あしかのらいぶらりぃ
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執筆者: ディン/投稿日時: 2022/08/22(月) 00:45:09
投稿者コメント:
ウルトラスーパーデラックス。 リメイクでは最高レベルの作品だと思います。
個人的にはあれとポケモンのHGSSは大好きですね、リメイク作品の中では。

で、今回もギリギリ文字数制限超えかけました。 まとめる様に精進しますって言った矢先これですよ。
第二十六話 『魔法美少女ラブリーシミラ』
 朝、ププビレッジ……のどかな田舎町に、黄色い小さな星のエアライドマシンに乗るケケ、彼女の顔つきはとても晴れやかで、笑顔に満ち溢れている。
「もういつでも堂々とエアライドマシンに乗れるし、朝の散歩もすっごい気持ちいいなぁ」
警察署でエアライドマシンの免許を取得してから数日。 早速彼女はその免許をいかさんとばかりにギルドの周りの道を周回していた。
体のいい話、エアライドの操作の練習である。 『七彩の暴食』の玄関前にはブレイドナイトがケケの指導とばかりに剣を教鞭代わりに持って、彼女の走法を確認している。

「ほら、ケケ。 そこプッシュチャージして回った方が速い。 旋回もまだ荒い」
「ぐぅ。 滅茶苦茶スパルタですよぉ、ブレイドさん」
ケケの苦い表情をニヤニヤ眺めながら、ブレイドはギルドの玄関前の樽を持ち上げてケケの動線に横倒しに置いた。
「文句言わないの。 ほら、次はこれをジャンプ台に見立てて飛行だよ」
樽とケケの距離が近づいていく。 ほとんどスピードを落とさないまま、ケケは体重移動をしながらマシンの先端を上方向に持ち上げる。 すると、マシンも少しだけ持ち上がり『ウィリー』のような状態になる。
そのままマシンは樽に乗りあがり、斜め頭上に飛び上がる。 ケケも段差から飛び上がったかのように身体が跳ね上がり――そのままマシンと一緒に青空に向かって急上昇……とは、早々うまくいかない。
「あっ」
マシンのジャンプにケケの身体がまだ慣れていない。 彼女はエアライドマシンから無意識に手が離れていたのだ、そのままケケとライトスターは身体が離れていき、ケケは地上に真っ逆さま。
――そうなる直前に、ブレイドナイトはケケの足を掴んで衝突を防いだ。 宙吊りの形で動きが止まったケケは、地面と頭頂部がもう数センチで衝突というところまで来ていた。

「あ、あぶなーい。 ご、ごめんなさいブレイドさん……」
「まだジャンプは早いかもね。 今日の早朝練習はここまでにしようかね、ケケ」
食材の準備もしないとね、ブレイドはそういいながら仕事モードに入ろうとした途端に、『七彩の暴食』の玄関からマルクが顔を覗かせていた。
「……」
「おや、起きたかいマルク。 朝飯は準備するから待っといてくれよ」
ブレイドが後ろを振り向きざまにマルクに挨拶をする、マルクは眠け眼を擦りながら、朝日の逆光でよく見えないブレイドの腕の先に視線を集中させていた。

「……ブレイド、その猫耳はボクの朝飯のレパートリーにはいらないのサ……」
「寝ぼけないでくださいよマルクさん!! って、ブレイドさん早くおろして、下着見えちゃう〜!!」
足を掴まれて、いわゆる『逆さ吊り』状態のケケは黒装束のワンピースを手で必死に抑えながら、ブレイドに必死に頼み込んでいた。




