第三十一話 虹の島の潜入劇
ププビレッジを南にずっと下っていくと、大海原にぶち当たる。 その海を、風の気ままに飛行機や、帆船で進んでいくとやがて七つの綺麗な島が見えてくる。
ここは『虹の島』、サファイア達の住んでいるププビレッジがあるプププランドを始めとする国々からはちょっとした観光地にされている。 『虹の島』の由来は、島で活動していた火山が赤や緑の鮮やかな灰を撒き散らし、煌びやかな土壌を作っていったと言う。 本当かどうかも分からないような言い伝えだが、『四つの穴』の伝承が広まっているこの世界では、皆が皆納得していると言うのは島に住んでいる老人の話。
そんなこの島は、二つのルールがある。 この島に住み着いている住民たちには、当たり前の決まり事。
「ここで大人しくしていろ」
七つの島のとある地点、大柄なアニマに突き飛ばされて、群青のティンクルが暗がりの部屋の中に転がった。
「いってぇ!! オイ、捕虜の扱いはもっと丁寧にだな……」
そう彼が叫ぶのも束の間、部屋と廊下を仕切る唯一の扉が固く閉ざされる。 その向こうからは、遠ざかっていく足音に、隣の部屋からの騒がしい声。
「ちょっと待て!! 話は終わってねえぞ!! 終身刑って何の話だァ!!」
「サファイア、静かにしてろ!!」
そして、虹の島の地上ではーー
「まだここにティンクルとヒトガタが紛れ込んでいるはずだ!! 絶対に確保しろ!!」
大型のフクロウの男が叫ぶ中、鎧や武器で武装したアニマ達が街中を駆け回る。 その中には、毛糸で形作られたワニと、郵便マークのついた肩掛けカバンを持ったデッシーとガルルフィの三人が居た。
「…おい、マルク。 コイツらが追い回してる奴って…多分」
ガルルフィが近くでやっと聞こえそうな声で囁くと、デッシーの肩掛けカバンからひょっこり青赤の二股帽子が見えてくる。
「十中八九、ボクとケケの話なのサ。 後の皆んなはもうとっくに捕まってるはずだからネ」
手のひらサイズで収まるほどの大きさになっているマルクが、カバンの隙間から外の様子を伺った。 目の前にはアニマの兵士たちが住民に聞き込みをしている様子が見えている。
「おい、新入り!! さっそく大事な仕事任されたな。 頑張れよ!!」
デッシーとガルルフィの背後から大柄のクマのアニマが大きな声で激励する。 二人は思わず飛び上がり、背後にいるアニマに敬礼する。
「は、はいグリゾー隊長」
「そういえば捕らえたティンクルとヒトガタはどうするのですか??」
強制送還だ。 それだけだったら彼らもまだ考えようがあった。 仲間の危機に心配をする二人に、信じ難い答えをグリゾーは楽しげに叫んだ。
「死刑だ!! まあ仕方ない、『人類の選抜』なんて考えてる連中を野放しにするのは、危険だからな」
その言葉に、デッシーとガルルフィは身震いし、カバンの中に隠れているマルクは「あーあ」と、深いため息を吐いた。 もうこの時点で、マルクの運命は決まっていた。
「ボクとケケ、死刑宣告の指名手配犯かァ……」
カバンの中が揺れ始める。 デッシーとガルルフィが移動を始めたようである。 揺らされる中で、マルクは残された仲間に全てを託すのであった。
「……ピッチ、ケケ、しっかり頼んだのサ……あっそうだゲイター、着いてくるのサ」
マルクが何かを思い出したかの様に羽を小刻みに動かした。 デッシーとガルルフィの後ろに、糸でできたワニが飛び跳ねてついて来ていた。
第三十一話 虹の島の潜入劇
虹の島の一つ、ビッグフォレスト。 深い緑で覆われたそこは、思わず見上げてしまうほど高い木々で囲まれた森林地帯。
その中で一際でかい大樹が堂々と森のど真ん中にそびえ立つ。 他の木々を凌駕する高い一本の大樹の中腹にはビッグフォレスト全体を見渡せる様に大きなベランダがぐるっと一回りで作られている。
そこが虹の島のギルド、『アニマ連合』の拠点だった。 島のどこかで事件があれば、この高い場所からエアライドマシンや空を飛べるギルドのメンバーは現場へ一直線、と言うわけだ。
「いやぁ、それにしても新メンバーが新しく加入するとは、オレ達も人気になって来たか!?」
「バーカ、良い気になるなリック。 それに紛れ込んで、あの憎らしいティンクルまでもが侵入して来たんだぞ」
