あしかのらいぶらりぃ
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執筆者: ディン/投稿日時: 2023/01/04(水) 05:02:00
投稿者コメント:
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

この話は年内に投稿しようと思ったのですが、個人的に納得いかずに再投稿した物です。
その再投稿ですが、予想以上に難産で且つ文字数制限にまたもや引っかかった奴です。 酷いでしょ。

今年は短く簡潔にまとめられたらいいなとは思うのですが、自分の思い通りに書いたらこうなってしまうのは目に見えてます。
さてどうしましょう…と言うところです。
第二十九話 シミラの罪
「鏡の国……とな、まさかそんなもの本当にあると」
ここはダークマインドが頭を下げた時の集会所。 マスター達は、異世界からの訪問者の言葉に耳を疑い、騒ぎ出す。
彼らにとって鏡の国は幻か、伝説の類であったからだ。 ダークマインドは、そんな不躾な反応にも理解し、口を開く。
「我々の国は、ポップスターの上空を不規則に巡回しています。 地上から見つけるのは厳しいのです」
ダークマインドによると、そこは地上から見えない上空を常に回っているとの事。 過去には地上との接触もあったはずだが、今はもう途切れている。
「しかし、そんな隔離された国の者がなぜ今更地上に……シミラという魔導士は、何かお宝を欲しくて降りてきたのですかな」
モソの言葉に、ダークマインドは無言のまま目を伏せた。 しばらく思考していると、彼の一つ目は大きく見開いて、言葉を紡いだ。

「シミラは、お宝には興味はありません。 それは自分を引き立てるための、アクセサリーとの認識でしかないですから……」
「彼女はただ認められたいだけで地上にやってきました。 しかし、それは我々の世界では……大罪なのですが」


  第二十九話 シミラの罪


 数年前、鏡の国の中心街の『セントラルサークル』。 この世界も、サファイア達と同じように人々が暮らし、争いも絶えない。
「強盗だー!! 誰か捕まえてくれ!!」
商店街で叫び声が聞こえる。 青い髪をした、ネズミの様な小さな男は背中にドリンクや食べ物を布にくるみ、背負って地上スレスレを飛んでいる。
「ぎゃーっはっはっは!! このハリー様のスピードについてこれるかよ!! ソアラ、援護頼むぞ」
ハリーと名乗った男は、携帯通信機から仲間を呼び出している。 それに応えるように、上空からレーザーが飛んできて、地上にいる住民や、ハリーを追いかけてた警官が怯んだ。
「よし、チェリーに肉に、ハンバーガー。 これで暫くは飯に困らない……っ」
盗んだ食料にヨダレを垂らすハリーの前に、巨大な鏡が現れた。 猛スピードで走っていたハリーは、その鏡を前にしてブレーキをかける事は出来ない。 彼は鏡の中に飛び込んでしまうと、そのまま消えてしまう。 鏡は、水面の様に波紋が広がっている。

「うわっ、強盗男が消えたぞ!!」
セントラルサークルの住民も、目の前に消えて行ったハリーに目を白黒させた。 しかし、その中には事情を知っているかの年配の男が、憐れむように笑っていた。
「気の毒に、あの子に見つかったか」


「アンタが犯人ね。 共犯のソアラって子もとっ捕まえてるから覚悟しなさい」
ひしゃげた三角帽子にフードを被った女性はボロボロになったハリーを足で踏みつけて、食料の入った袋を背負って仁王立ちしていた。 周囲は、拍手喝さいでそれを見守る住民達。
「流石シミラちゃん!! 『鏡の大迷宮(ミラービリンス)』の期待の星」
「違う違う、もう私は期待の星じゃない」
自信たっぷりのシミラは天に指を突き刺し叫ぶ。
「私は、鏡の国ナンバーワン魔導士になる女、シミラ様!! あーっはっはっは!!」
『セントラルサークル』のど真ん中で、拍手喝さいを浴びるシミラ、彼女は誇らしげに天を仰いで笑っていた。


