第三話 サンドーラ
「仲間? そんなのいらないのサ」
七彩の暴食に帰還した時、早速ケケはマルクを勧誘した。 が、出会って3秒も持たず撃沈した。
まさかのケケも誘いをこれほど冷たくあしらわれるとは思っていなかったのだろう、真っ白になって固まるがマルクはそんなの気にするそぶりも見せずにカウンターの席に飛び乗って水を飲みだす。
「僕は一人でのんびりクエストやってお金もらって一人で楽しく暮らしていけばそれでいいのサ」
マスターともそういう条件でここに来てるんだし、と付け加えて一気に水を飲み干した。
「おーい、お代わりなのサ。 後ウィスピ―アップルパイ、いつものね」
ウィスピーウッズに実る巨大なリンゴでできたアップルパイが出てくると、マルクはその翼に生えた爪のような指で器用にフォークをもってパイを食べ始める。
彼は満足げに舌鼓して、美味しそうにそれを食べてるとチラリとケケとサファイアのほうを目にする。
「そのお嬢ちゃん、いつまで硬直しているのサ」
ケケはまだ断られたショックで固まっている。 サファイアは溜息を吐いてケケの頭を軽く小突くと彼女は目が覚めたように意識が戻る。
「あ!! マルクさん、仲間になって」
「二回目なのサ」
「だからやめとけって、こいつも断ってるんだからさ」
サファイアも最初からあきらめてるのか、もうこの話が早く終われとばかりに面倒くさそうになっている。 ケケはあきらめきれないのか、マルクのほうに向いて先ほどよりずっと語気を強めた。
「なんで!? 仲間と一緒に冒険したほうが絶対楽しいですよ!!」
「だから、さっきもお話したのサ。 僕は一人でのんびりクエストするって」
マルクは立ち上がると、クエストのチラシが書かれてる掲示板に足を向けた。 通称クエストボード。
酒場のカウンター横の壁に掛けられてるチラシは、ギルドに所属しているメンバーであれば新入りだろうが、熟練者だろうが、チームでも単騎でも引き受けることができる。
めぼしいクエストを見つけたら、カウンターのピンクの甲冑を着たブレイドナイトの女性――ブレイドにチラシを持ってきてクエストの受領を報告して出かける。
これが七彩の暴食のクエストの一連の流れだ。
マルクはその中でまだ真新しいチラシに手をかけた。 ざっと見た限りこれが報酬がよさげだったのか、少しにんまりとしていたが、それをカウンターから飛び出したケケは見逃さなかった。
彼女はすぐにマルクのチラシに手をかけ、彼の動きを止める。 サファイアもピッチもそれをただ子どものおいたを見守る親のように黙って見守っていた。
「……なんなのサ。 これやりたいなら、譲るけど」
「賭けをしましょう、マルクさん」
ケケは悪い笑顔を浮かべる、少し冷や汗もあるので多少の反撃やマルクの怒りを買うのも重々承知の上の、賭けだった。
「へぇ、ボクと賭け……ポーカーでもするの」
「いいえ、あなたが今手に取ったそのクエスト、あなたと私たちの四人で挑戦するんです。 あなたが一人でクリアしたらマルクさんを仲間にするのはあきらめます」
その言葉に、ケケは乾ききった喉を鳴らしてマルクの反応を見る。 そしてまるで映画のワンシーンの撮影でも行ってるかのような、二人の一触即発な雰囲気に酒場にいたその他の第三者たちも神妙な面持ちでそれを見る。
「私たちがあなたより先にクリアしたら、一緒のチームに入ってくれますか」
「……ふぅん、ちょっとおもしろいねお嬢ちゃん」
マルクはチラシを一枚ボードから引きちぎると、ペンを取り出し何かを書き始めた。 やがて、それを終えるとカウンターのブレイドの前に突き出した。
「これで受領するのサ、ブレイド。 お嬢ちゃん、そこまで言うならボクを満足させる結果を見せてちょーよ」
「はいはい、えーっとサンドーラのオール探しね、メンバーは……マルクとケケちゃんペアに、サファイアとピッチペア」
「はぁ?! 俺も??」
サファイアは寝耳に水とばかりに飲んでいた酒を吹き出し立ち上がる。 ピッチも心ここにあらずと心境で茫然とブレイドの言葉を耳にしていた。
「え? え? 私とマルクさんがペア?」
「当然なのサ。 そこまで熱心に言うなら、君がボクの足手まといにならないっていう証明をしてほしいのサ」