体格の大きなハムスターとネコのアニマが、酒を飲みながら楽しげに話している。 彼らの言う侵入者とは、冒頭で投獄されたサファイアや逃げているマルク達の話か。
「ああ、ププビレッジとか言うど田舎からやって来たって言う……『七彩のホーホケキョ』って奴らだっけ?」
リックがその言葉を呟くと、すぐ後ろを通っていたメイド服の猫耳の女性が立ち止まる。 彼女はその会話に聞き耳立てながらテーブルの食器を片付ける。
「気にするなって、あんな田舎風情にオレ達の計画が看破できるわけないって」
リックがドリンクを一気に飲み干し、席を立ち上がる。 空ジョッキを天高々に掲げながら、リックは揚々に声を上げた。
「ティンクルもヒトガタも、やる気があるならかかってこいってんだい!! オレ達は選ばれし種族の、『アニマ連合』だぜ!!」
「よく言った!! リック!!」
リックの一気呵成にギルドのムードは一気に高まった。 侵入してるケケは、その圧倒的アウェイの中に一人立ちすくみ、威圧される。
「うわっ……ピッ君と交代してもらうべきだったかばあ」
ケケは少しばかり別ギルドの潜入に後悔している。 そんな彼女のおどおどしい態度に、ネコのアニマは顔を近づけて陽気な様子。
「よう新入りの嬢ちゃん!! ここの雰囲気には慣れたかニャー??」
「な、ナゴさん!? は、はいお陰さまで……」
ケケが『ナゴ』と呼んだ彼は、彼女の腰に手をやってクルクルと回り始める。 ケケは回収していた空ジョッキを落とさない様に気をつけながら、ナゴの回転に合わせる。
「怖いティンクルやヒトガタが来ても安心しろ!! オレ様があっという間にひと噛みでやっつけてニャる」
「わ、わー!! カッコいいです」
棒読み。 ケケはアニマではない、ヒトガタである。 彼女の猫耳がたまたまアニマの特徴に似ていたから、勘違いでこのギルドに潜入できたのであって、バレたらタダでは済まないのは明白。
ただ、この『アニマ連合』は『七彩の暴食』同様に女っ気が見事に無いギルドだった。 若い女性のケケがやって来たと言うムードに全員が浮かれ、彼女の素性も調べずあっさり加入を許されたのだ。
そんなケケのここでの目的はーー。
「そ、それで……その怖いティンクルって、どこに居るんですか??」
「さーな。 七つの島のどこかに捕虜用の拘置所か刑務所でもあったけど……忘れたニャ」
ナゴが喉元を鳴らしながら、明後日の方向を向いて答える。 ケケはその答えにガッカリして肩を落とすが、ナゴはケケを片腕で抱え上げてポーズを取る。
「なーに!! 問題にゃい、ココにいたら絶対安心、なんせオレ様がついてるからな!!」
「おーい、ナゴ!! 新入りにアピールかよ」
「ケケさーん気をつけろ、そいつやべー奴だぞ」
『アニマ連合』の騒がしさは『七彩の暴食』のそれに近い。 しかしケケは心有らずと、ナゴの腕の上で目をぐるぐるしながら呟いた。
「ピッ君……お願い、早く迎えに来て……」
彼女の目的ーーサファイア達の所在の確認は、まだ時間がかかりそうだ。
一方その頃ーーケケが頼っていたピッチは片手にゴミ袋、そして空き缶などを掴むためのハサミを持って町中を彷徨いている。
彼もケケと同様、『アニマ連合』に潜入できたのだが、面接官と折りが合わなかった。
『んニャー。 そんな小柄な身体で俺たちの仕事が務まるかニャー』
面接を担当したナゴのその言葉。 ピッチは眉間にシワを寄せながらも怒りをグッと堪えて耐えていた。 最終的に彼に言い渡された言葉は。
「なーにが、『まずはボランティアで俺たちに誠意を見せてみろ』だ、あのクソ三毛猫め」
ピッチは独り言で文句を言いながら、町中に落ちている空き缶やタバコの吸い殻をゴミ袋の中に次々放り込む。 彼に言い渡された仕事は、清掃員。 つまりはギルドの仕事で地味な部分を押し付けられたのである。
「あー!! 僕のやりたいのはワクワクする冒険なんだよ、後焼き鳥屋!! 絶対あいつらに感動させる焼き鳥提供できる自信あるのに」
よりによってなんでこんな仕事なんだよ!! そう絶叫するピッチはベンチに腰掛ける。 すぐそばには、缶ジュースを飲み干した子供達が通りすがり、ピッチの持ってたゴミ袋に放り捨てる。
清掃員ピッチはしばらく小休止。 ピッチはベンチから空を仰ぐと雲をずっと目で追いかけ続ける。
「あー、皮タレかモモ塩しばらく作ってないな〜。 ケケも今度焼き鳥パーティに誘うか〜」