「だから、言ってるのよ。 その魔法の使い方はそうじゃない」
シミラはいつも『鏡の大迷宮』の中心にいた。 そして彼女は仲間の指導を欠かさない。
「す、すみませんシミラさん」
「ったく、私も暇じゃないんだから……」
ギルドのど真ん中で、宝箱にもたれかかりながら仲間に説教を垂れているシミラの姿はいつもの光景だった。 ただ、そんな彼女の姿を見てよく思わない者もいる。
すぐそばで、ヒソヒソと口元を隠して会話をしている仲間をシミラは睨むと立ち上がる。
シミラは先ほど説教していた相手の腕をつかむとギルドを飛び出した。 シミラに引っ張られるがまま、ついて行く形で外に出る羽目になった仲間の姿も見えなくなると、ギルドの空気は一気に様変わりする。

「はぁー!! 息が詰まるわあの女」
「ちょっと仕事ができるからって、すごく偉そうに」
シミラが居なくなるや否や、彼女をよく思わない人々の会話はどっと湧き出した。 誰も彼もシミラの根も葉もない噂を始めた。
「どうしてあんな奴について行くのかしらね、あの子も」
「無理やり下っ端にしたって話もあるぜ!! 自分をエリートっぽく見せるためだろ」
「ああー、そのために落ちこぼれっぽい子を後ろにはべらかしてるのね、性格悪ぅ」
思い思いに、勝手な事を言っている『鏡の大迷宮』一同は、シミラの持ってきた宝箱も椅子代わりにしては彼女がいないのを良い事に笑いものにしている。 そんな中で、ギルドの奥の扉が開くと、一つ目の男が出てきた。
「おい、お前たち。 うるさいぞ、静かにしろ」
ダークマインド、ギルドのマスターである彼の一言にギルドの中にいた者たちは一斉に口を閉じる。 これが、いつもの光景だった。 まるで教師の様に一言言わないと黙らないメンバー達に、ダークマインドはため息をついた。



「シミラさんは、皆が嫌いなんですか」
シミラに連れてこられた後輩――彼女はチップという名のアニマだ。 後ろに狐のような尻尾を持っている彼女は跳ねるようにシミラの後をついて行く。
「嫌い――そうね、最強のギルドに入れたってだけでエリートぶってる連中なんか、嫌いよ」
そう言うと、シミラは近くの岩場に腰を下ろし、紙とペンを取り出した。 物思いにふけりながら、シミラは紙にペンを走らせる。
それを不思議そうに思い、顔を覗かせるチップ。 すると突然チップの目に布がいくつも巻かれた。
「わぁ!! 何するんですか」
「こっちのセリフよ、まだ見せるモノじゃないの」
布をとりながら、チップはシミラの様子を伺う。 しばらく見守り、チップは問いかける。
「小説、ですか」
「自伝よ。 私の活躍を記録しているの。 この間の強盗犯も、その前のカラースプレー泥棒も、楽譜の件も!! 私のおかげ!!」
シミラがペンを握る力が強くなる。 誇らしくも苦虫を噛み潰すような表情に、チップは肩を震わせるも、黙って耳を傾ける。

「でも、誰も私を認めてくれない。 だからこうやって自分で記録をつけて、いつか世間に認めてもらうのよ!!」
シミラは立ち上がって叫んだ。 彼女の鬼気迫る様子は、まさに心からの叫びだった。 彼女のプライドが『鏡の大迷宮』の皆を許していないという形だ。
「で、でも認めてもらうって……そんなすぐには」
「いいえ、計画はあるわ。 まずはこの自伝がその第一歩」
シミラはそれを言うと紙をチップの前に突き付ける。 自信たっぷりのシミラの顔に、チップは面食らった様子だ。
「こいつには、成功した事も、失敗した事も赤裸々に書いたわ。 自分でも恥ずかしいくらいにね」
突き出した用紙の束の影で、シミラはほくそ笑む。 そんな自信ありげなシミラに、チップは感嘆をあげて目を輝かせた。

「あいつらは、『鏡の大迷宮』が最強のギルドだと思い込んでる、マスターもそんなバカ達をたしなめるだけ。 付け入るスキはある」



 シミラは、一人で何でもできる魔導士だった。 『鏡の大迷宮』に所属をしたのも、たまたま生まれ故郷のギルドだったのが理由だ。
――しかしギルドに入ってシミラは絶望をする。 初めの頃は、彼女は魔導士という仕事に夢と希望を抱いて、頑張ったのに。