「ふぅーん、またオークションで高額なお宝を無茶苦茶な金額で引き落としてる富豪がいるのサ……『KINP RYBIK』ねぇ」
朝飯にサンドイッチを頬張りながら、マルクは通信携帯機で世界のニュースを確認している。 そこにはお宝を見つけたギルドの話や、金持ちの自慢話、はたまた『七彩の暴食』のようなギルドの新入団募集の広告が掲載されている。
とりわけマルクの目を引いたのは、大富豪のオークション荒らしともとれるお金の大盤振る舞いだ。 そこにはケケも話だけは聞いたことがあるお宝が、いくらで取引されたとか情報が幾つも載っている。
「凄いですよね、この人。 この間も、『オール』のパーツを競り落としたってニュースが出てましたもん」
「ふぅん、まぁそこまでするのは、余生に金を使い込みたい年寄りか、あるいは本当に暇つぶしで荒らしてる大富豪か……ボクらには無縁の世界の話なのサ」
スパゲッティを一気にすすりながら、マルクは空のジョッキを手に取りブレイドにアピールをする。 ブレイドはマルクからジョッキを受け取ると、オレンジジュースを注いで彼の手元に置いた。
「……ブレイド、ジュースじゃねえのサ」
「朝から一杯やるんじゃないよ。 仕事もあるんだから、ジュースで我慢しな!!」
ブレイドはニヤニヤと笑いながら、フライパンを振るって皆の朝ご飯を作っている。 ギルドの皆は、家で何か腹ごしらえをしてからここに来るか、あるいはいきなりギルドに来てからブレイドに朝ご飯を注文するかだ。

「ブレイドちゃーん、俺夜勤明けだから一杯いいよな!?」
マルクとケケのいるカウンターの後ろのテーブル席で、デッシーが自慢げにアピールをする。 既に彼のテーブルには空のジョッキが一つあるのだが。
「一杯だけ、デッシーあんたはもうおしまいだよ。 早く帰って寝な」
「ちぇー」
デッシーは少しだけ不満げに骨付き肉を頬張った。 既に周りには出勤とばかりに皆が集まってきている。 が、しかしそんな周りを見渡してケケは違和感を覚えた。
「……サファイアとピッ君は? いつもならもういてもいい時間なのに」
ギルドの壁に取り付けてある時計を見ながら、ケケはいつものチームの仲間の不在を心配する。 マルクも周りをちらりと見えるところを確認するが、確かにサファイアとピッチの姿はない。
「……僕らが最初にギルドにいたから、朝に抜け駆けで仕事に行った――ワケでは無いはずだよネ」
サンドイッチのお代わりを口に運びながら、マルクは少しばかり不審に思いながら呟いた。 そんな二人を見て、ブレイドが「そういえば」と確認を入れる。

「二人とも、昨日はサファイアとピッチと一緒に晩飯に行ったんじゃなかったのかい」
「ああ、そうなんですよ。 サファイアが昨日エアライドレースでバカ勝ちしたから!!」
ケケが目を輝かせながら昨日の事を思い出す。 その日は、彼女にとっても忘れられない日でもあったのだから。



 昨日、七彩の暴食の隅のテーブル席。
そこではサファイアが耳にイヤホンをかけながら、真剣なまなざしで頬杖をついて堂々としていた。 ピッチは祈るように両翼を組んで、ケケは新聞紙のとあるページを固定して持っている。
サファイアの耳のイヤホンからは少しばかり音が漏れている。 そこからはこもった声だが男の声がせわしなく聞こえている。
『さぁ既にレースは三周目、ラストラップ!! ここまで一位ワドルディ選手のターボスターが揺るがない、後ろからは六星差をつけてナックルジョー選手のウィングスター!! 少し後ろにヤバン選手のウィリースクーターが三番目!!』
「おい、八番のマドゥーはどこだよ、どこにいるんだよ」
サファイアは実況に文句をつけるように不機嫌に小声でボヤく。 ケケの持ってる新聞には、サファイアの言っている八番に蛍光ペンでマーキングがされていた。
『少し離れてマドゥー選手のワゴンスター!! その横にぴったりくっ付く様にブルームハッター選手のデビルスターが続いている!!』
「四番だ!! 頭から2‐10‐6‐8‐4」
ケケの不思議な呪文のような言葉に、ピッチは「ああ」と諦めたように天を見上げる。 彼らのテーブル席には、8や10が書かれたチケットのような紙が一枚あった。

「もう駄目だぁ、おしまいだぁ……。 サファイア、今月の家賃はタンス預金から引き出す事にしよう……」
ピッチの目には薄ら涙。 サファイアの額には脂汗がにじみ出て、音が漏れるイヤホンに意識を全集中する。
「頼む、もうお前しか信用できるのはいないんだ、頼む……勝ってくれ、おい!! なぁ!!」
『ああ!! マドゥー選手コピールーレットに突入、ボムを引き当てた!!』
その言葉を聞いた途端、サファイアとケケ、ピッチの三人は席を立ちあがる。 ピッチとケケはサファイアのしているイヤホンに極力耳を近づけて、音漏れからする実況を聞き逃さまいと集中する。
『前方に投擲!! ボムが炸裂する!! ウィリースクーター大破、ナックルジョー選手のウィングスターは場外に大きく飛んで失速している!! 爆風に巻き込まれたか!?』
マドゥーの一発逆転ともいえる賭けはサファイア達の希望となりえた。 実況のまくしたてるようなその言葉は、一度どん底に落とされていたサファイア、ピッチ、ケケの三人の生気を取り戻すのに頼れる一言だ。

