第三十二話 交錯する思惑
「いやあ、まさかサファイアもここに来てたとはね」
牢屋のど真ん中で寝転がりながらスノウは笑って話しかけていた。 もう先程までの喧騒はどこにいったか、顔を緩ませてサファイアに話しかける。
「それで、お前はどうしたんだよ。 とうとうセクハラで捕まったか?」
「そうそう、アイスバーグの鍋屋さんで可愛い店員さんに声かけたら……ってコラ」
スノウはノリツッコミでサファイアをいなし、懐から紙切れを取り出す。 それは『白の騎士団』の会報誌の様なものだ。
「毎年恒例の慰安旅行だよ。 それで今年は虹の島でバカンスしようって話でね!! いざやってきたらこのザマだよ」
スノウは真っ暗で雨漏りの染みができた天井を見上げながら、ため息を吐く。 サファイアも、牢屋の壁を叩きながら恨み言を吐くように呟いた。
そして、牢屋のある場所では、一人の少年が壁に術式を書き並べている。 しかし書いたそれはすぐに消え去り、少年ーーネスパーは肩を落とした。
「ダメです……内部からの術式で扉の解錠は、できないみたいです、マスター」
「ご苦労じゃったな、ネスパー」
モソはネスパーを労い、牢の奥の椅子に腰掛けていた。 老兵の彼の為に、メンバーの幾人かは着物を重ねて腰の負担を軽くするための簡易クッションを作っていた。
「そもそも、『同胞を拉致した罪』って何だよ……身に覚えが全くないぞ」
「ああ、その事なんだけどさ」
隣の牢屋からホヘッドの声が聞こえてきた。 牢屋の壁は魔法か何かで強化こそされてるが、隣同士は壁が薄く、声や音が聞こえてくる。
「ピッチやウォンキィ達がここにいないだろ? 何でアイツらは捕まってないのかなって……」
ホヘッドの言葉通り、名前を列挙したピッチ達はここに居なかった。 ここに居ない仲間の共通点、それはーー。
「アニマじゃの。 ここに収監されてる連中に、アニマは一人もおらん」
モソの言葉は確かな結論だった。 牢屋にいる『七彩の暴食』の面々は殆どが『ヒトガタ』と『ティンクル』だった。
「しかし、なぜ我々を収監する必要があるのでしょうか? 強制送還と言う手段も取れたはず……」
「わざわざこんな地下にたくさん押し込んで、収容者の管理コスト増やす必要ないもんねえ」
スノウの気楽な言葉に、地下牢のみんなは天井を見上げて考えるしかなかった。 自分達をわざわざこんな場所に押し込む理由ーーそれは。
「何か見られたら困るものでもある……とか」
誰かが呟いた言葉と同時に、地下へと降りてくる足音が聞こえてきた。 その足音に、一人先にブレイドが聞き耳を立てていた。
「誰だい?」
ブレイドの言葉と同時に、収容されてる面々の視線が集まった。 そこには、桃色の体に赤いリボンを頭につけた少女の姿があった。
「ーーあなた達は、虹の島を滅ぼしにきたの??」
第三十二話 交錯する思惑
「お前たちも、運が悪かったな。 こんな時期に観光旅行なんてさ」
虹の島のはるか上空、ワープスターで雲の間を突っ切って飛んでいるドロッチェとケケとピッチ。 ドロッチェの会話を瞼を抑えながら、ケケは聞き返す。
「こんな時期、ってどういう意味です?」
「お前さんたちも潜入捜査してたんだろ、『アニマ連合』に。 最近あそこの権力がデカくなってさ。 お陰でこっちの作戦は中々キツかったんだ」
ドロッチェたちのワープスターは速度を落として戦艦の甲板に到着する。 そこには斧や槍を携えたティンクルらしき兵士たちが待ち構えていた。
「ドロッチェ殿!! ご苦労様です」
「同胞をお連れしてきてくれたダスか!!」