「あいつは本当にすごいよなあ。 これが血統ってやつかね」
「知ってる? シミラの奴、自分の親が鏡の国の政治家だから、コネでウチに入ったって」
彼女は才ある魔導士だった。 故に、僻みや妬みが絶えなかった。 地元出身で血統もへったくれも無いシミラは、根も葉もない噂で後ろ指をさされ始めた。
『鏡の大迷宮』は、鏡の国で最も大きなギルドだ。 だから、他の様に和気あいあいという雰囲気はなく、蹴落としあう競争が絶えない。
こんなギスギスした環境を打破するには――シミラはずっと考えていた。 そして、彼女はとうとう一つの結論にたどり着く。

「……印税を稼いで、独立をして『鏡の大迷宮』を超えるっ!? 本気ですか!!?」
「バカっ、声がでかいわよ」
シミラはチップを戒めて、口を押さえつける。 シミラに言われるがままに、チップは押し黙ると小声で問いかけた。
「で、でもそんなのどうして――」
「面白いから。 他に理由が必要??」
シミラは即答した。 それにチップは唖然としていると、シミラは未完成の自伝の原稿を掲げて静かに笑う。
「ある日突然自分達より上のギルドが現れて、しかもそのマスターが陰口言ってた相手なのよ……アイツらの面食らった顔が楽しみよ」



 鏡の国は広い。 『鏡の大迷宮』に所属していない魔導士の卵がまだどこかにいるやもしれない。 シミラはそれも睨んでいた。
彼女は毎日のようにギルドからくる依頼の中で、最高難度の仕事を引き受けては、完璧にこなして見せた。
シミラの自伝のネタは、自身の冒険。 つまり彼女は仕事をすればするほど、その後のリターンは大きくなっていく。 実際帰還時にセントラルサークルの街の人達の喝采は、シミラが一番大きかった。
――しかし、彼女の計画を満足させる『人材』は鏡の国にはいなかった。 それもそのはずではあった。

「ぎゃーっはっは!! 今日も大勝!! おい、一杯酒持ってきてくれ!!」
「ちょっとぉ、宝石の取り分もっと寄越しなさいよ、今日の冒険は私の『突貫』のおかげでしょう??」
『鏡の大迷宮』、鏡の国で最も巨大なギルド。 シミラが思っていた以上に『人材』は一極集中の状態だったのだ。
仕事は毎日やってきて、ギルドは潤い続ける。 ギルドの活気はいつまでも大きく、騒がしい。
「……もう、ここには私の理想はないかもしれないわね」
シミラは、それだけを言ってギルドを出て行った。 たった一人の力では、固まった地位を、戦力を、引き抜くのは不可能だったのだ。





「お困りの、ようですね」
絶望の中歩いているシミラに、フードを被った一人のティンクルが姿を見せた。 シミラはティンクルをしり目にベンチに腰かけて、空を仰いだ。
「もう諦めた所よ。 目立たない程度に日銭を稼いで、人並みの人生を歩んでいくのが正しかったかもって、後悔してる」
「それで、いいのですか?? 折角あなたも『人類の選抜』の候補になれるかもしれないのに」
ティンクルのその言葉に、シミラは眉間にしわを寄せる。 ティンクルは新聞を差し出すとシミラは目を走らせる。
「これは……鏡の国の新聞じゃない」
「外の世界です。 ディメンションミラーの向こうにある世界の新聞」
ティンクルはそれだけを言うと歩き出す。 シミラは、不思議と彼の後を歩いていき――やがて一つの場所にたどり着く。

「あっ、シミラさん」
「本当だ、こんな時間に『セントラルサークル』の大広場に来るなんて」
大広場、鏡の世界の住民たちの待ち合わせの定番だった。 翼を模した黄金の額に飾られた鏡。 それこそが鏡の世界と外を繋ぐ唯一の扉『ディメンションミラー』だ。
ティンクルはその前に立つと手招きしてシミラを呼ぶ。 彼女は、誘われるままに横に立つと鏡に目を向けた。
「御覧なさい、外の世界でも争いは絶えない」
ティンクルの言う通りに、鏡に映し出された『外の世界』は見るに堪えないものだった。 まだ鏡の国の方がマシかもしれないという場面さえもあった。
シミラは時々そんな光景に目を背けるも、それを見逃さない。 勇敢に困難に立ち向かい、戦い続ける者がいたのだ。
「彼らは……」
「ギルドに所属している、冒険者ですよ。 鏡の国と同じシステムは、あちらにも存在します」
ティンクルの言葉は届いていない。 シミラは鏡に映る世界のギルドと冒険者たちに夢中だった。 口角が吊り上がるのを見ると、ティンクルは呟いた。