「サファイア!! ターボスターは……一着はどうなの!!」
「一位……頼む、ワドルディ、負けてくれっ!!」
容赦ない直球の願いが届いたか、否か。 実況はマドゥーが順調に順位を上げている話しかしていない、そしてその瞬間は訪れた。
「一位ターボスターは……」
『一位ターボスターは……落ちてる!! 落ちてる!! ワドルディ選手爆風に巻き込まれたか、コースアウト!! そしてマドゥー選手、見事にゴールイン、フィニッシュだー!!』
その実況の瞬間、三人は席を立ちあがるとまるで自分たち自身が勝ち誇ったように飛び跳ねる。 サファイアは両手を上げてガッツポーズ、ピッチは突然急上昇してサファイアとケケの頭上を超高速で旋回、
ケケは両手を組んで天を仰いで、神に祈りを捧げるようにひざまずいて目を閉じて震えていた。
「やった!! やった!! やったああああああ!!」
「二着も三着も当たってる!! 15万!! 15万だ、15万デデンだあああああ!!」
「きゃああああああ!! すごいすごいすごい、マドゥーさん最高!!」

三人はスクラムを組むように抱き合ってぐるぐる回る。 暫くするとサファイアはそこから離脱して、感傷に浸りながら叫んだ。
「よし!! 今夜は焼肉だ!!」
「焼肉!! やった!! YAKI!! NIKU!!」
「ピッ君分かりづらいよ!! でもすごいすごい、私エアライドレースでこんな大勝ち見たの初めて!!」
テーブル席でバカ騒ぎをしているのは、もちろんギルドの他の皆も分かっていた。 ただ、その勝ち馬に乗るのはちょっと引けるなとばかりに、心の中でそっと拍手をしているにとどめているだけだった。

(くそっ、いいなぁサファイア……次は俺だって)
(あそことあそこは行けると思ったんだけどなぁ……でも、仕方ねえかぁ)



「――って具合に、昨日ははしゃいじゃって」
ケケが舌を出しておどけながら、昨日の一部始終を思い返す。 それを聞いたブレイドは肩を落とし、マルクは何も知らなかったのか、絶望の表情でケケを睨んだ。
「そんなの……聞いてないのサ」
「だってマルクさん、その日は気分じゃないって上のベッドで寝たじゃないですか……誘ったんですよ、ピッ君も一緒に」
マルクはそれを言われると、昨日の事を思い返して唸りだす。 そう言えばと、彼は夢の中で半分覚醒していた時の記憶を必死に引きずり出す。

「そういえば……当たったから行こうって話し声が耳元で聞こえてきた覚え……が」
マルクも思い当たる節があったようだ。 その愕然としたマルクの様子に、ケケは黙って首を縦に振って確認した。
「しばらくしても起きなかったから、諦めて三人で行ったんですよ。 本当はネス君もこの間のお礼に誘えればよかったのに、仕事が詰まってたらしくて、三人で行くことになってね」
食事を終えたケケは席を立つとギルドに備え付けられている本棚の前に立つ。 この本棚には、皆が仕事に出る先の地方の地図や、お店の所在地のファイルが並んでいる。
しかし、その仕事用の本棚の横――ププビレッジの子どもたちも読むような、漫画雑誌などが置かれてる本棚、ケケはそこに目を付けた。
「わぁ、この漫画雑誌懐かしい〜。 昔よく買ってたな」
「なんだいケケ。 その雑誌のリスナーかい? だったら、これからも仕入れておこうか」
ブレイドのその気の利いた言葉に、ケケは目を輝かせる。
「本当ですか!! やったぁ、この漫画の読者コーナーとか付録とか、すごい好きなんです!!」
ケケはそういうと雑誌の最後尾――作者の一言コーナーのページを開いた。 そこには『新連載よろしく』の定型文や、作者の近況報告が数十文字で並んでいるのだが。