彼らは横並びに整列すると最敬礼で三人を迎え入れる。 そんな様子を見てピッチはあっと声をあげると彼らもそっくりな反応を返してきた。
「あっ!! あの時の……」
「ややっ!! 貴殿はバトルウィンドウズの群れから我々を助けてくれた……」
斧を持って骸骨のような仮面をした男がピッチに駆け寄る。 彼はピッチの手を取るとブンブンとふって歓迎の声をあげる。
「いやぁ!! あの時は世話になりました、礼もできず我らはただ逃げるのみに徹して……所であの青いとピエロのようなティンクルの方にもお礼を言いたいのですが……」
「おい、世間話はそこまでにして……」
ドロッチェが二人の会話に割って入ると、ケケは挙手をする。 彼女は全く会話についていけずに置いてけぼりだ。
「ごめんなさい……私も何が何だかなので、ここにきた目的から教えてくださると……」
ケケのその申し訳なさそうな声色と同時に、重厚な足音が聞こえてくる。 甲板に響く足音にピッチを囲んでいた兵士たちは背筋を伸ばして足並み揃え、最敬礼で出迎える。
「アックス、メイス、ご苦労だった。 君達は持ち場に戻れ」
「お疲れ様です!! メタナイト卿!!」
「お疲れ様ですダス!!」
名前を呼ばれた二人の兵士はそれだけを言うとピッチ達からそそくさと離れていく。 甲板には、ドロッチェとピッチとケケ……そしてメタナイト卿と呼ばれた男のティンクルの四人だけだった。
彼の肌の色だけを見れば、サファイアかと一瞬見間違うほどだ。 しかし銀の仮面と硬そうな肩当て、群青のマントから見え隠れする黄金の剣。 ケケとピッチは圧倒される。
「ようこそ、我らが戦艦ハルバードへ。 私は傭兵ギルド『メタナイツ』のマスターのメタナイト」
「『七彩の暴食』のピッチだよ。 横にいるのは同じチーム組んでるケケ」
ピッチはメタナイトに臆する事なく自己紹介する。 メタナイトも、深々と頭を下げて対応する。
「ドロッチェ殿共々、突然の招待に関わらずこの様な寒々しい場所での挨拶、失礼する。 一応この島は敵陣のど真ん中、内部に予想外の部外者を招き入れるリスクは避けたい」
メタナイトのその言葉に、ピッチは何かを察したか辺りを見渡す。 周りには人どころか動物や鳥の影一つ見当たらない、雲海のど真ん中だ。
「だから、わざわざ空の上で他のギルドを招いたんだね? スパイとかが紛れ込まない様に」
「他のギルド?」
ピッチの言葉に、ケケはオウム返しに聞き返す。 ドロッチェの視線の先には、三人が乗ってきたエアライドマシンとはまた別種の、マシンが幾つか停泊している。
戦艦ハルバード、内部
ピッチ達が招かれた場所は、会議室の様な場所だった。 円卓にメタナイツの面々が揃う場所に、メタナイトに誘われてピッチ達は部屋に招かれた。
「あっ、ケケにピッチ」
入り口から入るとケケとピッチの二人には見慣れた姿があった。 マルクは煎餅を頬張りながら椅子に腰掛けており、デッシー、ウォンキィ、ガルルフィが横並びになっている。
「皆も来てたんだ。 どうしたのそんな揃って」
「ここの下っ端たちが泣きついてきたのサ。 リーダーが牢屋送りにされたーって」
マルクの指さす先、そこには青い体をしたペンギンやアザラシの様な男が座っている。
「下っ端じゃねーよ!? 名前も紹介したろ!! ワシはペンギーだって」
「そしてMr.フロスティ!! 一応オレ達も『白の騎士団』の幹部メンバーよっ、スノウが目立ってるけど」
彼らの紹介を受けてピッチは「ああ」と言葉を返した。 彼らの名乗ったギルドの名前に、覚えがあったからだ。
「あの、スノウって人のギルド!!」
「スノウさん? あー、私あの人苦手だなぁ」
