第二十一話 海神ファッティホエール
「それじゃあネスパー。 頼む」
七彩の暴食、その内部の酒場の中央で、サファイア、マルク、ピッチとドロッチェが立っていた。
彼らが頼むはケケの探索に力を入れていた、少年の魔導士ネスパー。 五人は銀色に輝く六芒星の描かれた円の中に立ち、準備を終えていた。
「はい、しっかり外へはみ出ないようにお願いします……すぐに移動できますので」
ネスパーの得意技の一つ、テレポーテーション。 魔法陣の中にいる仲間をあっという間に目的地へ移動させる魔法である。
ギルドのメンバーは、大抵の移動はエアライドマシンや鉄道を利用するが、『あっという間に、相当数を』移動させる魔法は『七彩の暴食』の中ではネスパーただ一人の特技なのだ。
「ちくしょう、俺達も今すぐケケちゃんの下へ向かいたいんだけどよぉ」
サファイア達とは対照的、いわゆる『お留守番』になるホヘッドたちは魔法陣を前に悔しそうに眺めている。 それを申し訳なさそうに、ネスパーが言葉を紡ぐ。
「す、すみません……僕が未熟なもので、皆さんをお運びできずに」
「いいんだよ、ネスパー。 多分こいつらろくな事考えてないから」
ピッチの突っ込みは鋭かった。 彼らのケケの救出への厚意は半分下心が見え隠れしている。 ピッチのその推察にぎくりと動揺する彼らにネスパーは半笑いを浮かべると魔法陣の光が一層強くなる。
「それでは……行ってきます」
ネスパーのその言葉と同時に、サファイア達の体が光に包まれた。 彼らの目的地――ケケの居場所、オレンジオーシャンだ。
「ふぅー。 もう少しで終わるかな」
ケケが額の汗をぬぐいながら、海底の広場を見渡した。 先ほどまでは、地上から落ちてきたというゴミが海藻に絡まっていたり、細かい砂の中に埋もれていたがそれはほとんど彼女の持つゴミ袋の中に消えていた。
何度も見渡しても、きれいな改定の白い砂場。 満足げに背伸びをするとケケはすぐ背後にいたアイアンマムに目を向けた。
「むっ」
「はいはい、やってるよキチンと。 睨まなくてもいいじゃないか」
アイアンマムはケケに促されるがままにゴミ拾いを――不本意ながらも――手伝っていた。 二人が見える場所だけでも、何人かの魔導士たちは結局しっかり仕事は果たしているらしい。 綺麗な海底の砂地はどこまでも美しく広がっている・
これだと――スイートスタッフたち海底の住民たちは満足して自分たちを返してくれるだろう。 ケケはすぐそばにいた見張りに声をかけた。
「ねぇ、スイートスタッフさんはどこに行ったの? お掃除の様子見てほしいんだけど」
「スイートスタッフ様なら、今は他の見回りですよ。 心配しなくても、あなた達の場所もすぐに見てくれますよ」
見張りの海底のアニマは、それだけしか言わなかった。 ケケはそれに「そっか」と納得した様子で、 たまったゴミ袋の口を縛り、近くにまとめられてたゴミ袋の群れに放り込む。
「それにしても、疲れたなー。 こんだけ仕事したんだから、海底のおいしいスイーツとか食べたい〜」
ケケのそんなのんきな独り言に、アイアンマムは肩を落とす。 彼女は、自分たちがただの掃除の手伝いに連れてこられたとしか、認識がないのだろうか――と。
「――その気になれば、奴らはあたし達を人質に好き勝手出来るんだよ」
ぽつりと、アイアンマムはケケの横に歩み寄るとそっと耳打ちをする。 近くにいた海底の住民たちの見張りの目を盗むように、ケケはアイアンマムに視線を合わせた。
「……でも、好き勝手って何をしたら」
「海底の奴らが、あたしらに何を考えてるか教えてやろうか――復讐さ」
復讐。 その言葉を耳にした途端に、ケケの顔色がこわばった。 アイアンマムの話は、とても冗談やからかいのそれとは想像できないほど迫真だった。
「どういう――事」
ケケがそれだけを聞き返そうとしたとたんに、背後から提灯の光がともされる。 振り向くと、スイートスタッフとその従者達がケケとマムの背後に回っていた。
「計画は、漏れてないはずなのだがな。 どこまで分かってるのか、聞いてみたいな」
スイートスタッフの声色は、先ほどの様な威圧ある叫びとは違い、冷静そのものだ。 だが、その奥には威厳が感じられる。 マムはニヤリと笑みを浮かべて、スイートスタッフに物怖じすることなく顔を近づける。
「そろそろ、他の連中も帰って来る頃合いだね。 どうせなら、皆集まった中で話した方が――アンタにも都合がいいだろう?」
そうじゃないかい。 アイアンマムは余裕の笑みを浮かべてスイートスタッフと交渉をする。 この話は、海底という慣れた居住地のアドバンテージを持つスイートスタッフ達が常に優位な状況で展開しなければならない。
そうすれば、マムとケケの二人だけなら口封じも余裕で済まされる可能性がある。 アイアンマムは、できる限りこちら側のテーブルに着席する魔導士の手札を揃えておきたかった。
ただし、これはスイートスタッフが『話が通じる相手』であるとの大前提で行われる賭けでもあった。 ここで『自分たちの計画を邪魔されたくない』と、排除される危険性をはらんでいる。