「あ、今も休載してるんだ『魔法美少女ラブリーシミラ』の作者さん」
「なんなのサ、その頭悪そうな漫画のタイトルは」
マルクの突っ込みにブレイドは少し笑って、それでいて彼に「まぁまぁ」とサポートを入れる。

「そういいなさんな。 その作者さん、実際にギルドに所属しながら漫画も十年近く描いている、凄い売れっ子なんだよ」
ブレイドの言葉に、マルクはふぅんと少しも興味なさげに生返事を返した。 ケケはそんな漫画雑誌の最後尾のページをじっと見ながら、唸っていた。

「……でも、この作者さんもう最後に描いたの、何年前だったかなぁ」




 そして――ここはサファイアの家。
その玄関前にピッチがずっとサファイアが出るのを待っていた。 荷物代わりの彼サイズのタブレットパソコンを手に抱え、締め切られたドアの前にずっと立っている。
「サファイアー、まだなのー?? もう、ケケとマルクに今日は休むって伝えとく?」
ピッチのその声が届いている部屋の中、サファイアは洗面台の鏡をじっと凝視しながら、今の彼の状況を呑み込めないまま、声を震わせていた。
「あ、あぁ……そうした方が、いいかもしれねえ……」

「あ、そうそう!! 思い出した、あの話だ、あの話!!」
七彩の暴食、漫画雑誌を眺めていたケケがハッと思い出したのか声を上げた。
「たしか、三年ぐらい前に色んなものを切ったり貼ったりする迷惑な魔導士を懲らしめる話で……」

「俺……呪われてるのかもしれねえから、休む方が良いかもな」
洗面台の鏡に映っている、サファイアの顔。 いつもの、青色と大きな瞳のティンクルの顔ではない、まるで呪いの様に、白抜きで描かれたAのアルファベットに、バカにするかのようにその下に書かれたのは――『全年齢向け』

「逆に自分がその魔導士の呪いにかかっちゃうの!!」
ケケの話に、呼応するようにとじたはずの漫画雑誌の作者ページが開かれる。 そこのページの端っこには、小さな文字で連絡事項が書かれていた。


  ――今週の『魔法美少女ラブリーシミラ』は作者療養中のため、休載いたします。 ご了承ください。――


「……なんなんだよ!! この顔面パックはよおおおおおおおおおお!!!!」
サファイア――いや、『全年齢向けらしい青年魔導士』の絶叫は、ププビレッジのはずれにあるかつてのドロッチェの住まい『真紅の窮鼠』にまで届いた。
その近辺で遊んでいた、キャピィ族の子ども達の証言が残されている。



 第二十六話
『魔法美少女ラブリーシミラ』


 「わたし、絶世の美少女兼セクシービューティーのスーパー魔導士ラブリーシミラ!! 今日も村を襲う凶悪な魔獣にお仕置きよ☆」

 「ぐあはははは!! 我輩はキョーアクな魔獣レオンガルフ!! ワドルディの村を支配してやるぞ〜!!」

マルクが手にしている一冊の漫画。 それをずっと見ていた彼だが、何か吹っ切れたように流し読みを始めると一ページ、また一ページとめくっていく。
やがて一つの話を終えたのか、一区切りしたところで漫画を閉じて溜息を吐くと横にいるケケは目を輝かせていた。
「どうですか!!」
どうやら感想を聞いているようだ。 マルクは少しだけ申し訳ないという顔をしてると開口一番鋭く答えた。
「つまらんのサ」
「ええ!! マルクさんもしかして青年誌派!?」
ケケの驚愕の表情、予想だにしてないという感じだ。 マルクはケケに漫画を手渡して返すと理由を続けた。
「なんでこの主人公は自分の事を美少女とかいうのサ」
「女の子はいつだって綺麗なままでいたいのは普通です!!」
ケケの自信ありげな答え。 厄介なファンの理屈に遭遇してしまったとマルクは少しばかり呆れ果てる。 しかしそれ以上の否定はケケに申し訳ないので、マルクは何も答えなかった。
「私のおすすめの話はですね……この単行本とは別の巻なんですけど」
その途端に、ピッチが飛んでやってきた。 彼は小柄なアニマなので、窓からでも正面口からでもギルドに入る事ができる。