「あなたは強い。 しかしあなたの望む理想はこの世界ではもう成しえない。 ならば、新天地にそれを求めるのは罪でしょうか」
「……新天地。 私の、理想」


 シミラの、理想は。 彼女の夢は、『鏡の大迷宮』を――。
「超える。 そして、私の冒険のすべてを、記録を残して――私という存在をこの目に嫌でも焼き付けさせてやる!!」
その言葉を聞いて、横にいたティンクルはほくそ笑む。 そして、意を決したようにシミラが『ディメンションミラー』に手をかざした瞬間。


「そこまでだ、シミラ」
ダークマインドだ。 彼女の後ろに、『鏡の大迷宮』のマスターとチップが並んで彼女を引き留める様に立っている。
「シミラさん!! どうしたんですか、いきなり一人でこんな場所に」
チップは心配そうにシミラにそう呼びかける。 シミラはチップの言葉を耳にすると意識を取り戻したかのように、顔を上げた。
「一人……いや、違うわチップ。 だってそこに、ティンクルが――」
シミラが指さした先には、誰もいなかった。 先ほどまで、姿も、声も認識していたはずの姿は消え失せ、ダークマインドは静かに目を落とした。
「……お前がこっそり支度をして『ディメンションミラー』に向かっていたと報告があってな……この様子では」
ダークマインドは、残念そうに一つ目を横に振って俯いた。
「シミラ、鏡の国の掟では地上へ行くのは大罪だ。 ――外の世界の瘴気や病原体は、鏡の国の医療では対処できないかもしれない」
「……そして、外の世界に行くには数か月前からの検査が必要なんですよね」
「そうだ。 外の世界の瘴気の治療法は、こちらではまだ確立されていない」

シミラも、ダークマインドの話は承知の上だ。 しかし、彼女の決意は固い。
「充分よ!! この世界の魔導士達は、既に『最強のギルド』と言う瘴気にとり憑かれて、マンネリという病気に陥ってるわ!!」
「自分達の地位に満足をして、自堕落に陥っている。 あれが最強のギルドのあるべき姿!?」
シミラは精いっぱいの声を張り上げて、ダークマインドに問いかける。 彼も、今のギルドの現状を決して良しとはしていない。 シミラの言い分も理解できた。
「ならば、我々で変えていこう。 シミラ、キミにも心配をしてくれる後輩が、チップがいるではないか」
ダークマインドの差し伸べた手は、決してシミラに届くことはなかった。 シミラが背中にしている『ディメンションミラー』の向こうには、桃色のティンクルの手が彼女の手に――。

「ダークマインド氏よ。 少し遅かったようだ」
ダークマインドとチップの脳裏に、シミラとは別の声がこびりつくように聞こえてきた。 そしてシミラの姿は、二人の前から消え去った。

  ――彼女はもう、我々の世界のもとに――

「ダークマインド様、サヨナラよ。 貴方のやり方と古臭いしきたりでは、何も変えられない」



 こうして、シミラは『鏡の世界』から降り立った。 彼女の目的はたった一つ、『自身が認める最強』を超えるだけだった。

「見て!! アドレーヌ、この人の書いたお話、凄いのよ!!」
「ケケ、またそんな漫画読んでるの……??」
彼女の夢は『鏡の大迷宮』を超える事。 しかし、それは並大抵の事では無いとは理解していた。
まず彼女は自身の存在を知らしめるために、自伝を露出させて認知をあげた、結果的にはケケの様に熱心なファンが付いたので、目論見は当たっていた。

「シミラさん、本当にあなたは素晴らしい人だ!! ウチのようなギルドに来てくれて光栄ですよ」
「そんな、私なんてまだまだです」
新しく彼女が入ったギルドも、魔導士はたくさんいた。 昔のように、足の引っ張り合いをするような場所ではなかった。
シミラは、地上への進出は間違いではないと確信した――あの日までは。