もうサファイアとピッチの実力は十分把握しているしね、と付け加えるとマルクはカバンを持って立ち上がる。 カウンター横の階段を上って踊り場まで行くと、ケケとサファイアとピッチを見下ろしてほくそ笑んでこう言った。
「せいぜいボクを楽しませる結果を見せてネ。 楽しかったら、チームに入るから」
そうしてマルクは二階の奥に消えていった。 そこには彼専用の寝室があるらしい。
しかし、まだこれで終わりではない。 一階ではサファイアとピッチがケケに詰め寄ってすごい剣幕でにらんでいる。
「なんで俺たちも巻き込まれるんだよ?!」
「ケンカ売ったのはケケ一人でしょ!!」
「え、でも仲間は一人でもいたほうがいいって言ったのサファイアだし!!」
サファイアはそれを聞いて硬直する。 しばらくだんまりするとそうだった、とだけ言ったがサファイア自身こんな面倒ごとになるとは想像していなかったようだ。
ピッチも、それを思い出して溜息を吐くと観念したのかブレイドの横にひとっとびし、彼女の持ってるチラシを見た。
「それで、マルクのとった依頼は何なの」
「えーっと、ちょっと待ってね……サンドーラでオール探し」
サンドーラ、ここから西にずっと進んだ先にある砂漠地帯の町。
そこでは毎年エアライドのプロ専用のコースがあり、毎年夏ごろにはプロリーグの開催地になっている、エアライドが比較的盛んな地域だ。
「オールっていうと」
「エアライドのカスタマイズパーツだ、確かカソクやセンカイとかありとあらゆるマシンの機能を向上させる、激レアのパーツ」
サファイアもクエストのチラシを見ては、少し顔をゆがめて下唇をかんだ。 あのサファイアほどでも、こんな顔をするのだとケケは事の重大さに気が付いた。
「まず、素人ではめったに見つけられない。 プロリーグでも使用制限があるカスタマイズパーツで、ほぼすべての機能が上がるんだから、プロ選手もめっちゃ欲しがる奴だ」
「ど、どうしてそんなものがクエストに!?」
ケケの疑問ももっともだった。 そんなクエストは、もっとレベルの高いギルドに依頼されてもおかしくはない。 チラシに書かれてる報酬も、破格の金額だった。
「プロ選手にも、ギルドに所属してる人はいるけどそうでなかったらこうやって依頼してオールをとってもらうんだよ」
「幸いプロ選手だから、報酬に出すお金もたんまり持ってはずだからね」
そう言ってサファイアとピッチは報酬に書かれてる金額を二度見した。 しばらく顔を突き合わせると、握りこぶしを互いに突き合わせる。
「マルクに感謝する!!」
「今月の家賃何とかなりそう!!」
「あんたたちまた賭博か何かで金すったね!?」
ブレイドの剣幕といつの間にか集まってる七彩の暴食のその他のメンバーもそのクエストのチラシを回し読みして顔をこわばらせる。 やはり彼らでも少し難しいとばかりの内容のようだった。
ケケは、少し青ざめた顔をして両耳を手にしていた。 彼女なりの、彼女でしかわからない気苦労が、あるようだった。
「――砂漠? 砂が入らない耳当て、今のうちに買わなきゃ」
第三話 サンドーラ
砂漠、砂漠。 どこまでも黄色い砂が続く砂漠。
時々見えるサボテンが、やっぱり砂漠なんだと思い起こさせるアクセサリとなっている。
ただ、ケケが想像していたより熱くはなかった。 エアライドの会場にもなるので、気候はとても安定していて人は言うほど住みやすいのだとか。
さあ、そんな砂漠の中に四つの影が。 マルクと耳栓で耳を完全防護したケケ、サファイアとピッチはそれぞれライトスターに乗って砂漠を見下ろしやすい崖の上に立っていた。
「オールは、サンドーラの地下の遺跡の中にあるって言われてるのサ」
マルクが広げた地図、 サンドーラの断面図のようなそれは、空洞の空間にバツ印が一つ書かれている。
「なるほど、そこらへんにオールがあるってんだな」
「100パーセントとは言い切れないけど、可能性は高いのサ。 まず存在するなら地下遺跡」
「やっぱり、そんなに凄いなら宝箱とかに隠されてるって感じなんでしょうか」
ケケの言葉に、マルクはウンとだけ頷いた。 少しばかり同情するような目つきで、彼女を見つめて。