「あっ、ピッ君!! サファイアは今日休み??」
ケケが顔を覗き込むようにしてピッチに質問する。 カウンター席に腰を下ろしたピッチは、静かに肩を震わせて――まるで笑いをこらえているような様子だった。
「く……くく。 ケケ、ごめん……少しかくまって」
今にも吹き出しそうな顔を、羽で押さえつけて堪えている。 すると、続く様に正面口から勢いよく扉が開かれて、サファイアが入ってきた。
「おう!! 今日は遅かったな、サファイア――」
バヘッドが、元気よく声をかけた瞬間に彼の声が噴き出すような笑いに変わった。 それを合図に、皆が皆サファイアの方を向くとその理由が解明した。
ケケは、そのサファイアの顔を見て驚愕をし――マルクは、黙って携帯を取り出していた。
「サ、サファイア――それって、いったい」
「俺が……聞きてえよ……そんな事!!」
いつもの自信満々なサファイアからは、想像もできないような情けない涙声だった。 サファイアの顔面の正面は、真っ黒になっており、白抜きの文字で『A』と、『全年齢向け』の文字が張り付いていたのだから。
目も、口も、全く存在しない。 だが、サファイアがケケと会話をできている様子からして、聴覚や視覚は存在するようで。
「アッハッハッハッハ!! オーッホッホッホッホ!! ブェーッヘッヘッヘ!!」
「マルクてめー!! こっちは笑い事じゃねえんだよ!!」
サファイアの叫び声が聞こえる『七彩の暴食』は、いつもよりにぎやかだった――ププビレッジの住民は、そう語る。



「これじゃあ、仕事にも行けないねぇ」
ブレイドは少しばかり可哀そうとサファイアをなだめていた。 サファイアは目も口も存在しない『全年齢向け』の顔だが、食事はできるようだ。 顔面に近づけた肉が齧られたように消えていく。
「本当に心当たりがないの?? 誰かに恨みを買うようなことしたとか」
ピッチはドリンクを飲みながら、サファイアに問いかける。 サファイアは顔を横に振りながら、ピッチの問いかけに否定する。
「覚えがねえよ。 あったとしても、逆恨みだろほとんど」
サファイアは自分の仕事には正当性があると自負を持っている。 不備があれば謝罪はしてきたし、ほとんどの仕事で恨みを買う覚えはないはずだった。
彼の横にネスパーがやってきた。 彼の手には、二枚貝の貝殻。
「サファイアさん、言われた通りに、スイートスタッフさん達から、貝殻もらってきましたよ」
外を出歩けないサファイアは、ネスパーに頼んで海岸に拠点を置いているスイートスタッフ達への『お遣い』を頼んでいた。
ネスパーに要求したのは、綺麗な二枚貝の貝殻。 それもとても硬くて波目が荒い貝殻だ。
「おお、ネスパー。 ありがとう……さて」
それだけを言うと彼は真っ黒な顔面に、貝殻を――激しくこすりだした!! ゴシゴシと、強くこするそれはサファイアの肌をまるで皮むきのピーラーの様に削り取る。

「は!?」
「お、おいサファイア!! 何バカな事やってるのサ!!」
「やめろやめろ!! 大怪我じゃ済まねえぞ」
すぐ横にいたマルクとウォンキィがサファイアの腕を羽交い絞めにし、デッシーが貝殻を取り上げる。 サファイアは我を忘れたように、叫んで暴れだす。
「返せ!! こんなわけのわからん顔面パック、肌ごと削り取ってやらぁ!!」
「いつもの冷静なサファイアがどこか行ってる……」
ピッチがサファイアを憐れむように見てる。 そしてそのタイミングで、ケケが買い物から戻ってきたようだ。 荷物を持っている。
「ケケ、ありがとうよ。 その荷物はカウンターの下に置いといてくれ」
「はーい、ブレイドさん。 私も欲しいものあったから、ちょっと奮発しちゃった」
ケケは笑顔で、小さな瓶に入った液体を見せびらかす。 ケケが掲げている小さな瓶を見て、ピッチはあっと声を上げた。
「大きくなる薬??」
「違います。 そもそも私まだまだ成長の余地ありますから!! まだ十七歳だもん」
ふんとケケがツンケンしていると、瓶から液体を掌に出して頬に塗りだす。 満足げにそれを顔面一杯に塗りたくりピッチに見せびらかす。
「どう? 美容液!! これで顔の色々な汚れとかを浮き出してとれるんだから」
魔導士はやっぱり見た目も大事だもんね。 ケケはそれだけを言って美容液を顔にゆっくり広げていく。 マルクはそれを見ながら、ブレイドに問いかけた。