ケケは少しばかりバツの悪そうに顔を背ける。 ケケはスノウに仕事を袖にされた時をまだ根に持っているのだ。
「ああ、その当人なら今は居ないから気にするなよ、お嬢さん」
「そうそう、あいつ今『アニマ連合』に捕まってるの」
ペンギーとフロスティの言葉は節々が衝撃的な言葉だった。 だが当人達は笑いながら気を揉んむ様子など微塵も見せない。 ピッチ達はそんな彼らの様子を見て、唖然とした表情をする。
「あの、一応ギルドの長が捕まってるんですよね?」
「一ヶ月前は女の子ナンパして警察の世話になってるから、定期イベントみたいな感覚だよ」
「助ける為に、ここで集まってるんだよな?」
「俺らだけで助けに行くより、人様の心配もかけたって理由があれば、アイツも反省すると思って」
信頼されているのか、馬鹿にされているのか。 スノウの想定外の扱いにケケは頭を抱える。 初対面の第一印象、『女性癖が悪そうだけど、それ以外はしっかりしてそう』だったのだが、完全に当てが外れたようだ。 ギルドの長の危機にも呆気からんとしてる部下達を見て、彼女はこう呟いた。
「なんか……ブレイドさんみたいな人がいないだけでこうもひどく見えるんだなぁ」
「ケケ、割と傷つく核心つくのダメだよ」
ギルドは締めるべき人が締める。 大切な事だと気付いたところで、会議室の最前列にメタナイトが立った。
「さて、諸君に集まってもらったのは他でもない。 ここに居るのは仲間を『アニマ連合』に捕縛されているギルドだ。 今回は彼らを奪還する合同作戦となる」
ケケとピッチはサファイアはじめ『七彩の暴食』の大多数、そしてスノウを奪われている『白の騎士団』にーー。
「実は我ら『メタナイツ』も、ハルバードの艦長が『アニマ連合』にいるんですよ」
アックスナイトが、そう説明した。 彼らの言う『艦長』は、ピッチやドロッチェの様に『アニマ連合』に潜入したものの、連絡が取れないと言う……。
「オレ達も、スノウを急に捕まえたりしたこの島に違和感を覚えてさ。 辺りを潜入したりしてたのよ」
『白の騎士団』のフロスティが言うには、スノウを見る目が、虹の島の住民たちはおかしな様子であったとの事だ。
「……そう言えば、虹の島のど真ん中で、ボクとケケが指名手配されていたのも……」
マルクが目の前に出されたドリンクを一気に飲み干し、氷を噛み砕きながら呟いた。 ただの旅行をしている者に対して、あまりにも横暴な対応だと。
「それらは昨日今日始まった事ではない。 最近の虹の島は警戒網が激しくなっている……まるで隠してる何かを見られたくないかの様に」
メタナイトのその言葉を待ってたとばかりにアックスナイトがリモコンを操作する。 円卓の中心に立体映像が飛び出すと、巨大な鳥の姿が映し出される。 赤や緑と煌びやかな虹の羽を持つ、神々しい姿にケケは息を思わず呑んだ。
「虹の島の守り神、ダイナブレイドの想像図だ。 体躯は我々が乗っているハルバードに匹敵する大きさで、七百年前に実際に虹の島で数百以上は生息していたとされる」
「このデカい鳥が数百!?」
マルクも思わず目を白黒させて聞き返す。 立体映像のダイナブレイドは、見事に空を滑空し、街という街を、畑の作物を荒らしている様子が映される。
「こんな化け物、この世に甦ったら……」
「巷では、『人類の選抜』は世界征服や戦争の引き金だと言われているが、ダイナブレイドの復活は正にそれに匹敵する脅威になる。 『アニマ連合』の最終目的はそれだと、先に潜入してる同志が確認している」
メタナイトの説明は佳境に入る。 立体映像のダイナブレイドの移動はポップスター中を駆け巡り、様々な国や機関の喪失を引き起こすと、シミュレートされていくと、映像が打ち切られた。