「サファイア、この子エアライドパーツについてど素人なんだよね?」
「コンテナについて知らない限り、そうだろうな」
マルクとサファイアは憐れむようにケケを見つめる。 それに思わず反発したケケは不機嫌そうに怒った。
「な、何!? 私何か間違った?!」
「あのね、ケケ。 エアライドのパーツってどうやって手に入れるか知ってる?」
ピッチのすかさずフォロー。 ケケはそれを聞かれるとうんうん唸ってようやく答えを絞り出す。
「露店!!」
「サファイア、ボク帰っていいかな」
「奇遇だな、俺もその気分になった」
「ごめんねケケ。 ボクがちゃんとお勉強させておくべきだった、エアライドについて」
二人の冷たい言葉と、相対するようなピッチの優しい言葉がケケの心臓に深く突き刺さる。 彼女も、エアライドに関してはとんだ素人で、勢い任せにこの賭けを提案したのだとは、今更恥ずかしくて言い出せない。
「いいか、エアライドマシンはそのままでも十分走れるけどプロになればカスタマイズマシンって言われる強化マシンでレースをする」
サファイアは地面に様々な形の絵を描いて、ケケに見せている。 丸に矢印のついた形、バッテリーのような形、人魂のような、丸にギザギザのついた形とどんどんできていく。
「バッテリー、センカイ、サイコウソク、コウゲキ、ボウギョ、オモサ……これらはコンテナっていう青や赤のブロックの中に存在して、それをマシンに使って強化していく」
「それじゃあ、いっぱいそれを付けたら一番強いエアライドマシンの完成って事ね」
ケケの言葉に、マルクはそうだけどと答えて飛び上がって翻る。
「理想では、一番たくさんカスタマイズパーツを付けたマシンが一番強いけど、それじゃあ面白くないのサ。
プロリーグでは、カスタマイズは合計10個以内とか、サイコウソク5個までとか、レースごとに制限がある」
「後はバランスの問題だ。 せっかくヒコウをたくさんつけても、ボウギョが低いと地上から狙い撃ちされてリタイアもざらだし」
「へー、色々面倒なんだね」
ケケは興味津々に、その言葉を聞いている。 少し予想外だったのか、マルクもサファイアも彼女のその姿勢に感心する。
「女の子って、そういうのに興味ないって思ってたのサ」
「いや、お仕事のためですし。 それにマルクさんと一緒にお仕事するって賭けもかかってますから!!」
なんでもどんとこいの精神ですよ!! とケケは腕を振るって答える。 続けるぞ、とサファイアがケケとマルクを脱線した話題から引き戻して、二重丸を描いた。
「オールってのは、そのパーツの中でも最高クラスのパーツだ。 それ一つですべてのバロメータが大幅にアップするのに、パーツ一つ分の価値だからプロのエアライダーはめちゃくちゃ欲しがる」
「それ一つで、空を高く飛べたり、すごいスピードでかっ飛ばせたり、コウゲキが強くなっちゃうのね」
ケケもようやく話の筋が理解できたようだ。 サファイアも地面に描いた絵を足でもみ消して、ようやく笑顔になった。
「これを見つけたら、俺とピッチの今月の家賃はクリアーだ」
「それに、酒やお菓子もたくさん買ってもおつりが返ってくる!!」
サファイアとピッチの目はもう輝きに輝いている。 キラキラとしたそれに、ケケは少し戸惑い、マルクに問いかける。
「どうしよう、マルクさん。 あの二人、もうオールとった気でいる」
「だーいじょうぶ、オールのあるコンテナなんて、レア中のレアだから、そうそう見つからないのサ」
「コンテナの中を砕けば、パーツが出てくるんですよね!!」
「お勉強できる子は嫌いじゃないのサ。 それじゃあ、ボクらはあっちから探してみるのサ」
そういうとマルクはケケを背中にのっけて崖から飛び降りた。 右手には、ケケ用のライトスター。
「おっ先に失礼〜」
「あ!! 抜け駆けかよ、おいピッチ急ぐぞ」
「はいはーい、サファイアもなんだかんだ楽しんでるじゃん」
こうしてサファイアとピッチのペア、ケケとマルクのペアでオール探しは始まった。
時間は無制限。 ケケがオールを見つけ出したらマルクの仲間入りが無事決まる、そしてサファイアとピッチに関しては。