「何故……どうして私の力が効かないの!?」
彼女にとって初めての経験だった。 ギルドの手配書にあった、月と太陽の杖を持ったお尋ね者の討伐。 いつも通り一人で余裕綽々でこなそうとしていたが、相手は何枚も上手だった。
「ギャッハッハッハ!! お嬢ちゃん、キッタリハッタリ様に逆らうなんて百年早かったなあ!!」
キッタリハッタリと名乗った男は、一枚の紙きれを太陽の杖につけて、シミラの顔面にくっつけた。 そう、それこそが彼女と、サファイアを後々苦しめた――『CERO:A』と書かれた、黒いマークだ。
「い、いや!! 私の、私の顔に……変なものつけないでよぉ!!」
女性であるシミラにとっては最大級の屈辱だった。 いや、こんなみっともない物は老若男女問わずにお断りに違いない。

――これが、シミラの活動が休止する原因の一つである。 流石に人前で『全年齢向け』と描かれた顔などでうろつくわけにはいかない。 そうしてからシミラは、ギルドからも離れて一人潜伏する生活が始まる。




「キッタリハッタリ。 サファイア、お前さんそんな奴覚えとらんか」
時間は現代に戻り、ここはププビレッジ。 携帯を懐にしまったモソの問いかけに唸っているサファイアの傍にピッチがやってくる。
「サファイア、もしかしてアイツじゃない?? エアライドレースに勝った日のアレ」
「……あっ、思い出したぞ!! 帰り道に、太陽と月の杖を持った奴が暴れてたんだっけ」
既にサファイア達だけが理解できる会話に、マルクやホヘッド達はついて行けない。 ブレイドはケケの横に立つと、問いかける。
「ケケ、アンタあの日の飯に一緒だったんだろ、何か知ってるんじゃないの??」
「あ!! そうだ、変なヒトガタのよっぱらい!!」
ケケも思い出したとばかりに大きな声を上げる、サファイア、ピッチ、ケケ三人は顔を見合わせて昨日の事を口々にする。


『ぎゃーっはっはっは!! おい店長、もっと酒を寄越しやがれ!!』
『こ、困りますお客さん』

「焼肉屋の前で杖持った酔っ払いが暴れてたから」
サファイアはそう言って太陽と月が先端についた杖の絵を地面に描いた。 肝心の人物の絵は彼自身も酔っていたので適当だが。


『ピッチ、ケケ。 周りの人は任せる』
『オッケーサファイア。 あの杖を持った男は?』
子どもやお年寄りを誘導しているケケに背を向けて、サファイアは氷を腕にまとって焼肉屋の前に飛び出した。
『気絶させて――警察に突き出すッ!!』
そう言いながら、サファイアはキッタリハッタリに拳を向けて飛び掛かる。 そこからは、痛々しい音と何かがポキリと折れた音が聞こえてきたという。

「僕とケケで周りのお年寄りと子どもを避難させて」
「ちょっと酔っぱらってたサファイアが氷をまとった右腕で杖ともどもにボコボコにしてた!!」
ピッチとケケが彼に続く様に補足をした。 その言葉を聞いて、シミラはうなだれて言葉を紡ぐ。


「それよ……そいつの杖が必要だったのに……彼が壊しちゃったから」
シミラはそれを言うと、顔を表に挙げる。 すると、なんとサファイアについていた『CERO:A』の表示が彼女についているではないか。
「げっ!! お前、その顔っ」
「なんで!? サファイアの顔についていたのが、シミラの顔に」
それを聞くと、シミラは涙をこぼしながら叫んだ。 緊張の糸が切れたように、だみ声だった。

「完璧じゃなかったのよ!! 私の魔法では、この表示を一時的に押し付けるだけで精一杯!! アレを完全にはがすにはキッタリハッタリの杖が必要だった!!」
「なのに、サファイアが、彼が杖を壊したから!! 私は一生このままなのよぉ!!」
シミラの叫び声は、ププビレッジに聞こえてる。 騒動を起こした張本人の叫びに、住民や暴食のみんなも少しばかり同情的な目だ。


 ――その日、シミラもその焼肉屋の近くでキッタリハッタリを見つけていたのだ。
黒装束をまとったまま、背後に近づいたシミラはもう少しと言う所まで因縁の相手に接近する。
『ようやく……私の顔を、返してもらうわ――』
その瞬間だった、サファイアがキッタリハッタリを殴り飛ばしたタイミングは、シミラが呆気にとられるままに、サファイアは見事な手さばきでキッタリハッタリを攻撃し、ついでに――。
『なんだこの武器』
近くにあった、キッタリハッタリの杖。 ただ取り上げたらよかったものの、サファイアは腕っぷしで真っ二つにへし折ったのである。
『え? え?』
シミラは呆然と眺めているだけだった。 黒装束をまとったままなので、誰にもシミラだとは気づかれず、近くにいたケケが手を取る。
『こっちは危ないですから、早く避難を』
ケケに言われるがまま引っ張られるも、シミラは時間が止まった様に呆然としているだけだった。 目の前にいる、サファイアだけをまじまじと見定めて――。
『アイツが……アイツが私の獲物を……』