「あれって、本当に効果あるものなノ?」
「毎日続けたらね。 あんたもこんな酒場の二階で適当に寝ないで、キチンとした場所で休めばいいんだよ」
あれで角質とか、顔の汚れが少しずつ取れるんだよ。 ブレイドがそうやって答えたのが運の尽きだった。 それを耳にして動き出した影が一つ。
「汚れが――とれる!?」
サファイアだ。 彼はふらりと立ち上がり、ケケの横に立つと、カウンターに置かれてた美容液の入った瓶をとると――顔面にぶっかけた。
「ぎゃああ!! 何してるのサファイア!?」
「いや、これ取れるかなって――」
瓶をサファイアから奪い返すようにとりあげて、ケケは興奮気味に叫びだす。 サファイアは、ケケの喧騒に申し訳なさそうに声を出すが、ケケは涙声で怒っていた。
「信じられない。 とれるわけ無いじゃん!! あーあ、これ高かったのに……」
少しだけ容量の減った瓶を見つめて、ケケはサファイアを鋭い目つきで睨む。 これまで、サファイアとケケの会話はサファイアが基本的に彼女をたしなめたりしている立場だったが、流石に今回は分が悪い。
「もう――最低!! どっか行っちゃえ!!」
それだけを言って、ケケはギルドを飛び出した。 ピッチとマルクが彼女の後を追う様に走り出し、カウンターにはサファイアが一人取り残されている。
「……サファイア。 アンタ、クソ野郎だよ、今」
ブレイドの辛辣で、的確な評価が下された。 そんなサファイアに、酒場にいた『七彩の暴食』の皆からは一斉にブーイングが飛んでくる。

「ひっでーサファイア!!」
「ケケちゃんに謝って来い、今すぐに」
「ちゃんと美容液新しいの買ってやるんだぞ。 なんならもっと高い奴だ」
もう既にサファイアの周りに彼を味方する者はいない。 サファイアは流石に自分も冷静になってなかったと思い返し、バツが悪い顔をしながら走り出す。
「わ、分かったよ。 ちゃんと謝って来るから」
それだけを言って『七彩の暴食』を飛び出したサファイア。 そこを出ると、いつもの様なププビレッジののどかな風景が目に映る――はずなのだが。
「……なんだ?! これは」
サファイアがまず目の前に見た光景。 それは自分が立った今飛び出したはずの『七彩の暴食』の建物そのものだった。 玄関口の踊り場、置かれている酒樽。 何なら段差までもがいつも見慣れているそれと瓜二つ――彼はすぐに背後を振り返った。
「……ギルドは、ある」
サファイアは背後を振り返り、自分が飛び出した場所を確認する。 確かに、そこには『七彩の暴食』があった。 だがしかし、もうその中には戻れなかった。 まるで精巧なハリボテの様に、壁になっている。 中にいるブレイドたちの様子も確認できない。
「お、おい……これはどうなってるんだよ。 ブレイド、ネスパー!! ホヘッド、バヘッド!! そこにいるんだろ」
ハリボテの様になってしまった『七彩の暴食』の入り口を叩きつける。 そこは音が鳴るだけで、彼らの返事などは一切聞こえない。 サファイアが狼狽えていると、後ろから馴染みのある声が聞こえてくる。

「おーい!! サファイア!!」
「良かった、お前さんは無事なのサ」
ピッチとマルクとケケの三人がいた。 ケケを連れ戻しに、この辺りを散策していた彼らも、ププビレッジの突然の異変に巻き込まれていたのだ。
「ケケ、ピッチ、マルク!! やべぇぞ、ギルドに戻れねえ」
サファイアは慌てて現状を報告するように、彼らに話しかける。 それを聞いたピッチたちも首を縦に振って応答する。
「うん、僕たちもケケを追いかけて行ったら、このあり様で――まるで鏡の世界に閉じ込められたみたいだ」
ピッチのその言葉に、ケケは神妙な顔で唸りだす。 心当たりがあるようで。

「この世界……まるで、あの漫画の勝利フラグにそっくり」

――『魔法美少女ラブリーシミラ』に!!

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