「まあ、競争相手がいないと楽しくないのサ。 お嬢ちゃんの実力はかりと同時に、サファイアをぼっこぼこの結果で打ちのめして、泣きっ面を拝むのも悪くない」
「うわー、すごく見てみたい!!」
砂漠、そのど真ん中に不自然にコンテナが落ちている。 いったん見てみればおかしな光景なのだが、エアライドのレーサーやファンにとっては、それはもう当たり前の光景で彼らは何も思わない。
そのコンテナに、金づちを思い切り振り下ろして叩いているケケの額には大きな汗粒が。 照り付ける太陽に、じわじわと体力を奪われるが、弱音を吐いてる時間はない。
「はぁー。 始まって20分、全然出てこないですね」
「まあ激レアだから、気ままにやるのが一番なのさ」
そういいつつマルクは足蹴にコンテナを破壊しては出てきたカスタマイズパーツを放置する。 その慣れた手つきにケケは思わず感心して見とれるが、すぐにはっと我に返る。
「いけないいけない!! 私が見つけないと、勝負にならないものね」
そう、これはケケとマルクの一騎打ちのようなものである。 ケケは壊れかけのコンテナを思いきり金づちでたたくと、コンテナはきれいに真っ二つに割れた。
「やった!! 出てきた、出てきましたよ黒いの!!」
「クロ……あー、これは残念マイナスパーツなのサ」
マルクがのぞき込んでみたパーツは、確かに真っ黒だった。 それ以外は、サファイアが先ほど絵で描いて見せてくれたセンカイと似通っている。
「マイナスってハズレですか」
ケケも神妙な面持ちで問いかける。 マルクは、彼女の頭をそっと撫でては答える。
「ハズレだし能力は下がるだけだけど、カスタマイズの制限の数も一つマイナスにするからプロでも結構使う人はいるのサ」
まあ持ちつ持たれつだよね、とマルクは答えてコンテナをまた蹴り始める。 ケケも、先ほどの愕然とした表情から一転、気を引き締めて無傷のコンテナに金づちをたたき始める。
「絶対に、実力を認めさせますからね!! 子ども扱いしないでください」
「ふふん、頑張り屋さんは嫌いじゃないのサ」
一方、サファイアとピッチのほうだが。
「飽きた」
「同じく」
彼らは金づちを放り投げて寝ころび、青空を黙って眺めていた。 彼らの周りのコンテナはほぼ無傷の手つかずの状態だ。
「大体ケケとマルクの意地の張り合いでなんであいつらペア組んでんだよ」
「ふつうケケチームとマルクチームでやりあうよね、こういうケンカの展開って」
二人同時にため息が漏れて、虚しさを加速させる。 サンドーラのきれいな青空は、そんな二人にも無関心にただ雲が流れていくだけだ。
「あいつら、仲良くやってるかな」
「サファイア、嫉妬してるの」
ピッチのからかいにサファイアは拳に冷気をまとわせ構える。 ピッチはすぐさま後ろに飛び下がり距離をとった。
「ごめんごめん、冗談だから」
「質の悪い冗談だな」
サファイアは冷気を解除すると、懐から一枚の紙を取り出した。 オール探しと書かれいたそれはマルクが手にしたそれと同じだ。
「コピーだね」
「ああ、ブレイドに頼んでマルクがとった依頼のコピーもらったんだけど……」
サファイアはそのコピーされた紙を見て、目を細める。 そこには、依頼主の会社名が書かれてあった。
「ハルトマンワークスカンパニー……どこかで聞いたことあるんだよなー」
「ハルトマン、へぇどんな会社なの」
ピッチの言葉に、サファイアは口を真一文字に紡いでいたが、ゆっくり口を開いた。
「おやおや、私たちの仕事場に先客ですか」
マルクとケケの持ち場、そこには機械仕掛けの装置を持った男たちがやってきていた。 少しばかり警戒心を持ったケケとマルクは、戦闘態勢をとる。
そうはいっても、ケケは武術の心得はない魔導士見習い、彼女はマルクの足手まといにならないことだけを考える。
「ずいぶん穏やかじゃないのサ。 どちら様かな?」
マルクの自信満々な言葉に、その男たちの中で最も偉そうな場所にいるジェットエンジンで浮かぶ椅子に坐する――ひげを生やした紫髪の男――は答えた。
「プレジデント・ハルトマン。 エアライドの事業を兼ねさせてるしがない会社の社長ですよ」
ハルトマンは、怪しく笑って答えて見せた。