「一番の被害者は、サファイアなのは間違いないですが……女の子があんな姿なのは、可哀想ですのお」
「ブレイドちゃん、なんとかしてやれねえかなあ」
「……私、ギルドの仕事は壊すの専門だからねぇ……」
そんな言葉を聞いて、シミラは目尻に涙をまた貯めた。 そして彼女の涙声が聞こえる中で、大きな丸い影が彼女を包む。
「やっと見つけたぞ……シミラ。 他人様に迷惑をかけおって」
「おお、ダークマインド殿!! よく来てくださった!!」
モソは満足げにダークマインドを歓迎する。 突然目玉のような存在が出てきたので、ケケやキャピィ族達は少しぎょっとしたがサファイアとマルクは不動だ。
「モソ殿、いやぁよくウチのバカ魔導士を成敗してくださった。 感謝します」
「いやいや、よかったのぉシミラ……お迎えが来て」
モソはそれを言うとシミラの頭をそっと撫でて彼女を慰める。 シミラの嗚咽が少しずつ小さくなる中でモソの手が彼女に触れる。

「――ところで、お前さんのその張り付いてる魔法、使えそうじゃからワシに譲ってくれんか」
「えっ」
「へっ??」
そう言うとモソはシミラの顔に張り付いている『CERO:A』の表示をはぎ取った。 ぺらぺらとモソの手に風に揺れる紙のように薄い表示は、彼の左手の袋の中にあっという間に収納されていった。
「えっ!? へっ?? き、消えてる?! 顔が、元に、戻って」
シミラも、その突然の展開についていけないようだ、サファイア達もその突然の展開に、目を丸くさせて……ブレイドは手を顔に当てて呆れるように呟いた。
「最初からそうしといてくださいよ……」
モソは満足げにシミラの手を取り、ダークマインドの前に連れてきた。 ニコニコ笑顔のモソと対照的に、ダークマインドは焦燥感ある顔つきだ。
「お互い、面倒な部下を持つと苦労しますの」
「地上も、悪い人ばかりではないと教えられました。 偏った考えも、反省しなければ……」
ダークマインドの反省の裏で、『自由の顔を得た』シミラは、嬉し涙で言葉にならない声を上げている。 そんな彼女の傍に、ケケが駆け寄り彼女の手を取った。
「シミラさん!! 『ラブリーシミラ』の連載再開、待ってますからね!!」
「えっ、でも、私……鏡の国の掟が……」
シミラはそれを言うとダークマインドの方を一瞥する。 彼はため息交じりに肩を落とすと呟いた。
「……検査をしっかり受けて、それからだ。 それと我がギルドで遊んでいた馬鹿どもへの処罰も済ませる。 今度こそお前を一人にさせはしない」
そして、ダークマインドの大きな目が思い切り開かれる。 そのグロテスクな光景に、ケケやキャピィ族達は思わず背筋を伸ばすと、先ほどまでの穏やかな声とは別人のようなダークマインドの声が聞こえた。

「まずは、サファイア殿達と地上への謝罪の行脚だ!! シミラ、それが終わるまでは漫画もギルドの仕事もさせないからな!!」
「は、はいぃ!!」



こうして、ププビレッジを巻き込んだ騒動は終わりを告げる事になる。 国中を騒がせた鏡の騒動に関しては、
「ポピーが『評議会』とギルドの関係者をなだめてくれとる。 まぁ、面倒事は中間管理職に任せるのが一番じゃ」
モソは高笑いをしながら話をぶったぎる。 ケケは顔も知れぬポピーという職員を心の底から同情した。



 ――奇跡が奇跡を呼んだ。 お帰り、シミラ先生!!


『魔法美少女ラブリーシミラ』は長期の休載を経た後、奇跡の連載再開を果たす事になる。 この日、ケケは久しぶりに雑誌を購入し、真っ先にそこを開いた。

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