケは肌身で感じていた。
殺すしかない。 そんな感じだ。
「こ、これがバレたらあなた逮捕ですよ!? エアライドマシンも、もう売れなくなっちゃう」
「はい、あなた達が今から警察に行ってしまえばわたしは一生ブタ箱でしょうねーーだから」
ハルトマンは右手に持っていたスイッチをなんの躊躇もなく押した。 するとマルクとケケの足元は爆音と共に、崩れ落ちる。
「何ィ!」
「ぎゃあああ!!」
マルクもとっさのことで翼を広げる動作もできずに真っ逆さまに落ちた。 ケケは言わずもがな、そのまま落ちていくとハルトマンは穴を見下ろして下ひた笑顔を見せる。
「あなた方にはここで一生眠ってもらいます。 まあ年に一度今日ぐらいはお花を持って見舞いにきてやりますので」
「へっ。 それはお前の役目じゃないのサ」
マルクは捨て台詞ざまにバラの鞭をハルトマンの乗ってる機械に巻きつける。 それはマルクの落下に合わせるように穴に向かって引っ張られる。
「何!?」
「お前も道連れなのサ、悪事の働いた理由はあの世でじっくり閻魔大王にでも聞いてもらえヨ」
ハルトマンもこうして穴に真っ逆さまに落ちていく。 その様子を見ていた、ハルトマンの部下達はあわあわと慌てふためくがその彼らの背後に二つの影が近づいていた。
「なんの爆音か知らないが――そこのお前ら」
部下達が振り向いたその先、サファイアとピッチが立っていた。 氷の刃と、バチバチ電撃をまとっていて。
「二股帽子をかぶったピエロと、猫耳の黒装束の女が穴に落ちたか、すぐに答えろ」
「答え次第で君たちを助けるかどうか決めてあげるよ」
「い、いったぁ」
崩落した穴の先、ケケはゆっくり起き上がりながら辺りを見渡す。
上を見ると穴はずっと遠くまである。 登って行って帰るのは到底不可能だ。
彼女は黒装束のホコリを叩いて払うと目の前を確認した。 ハルトマンの機械とマルクが相対していた。
「おっ気づいたかいお嬢ちゃん、危ないから下がっているのサ」
マルクのその言葉にケケは首を横に振って彼の横に立った。 彼女の目は何か覚悟したようだった。
「私だって、守ってもらいっぱなしじゃダメですもん! ちょっとぐらいの魔法とかなら、サポートで出せますから」
「ほう、回復魔法あったらすげぇ助かるのサ」
任せてください。 ケケは胸を叩いてマルクに自信ありげに答えた。 目の前にはハルトマンの機械が、ハルトマンに呼応するように二人の前に覆いかぶさる。
「おのれ……ワタクシの願いのためには邪魔させん……人類の選抜に勝ち抜くためには、ワタクシは負けるわけにはイカンのだ!!」
ハルトマンの機械が煙を上げて戦闘態勢に入った。 マルクも挑発に答えるように翼をめいいっぱい広げた。
――そして。
「人類の選抜? そんな身勝手なお前じゃ勝ちぬけんだろ」
頭上の穴から二つの影。 サファイアとピッチが大きく遅れて三人の後を追うように着地した。
マルクも、待ってたとばかりに笑顔を溢す。
「お仕事は依頼主があんなんだから、一時中断なのサ」
「まあ、アレを見る限りとこいつらの実態を見ると、関係悪化による正当な理由で契約破棄しても良いよな」
サファイアは氷の刃、マルクは翼を顔の前に交差させて顔を隠す形にする。
「サファイア、少しあいつの足止めをお願いするのサ」
「今回はどれぐらいかかる?」
サファイアのイジワルな顔の質問に、マルクはしばらく沈黙する。 やがて彼はその重い口を開いた。
「15秒」
「ピッチ! ケケ! すぐに俺らのずっと後ろに走れ」
「了解」
ピッチはサファイアの言葉を受けるとケケの手を引いて走り出す。
「ハハッ、ワタクシに二人だけで戦うつもりか!! ギルドのバカはわからんやつだらけだ」
ハルトマンの余裕の言葉も、すぐに消えた。 彼の座する機会は、サファイアが出した氷に一気に固められ、固定されていた。
「オノレ…っ」
そして、マルクとサファイアに加勢する気だったケケは呆気に取られ、思わずピッチに問いかけた。
「え!? なんで? 私たちも加勢しないと、あんなでかい相手――」
「マルクのことを思ってやってよ! あんなのみせらんないから」
「あんなのって――」
ケケは、見てしまった。
マルクの、化物のような大きな口を開く姿。
その口から発せられる、真っ白な怪光線は動けないハルトマンをあっという間に包み込んでーー彼をずっと奥の地下の壁にぶつけて、爆散した。
マルク砲、そう名付けられた彼のとっておきは醜悪な顔を晒しつつ一撃必殺の攻撃だった。
いつもはクールに決めていたと思っていたマルクとは違う、正反対の顔。
ケケも当然初めて見たマルクの顔は鮮明に脳裏に打ち付けられたのだった。
そして――ハルトマン。
彼はここが四人の墓場と決めていたはずだった。 カッコよく決めて、これからもエアライド業界を掌握する計画。
全ては――夢の跡。
「ばかな、ワタシの……人類の選抜の夢が……こんな無名ギルドなんかにぃ」
彼は煙を口から吐き出して、気絶した。 そんな彼を軽蔑したような目でマルクはため息を交えて呟いた。
「けっこう脆い夢だったネ」