「さて、本題に入ろう。 ダイナブレイド復活の鍵は二つだ。 化石そのもの、そして復活させるための『魔力』イコール、魔導士の持つ力や、ティンクルの『複製』能力の不思議なエネルギー」
つまりは、ケケの電撃やサファイアの氷の魔法などを使う時のエネルギーだと、ピッチはケケに補足した。 マルクはメタナイトの説明を聞いて納得する。
「それが、サファイアやスノウを捕まえ、ボクらを追いかけまわす理由か」
「虹の島はアニマが主だった住民で、ティンクルやヒトガタは極端に少ない。 したがってヒエラルキー……我々の様なティンクルや、ケケくんの様なヒトガタは差別の対象になる」
メタナイトの説明に、ケケは身震いする。 サファイア達が捕まった理由は、化石の復活のための道具なのだ。 そして、その対象にケケ自身も含まれている。
「既に仲間を握られている我々に、できる事は限られる。 真正面からぶつかっても、人質を盾にされたら身動き一つ取れなくなる」
「コソコソ嗅ぎ回るしかできないってのも、嫌な仕事だな」
フロスティの言葉は本心だ。 彼の言葉にペンギーも首を縦に振って同意する。 ……彼らは既にメタナイトの先の言葉に察しがついた様だった。
「人手を集めた理由は、虹の島を手分けして探して、ダイナブレイドの居場所を先に押さえたいからだ。 ここにいるメンバーだけで、化石を押さえたら人質解放の交渉材料にもなるしーー」
メタナイトは机を激しく叩いて叫ぶ。 それが彼の狙いだと強調する様に。
「『アニマ連合』の目的の阻止に繋げられる!!」
メタナイツの作戦を聞いた一同は、ハルバードから降り立った。 ひとまず彼らの目的はメタナイトが最後に言った言葉を心に刻んだ。
『虹の島の情報から、ダイナブレイドの眠る地点に探りを入れてほしい。 こちらも、戦艦で上空からレッドキャニオンを偵察していく』
「ケケさーん、こっちのテーブルにオーダー」
「は、はい!!」
『アニマ連合』のギルドの内部で手伝いをしているケケは、走り回る中で聞き耳を立てている。 周囲の会話や、ダイナブレイドの関連のクエストが出ていないか、目と耳を集中させて走り回る。
「くそっ、ケケちゃん全然こっちに来ニャーじゃネぇコよ!!」
ナゴはカウンター席で叫んで文句を言っている。 潜入しても人気者になってるケケを睨みながら、ナゴは酒を一気に仰ぐ。
「オイラの肉体美を見たら一気に堕ちるのにヨォ……おい、チュチュおかわりぃ」
ナゴがジョッキを差し出したが、そこにはいつもの様に赤いリボンをつけた少女はいなかった……しばらくフリーズしたまま、ナゴは舌打ちをして壁を足蹴にした。
「どこニャ行ったんだよ!! あのハンパ娘」
そして、ピッチとドロッチェは、『アニマ連合』のチラシを持ちながら、路地裏に腰掛けていた。
『アニマ連合』の酒場は、ギルドに所属してない住民にも、食事の提供をしている。 そこのメニュー表と料金表をチラシにして、定期的に住民にアピールしていると言うのが、アニマ連合の決まりらしい。
しかし二人は、そんな仕事を放棄して図書館からありったけの書物を集めていた。 古い書物なら、ダイナブレイドの記述があると睨んだからだ。
「だーめだなぁ。 活字の生活に離れてたから目がすぐ痛くなる」
ドロッチェが恨めしく目を押さえて、呟いた。 ピッチはパラパラとすぐにページを開いては本を放り投げる。
「うーん、どの本もハズレかな……せめてどこの島かアタリをつけれたらいいんだけど……」