「カニバリズムはなかなか高度な趣味だよな。 お前も」
いつの間にかピッチの横に腰掛けていたのはネズミのアニマだ。 赤いシルクハットとマントを身につけ、天を仰ぐピッチの横を悲しそうな目で見つめている。
「……なーんだ、ドロッチェか。 久しぶりだね……元気だった?」
「まぁな。 そこそこ元気でやってるよ。 新しい場所も俺を受け入れてくれてるしな」
「そっか、良かったね……っ??」
ピッチは横にいる男を一度、二度見する。 彼は手を仰いで「よっ」と一言声をかけるとピッチは飛び上がった。
「ど、ドロッチェ!? ええっ、どうしてココにっ」
「それはこっちのセリフなんだけどな。 俺は仕事の帰りだ。 今から『アニマ連合』に報告に帰る所」
ドロッチェのその言葉にピッチは呆然と口を開けて耳を傾けるだけだ。 ドロッチェはベンチから立ち上がり、歩き出すとピッチもそれについていく。
「アレから色々あってな。 ココに流れ着いたんだよ。 そんで『アニマ連合』に受け入れてもらって、今は下っ端やってる」
「へー……でもさ、少しぐらいは連絡よこしてくれても良かったんじゃない?? ケケもずっと君の事心配してたよ」
「嬢ちゃんがねぇ……」
ドロッチェは少しばかり笑いを浮かべてピッチの話に耳を傾ける。 ピッチはやがて、ゴミの溜まった袋をゴミ捨て場に放り出すとドロッチェのシルクハットの上に乗る。
「仕事は終わったのかよ」
「言われた場所一帯はやったもんね。 ところでドロッチェ、捕虜の場所ってどこの島か分かる??」
ビッグフォレストの中心部に近づくと、『アニマ連合』のメンバーの移動も増えていく。 その中に紛れながら、ドロッチェとピッチはギルドに戻りながら会話を続ける。
「逮捕って……あいつ何やったんだよ」
「サファイアは何もやってないんだよ!! ただ急にココのギルドの連中がアニマ以外連れていって……」
ピッチは鼻息を荒くして言葉を続けた。 少しばかり、怒気を込めた言葉で。
「この島がおかしいんだよ。 僕らはただの観光目的で来たのに、危険因子だとか、反逆者だとか」
ピッチのその不機嫌な言葉に、ドロッチェはひとつ短く溜め息を吐いた。
「お前ら、何も知らないんだな。 ココはもうそんな観光地とかで来るところじゃねーぞ」
「えっ」
ドロッチェの言葉にピッチは思わず聞き返す。 『アニマ連合』の大樹の中腹の入り口に手をかけて、ドロッチェはギルドに帰還するとーー。
「ケケちゃーん!! オレ様のお気に入りの毛玉、見ニャいかい??」
「ちょ、ナゴさん……その、酒くさっ」
メイド姿のケケがナゴに言い寄られてる場面だ。 ドロッチェとピッチはそれを真顔で見つめている、いやフリーズしていると言った方が正しいか。 二人の帰還に気づいたギルドのメンバーが声をかけてくれる。
「おっ、ドロッチェ、ピッチおかえり」
「ああっ、ピッ君!! た、助け…」
ケケのSOSを聞く前に、ドロッチェとピッチはそっと背を向けて入り口に再び歩き出した。 まるであたかも知り合いでは無いですと背中で語っているようである。
「ちょーい!! スルーしないでよ二人ともっ」
ケケの叫び声にはいはいとピッチは応えると、空を飛んでケケの肩を脚で掴んだ。 空を飛びながらケケとナゴを無理矢理切り離すと、ドロッチェは懐から書類を二枚、ナゴに突き出した。
「ほら、そこの小鳥のゴミ集めと、オレの野外調査の報告書、どっちも異常無しだから、後よろしくな」
二人はそのままケケを連れてギルドの奥へと進んで行く。 周りでは、クスクスとナゴを笑うような声が聞こえて来ている。
「あのニャろーどもめ……覚えてろよ。 チュチュ!! 酒出せ酒ぇ!!」
ナゴに呼ばれるがままに出て来たのは赤いリボンとピンク色の体をしたタコのような女の子だ。 チュチュはナゴの怒号に慌てるように、酒樽を運んできている。 ケケはその様子を、ピッチに運ばれてる最中、後ろを振り向き様に眺めていた。
ギルドから飛び出したドロッチェに着いて行くように、ピッチとケケはどんどん『アニマ連合』から離れていく。 不安になりながらも、二人はドロッチェから離されないように早歩きだ。
「あーあ、アイツらには頼らねえぞって決めてたのに」
ドロッチェは悔しそうにそう言いながら携帯通信機を操作し始める。 ピッチは必死にドロッチェについて飛びながら、後ろから問いかける。
「アイツらって??」
ピッチの言葉に、ドロッチェは耳を傾けない。 ほぼ独断専行で何かをしてると、携帯通信機から声が聞こえてくる。
「パイに笑うものは?」
「パイに泣くぞい!!」
ドロッチェのその言葉に、黄色い星が空から降ってくる。 やがてそれは、ドロッチェとピッチとケケの前に到着すると乗れとばかりに停止する。
「これって……エアライドマシン!?」
「嬢ちゃん、ピッチ、早く乗れ。 すぐに出発する」
ドロッチェに促されるまま乗り込むと同時にエアライドマシンは急上昇する。 そしてその移動途中に、ドロッチェはようやく周りに誰もいないのを確認してから、声を出した。
「この虹の島はな、観光地でもなんでも無い。 アニマ連合の要塞なんだよ」
「要塞!?」
ケケがその物騒なワードに声を上げる。 ピッチも突然の言葉に、不安げに問いかける。
「一体……何の為に??」
「オレも人伝でしか聞いてない。 何でも、古代の怪鳥を復活させるとか、何とか言っていたーー見えて来たぞ」
ドロッチェの指さす先、虹の島のはるか上空に、巨大な戦艦が見えて来ていた。
「傭兵ギルド『メタナイツ』の本拠地ーーハルバードだ」
そして虹の島の一つ、グラスランド。
「虹の島に侵入者が現れました。 ティンクルとヒトガタを見かけたら報告をお願いします!!」
デッシーとガルルフィ達が潜入している、指名手配犯の一斉捜索の場所だ。 彼らの目的はマルクとケケであると、『七彩の暴食』組は確信している。 当人であるマルクは、デッシーの肩掛けカバンの中にずっと潜んでいるわけだが。
「なぁ、このままマルクとケケちゃん見つけなかったら、俺たちずっとこの仕事かな??」
ガルルフィの言葉は不安からくる当然の言葉だ。 虹の島で何故ティンクルとヒトガタを追い回してるかは分からないが、終わりの見えないこの捜索に、彼自身疲れてきている。
「……誰かたまたま通りすがりのティンクルが来るのを待っとくのサ」
カバンの中でマルクがサラッと呟いた。 自分が捕まるのはゴメンだと、その言葉から裏打ちする思惑とは。
「ケケ、ピッチ、デッシー、ガルルフィ、ウォンキィ……少なくとも君たちでアニマ連合とやらに歯向かうのはやめといた方がいいのサ。 死ぬから」
「サラッと酷いこと言うよなあ」
「でも間違いないしなあ……そう言えば、ウォンキィの奴は見ないけどどこにいるんだ??」
ガルルフィが辺りを見渡しながら呟くと、船着場から降りてくる猿のような男が出て来た。 背中に鍵を背負った男は、デッシーとガルルフィを見るや否や大手を振る。
「おーす!! マルク、見つけたぜぇ、サファイア達の居場所」
「上出来なのサ。 ありがとよウォンキィ」
ウォンキィは意気揚々に歩み寄ると誇らしげな顔をする。 が、それもすぐに顔色が戻り、彼の表情が不穏になる。
「それとよ、ちょっとやべえお知らせなんだ」
彼の指さす先、そこにはペンギンやアザラシのアニマの男達がいた。
「コイツら、知り合いなんだろ?? サファイア達の場所に連れて行ってくれってさー」
ウォンキィのその言葉に、マルク達三人は言葉を失う。 予想だにしない、新しい問題が舞い込んできたのだから。
マルクは、ウォンキィが連れて来たそのアニマ連中を眺めながら、唸り続ける。 記憶を辿り続けるが、とうとうマルクの記憶のエンジンサーチには辿り着けなかった。
「誰だっけ??」
虹の島のとある地点。 サファイアが収監されている部屋の扉が開かれる。
「ココで大人しくしていろ!!」
サファイアが、初めに聞いた言葉がまた繰り返される。 その言葉と同時に、地面に叩きつけられるような音と同時にくぐもった声が聞こえてくる。
「おいっ、大丈夫か」
サファイアが心配そうに駆け寄った。 すると、放り込まれたもう一人の囚人はすぐ立ち上がり、たくましい声で啖呵を切った。
「なんだいなんだい難題!!(誤字) 僕はただアニマの可愛い女の子とお友達になりたかっただけなのに!! 急に逮捕だなんて酷いジャマイカ」
真っ白な体に赤い足。 サファイアと色以外容姿が瓜二つのその姿。 サファイアとその青年はしばらく互いを見つめながら、無言の時間が過ぎていく。
「ーースノウ!?」
「サファイア?? え、なんでココにぃ!?」
虹の島、現在侵入者二人確保ーー。
最終計画に、異常無し。