こうしている間にサファイアをはじめ『七彩の暴食』の皆の救出へも時間がズレていく。 焦りが出る中で、彼らの目の前に伸びる影が、視線を上げたその先には青い魚のアニマが、地上で器用に立っているではないか。
「あれ〜、新人さん〜おサボり〜ですかァ?」
その魚のアニマは、黄色い唇をゆっくり動かしながら、穏やかな笑顔でピッチとドロッチェを見つめていた。
ーーそしてウォンキィ、ガルルフィ、マルクの三人。 彼らは島の一つ、レッドキャニオンの荒野のど真ん中に立っている。
「いやぁ、虹神様の化石を探したいと協力してくれるなんて、若いながら関心関心!! 道具はこちらで用意しているし、仲間もたくさんいるから気軽に働いてくれ!! 給料も食事も三食しっかり出すぞ!!」
作業着を着た屈強なアニマの男が大笑いしながらウォンキィとガルルフィの肩を叩いている。 二人の目の前には、所々に発掘作業をしているアニマ達がいるではないか。
これでは、ダイナブレイドの化石を押さえるなんて不可能である。 それはイコール、この屈強な作業員達を、一介の魔導士にすぎないウォンキィとガルルフィが相手をすると言う話になる。 マルクが介入したら、指名手配犯なので即通報、『アニマ連合』も同時に相手しなければいけないおまけ付きである。
「やっべー……こっそり化石見つける計画が……」
「このおっちゃん達、めっちゃ強そうだぞ……マルク、どうする?」
ガルルフィの言葉に、カバンの奥から手のひらサイズの大きさになったマルクが顔をコッソリ出した。 見る限り、敵、敵ーー絶望的な環境にマルクもバツの悪そうな顔をして一言。
「バレない様に壊すしかないのサ」
「無茶言うな」
ガルルフィのツッコミは最もである。 そんな中ウォンキィは近くにあったあるものに手を伸ばしている。
「これは……『けいたいつうしんき』。 新しい型かな」
ガルルフィはその通信機にある、メッセージに目を向ける。 簡潔に、短い文章で締められていた。
『ダークキャッスルで落ちあおう……キャロライン』
そしてーー虹の島のある場所。
真っ暗な部屋の中で、ランタンの光が灯される。 それを手に持っている持ち主は、ある牢の前に立っていた。
そして、それを周りの牢の部屋にいるーー『七彩の暴食』の皆が注目していた。
「アレって……アニマか?」
「どっちかっつーと、サファイアみたいなティンクルに近いけど」
「あの子、サファイアに何言ったんだ? 聞こえなかったけど」
ピンクの身体に赤いリボン、タコの様な手足を持った少女チュチュはランタンの光の先ーーサファイアとスノウの部屋の前に立っていた。
「滅ぼすって、なんだお前」
サファイアの言葉に、チュチュは臆する事なく仁王立ちする。 そんな彼女に注目してもらおうと、間に割り込んでスノウが顔を覗かせる。
「ちょーっとちょっとサファイアぁ!! 女の子にお前は無いぞ!! ごめんねえかわい子ちゃん!! お礼にこのスノウがサインを……」
「あなた達は、島の平和を壊しに来たの?」
今度は皆が聞き取れたチュチュの言葉に、監獄は一斉に静まり返る。 皆が細々と小声で彼女の質問の意味を相談し始める。
その静寂を打ち破ったのは、スノウだった。
「そんなわけないジャマイカ!! 僕の夢は世界中の女の子とお友達になる事!!」
「あ、このアホの言葉は無視していいから」
横からのサファイアのツッコミ。 スノウは恨めしそうにサファイアの頭を小突き、サファイア自身はスノウの頬に掌底を突き出す。
そんな会話をチュチュは黙って見ているだけだった。 いや、突然の漫才に唖然としてるだけか、そんな彼女を見かねて向かいの部屋から声がする。
「お嬢さん、アタシはブレイドって言うんだけどね。 アンタはアタシらを今すぐに殺すって話じゃないんだろ」
「ブレイド直球すぎじゃ、もうちょいオブラートに包め」
モソのツッコミ、 チュチュは一瞬呆気に取られたが、すぐに表情を元に戻す。
「ここの責任者は、クーさんよ。 私はただの雑用係、あなた達を殺す権限とかは無い」
「ほー、それじゃあアンタの敵意の無さに見込んで頼みがある。 アタシの剣を取ってきて欲しいのさ」
ブレイドは不敵な笑みを浮かべてチュチュに頼み込む。 彼女は即答する。
「理由は?」
「この檻ぶった斬る」
あまりにも男らしい回答だった。 ブレイドのその言葉に、周りの男連中も思わず声を詰まらせる。
「おお……ブレイドちゃん、頼もしすぎる」
しかしチュチュは至って冷静だ。 ブレイドのその誘いに一切乗らず、食い下がる。
「脱獄の手引き? メリットが無い」
「メリットなら、あるだろう」
サファイアだ。 彼の言葉に全員の視線が集まった。 チュチュはそれに釣られる様に、サファイアと目を合わせた。
「俺たちと一緒に、『アニマ連合から脱出できる』ってメリットがーーそうだろう?」
サファイアの言葉に、初めてチュチュが動揺した。
ビッグフォレスト、その大樹。
そこは『アニマ連合』の本拠地だ。 大樹の中は大きくくり抜かれ、そこが生活拠点兼ギルドの本部として機能している。 そのギルドの裏手の勝手口を出ると、大樹をぐるりと回る様に螺旋階段が設置されている。
何段も、何段も上がっていくと中腹付近で大樹がコの字型に抉られている。 そこは翼を持っている空を飛べるアニマ用の出入り口をも兼ねた、バルコニーだ。
そしてそこの中心部に、大柄のアニマ達が円卓を囲んでいる。
「カインはまた散歩か。 ナゴのやつはどこに行った」
紫の体毛をしたフクロウのアニマは、書類をなめして隣にいるハムスターのアニマに問いかける。
「アイツはまたナンパだろ!! そんな事よりクー、捕まえた余所者の捕虜、オイラの筋トレに使っていいだろ!!」
「取り調べが終わってからだ。 リック、リーダーとしての自覚を持て」
クーと呼ばれたアニマは、リックを嗜める。 リックは舌打ちをして書類に目を通すがすぐに飽きたのかテーブルに叩きつける。
「オレ、嫁、欲しい。 探す、いいか?」
「よくないでしょ、ゴルルムンバ」
椅子を潰しそうなほど巨大なゴリラのアニマ、片言の会話に横にいたヒョウ柄でスレンダーのアニマの女は長い爪でゴルルムンバと呼んだ彼の脇腹を突っついた。
クーは手に持っていた書類を眺め終わると、テーブルの上に放り投げる。 そこのページは、現在『アニマ連合』に潜入している、ピッチ達のページだ。
「国境警備隊からの報告と、捕縛したティンクルとヒトガタの数があっていない。 リック、この意味わかるか」
「国境警備隊が引き算間違えた」
「コイツに聞いたアンタの失敗よ。 クー」
「キャロライン、引き算できるの、すごい」
ゴルルムンバはキャロラインと呼んだ女アニマを手を叩いて褒めちぎる。
リックは顔を真っ赤にしてページをくまなく眺める。 クーは時間切れとばかりに書類を取り上げ、隠し持っていたナイフをーーケケの顔写真に突き立てた!!
「我々の計画は絶対に漏れてはならない。 今は『アニマ連合』に置いてやっているピッチ達とやらは、泳がしてやってるに過ぎない」
「利用するのね、酷い人……」
キャロラインが妖艶に笑うと、クーは机を強く叩いた。
「すべての計画が整い次第、収監してるティンクルとヒトガタの始末を始める。 我らの戦意高揚の為にーーその初めの処刑はケケ・キージ!! この女はアニマを騙る極悪人だ!! チュチュに連絡を入れるのだ」