これは、自分の仲間たちが戻ってくるまでの時間稼ぎ――それができない場合、最悪の場合。
(……戦争。 これが最悪手だね)
アイアンマムはのどを鳴らして、スイートスタッフの結論を待つ。 自分の推察推理を、皆に披露できるかできないか。 全ては目の前にいる海底の主に委ねられているのだ。
「……いいだろう。 貴様らの処遇も、どうするのか働きぶりを見て決めようとしていた所だ」
第21話 海神ファッティホエール
海底の広場――ゴミ掃除も終わった人々が集まって、ゴミを一か所に放り込んでいる。
ただ、彼らもかなり長時間働かされたようだ。 ケケが見る限り肩で息をするほど疲れてる魔導士や、もう床に大の字で倒れこんでいる魔導士――そして。
「あの人、ずっと寝てるけど大丈夫かな」
ケケが見つめるその先、翡翠の鎧を着た一人の男が岩場の上でずっと眠っていた。 ――そう言えばと、彼女は今までの事を振り返る。
「あの人――働いてました?」
ケケが近くにいた魔導士に耳打ちするようにそっと質問をする。 その翡翠の男を見た魔導士は、唸るように首をかしげて答えた。
「そういえば、働いた覚えないな……あの人も連れてこられた魔導士なんだろ」
「よくもこんな場所で寝られますよね」
ケケ達が話していたその先――アイアンマムとスイートスタッフは互いに睨み合いながら立ち尽くしていた。
「さて――どこまで考えが合っているのか、聞いてみようか」
スイートスタッフは、アイアンマムに余裕しゃくしゃくと言ったところで問いかける。 彼の背後の配下の海のアニマ達も――こちらが絶対優位と分かっていてニヤニヤと笑っている。
「まずは――そうだね、集めた魔導士たちが皆、『電撃を得意とする魔導士』ばかりなところだね」
アイアンマムはそれを言うと彼女の背後の魔導士たちを見渡した。 アイアンマムがケケに話した折、中には彼女自身も知っているそれなりの魔導士もいたのだ。
「海底の広場は、地上から差し込む太陽の光である程度明るかったけど――ゴミ拾いをしていると、そりゃあまぁ暗いところが多かったさね」
周りのみんなも、スパークとか出して暗がりのゴミ探したんじゃないかい? と、アイアンマムが同意を求める。 海底でも比較的空気のある場所はケケがゴミ拾いをした場所だ。
そこでも、少しばかり太陽の光が届かないのか、暗くてよく見えない場所があったのはケケもよく覚えていた。
「あたしらのこの魔法が、アンタたちの思い通りに使えたら――まぁ、海底での暮らしはかなり楽になるだろうね」
「そうだな、だが貴様らもそう簡単に思い通りにはなってくれないだろう」
スイートスタッフの、そこの言葉を待っていたように、アイアンマムが笑って見せた。 彼女の手には、ゴミ袋が一つ。
「だからこそ、この『ゴミ拾い』なんだろ?? あたしらをこき使って、疲れさせて、あたしらの魔法を一気に奪い去る」
アイアンマムのその言葉に、スイートスタッフは笑って頷いた。 周りにいたスイートスタッフの使い達は、言われないがそのままアイアンマムと後ろにいるケケ達魔導士を――円の形で取り囲む。
「なかなか面白いバカげた推理だよ。 でも、私もバカでね。 アンタの察しの通りの計画しか用意できないしがない魚類なわけだ」
「いやぁ、海底の国のお偉いさんとインスピレーションが一致して光栄だねえ」
アイアンマムは一笑に付してスイートスタッフに合わせる。 もちろん、単なるお世辞だ。 ケケ達も既に自分を取り囲んでる海の住民たちに対して警戒心を高めている。
――するとその時、ケケの顔の周りに海水がまとわりつくように飛んでくる。 思わず腕で振り払うようにケケは暴れるが海水は瞬く間に彼女の顔面を覆いつくす。
「嬢ちゃん!?」
「な、なにこ、れっ!?」
暴れて振りほどこうとした海水は、スイートスタッフの頭の提灯の消灯と同時にばしゃりと床に落ちる。 僅かな間だったが久しい空気を吸い込んで、ケケは呼吸を落ち着かせる。
「この通り――お前たち地上の魔導士は水の中では息ができないわけだが――まぁ、念には念を。 しょうもない単純作業をした以上今の小娘みたいに体力も気力も削れて抵抗する力もない」
スイートスタッフの言葉に、アイアンマムは一瞥する。 睨みを利かせて、軽蔑するように。
「悪趣味だね、アンタも」
「悪趣味で結構。 俺たちの目的、地上への復讐のためならな!!」
スイートスタッフの口調が強くなる。 彼の頭の提灯の輝きが大きくなるたびに、彼がヒートアップするようだ。
「俺たちの先祖は『七彩の宝玉』という組織が地上にできる前から、この海底で暮らしていた――至ってそこは、平和だった。 穴という存在が出てくるまでは」
スイートスタッフは、彼が覗いていた巨大な穴を思い出していた。 それこそが、ケケ達も地上の者が探している穴ではあるのだが。
「だが、穴が現れた途端、地上の者たちはここにまでなだれ込んできた。 そうするとどうなる!? 平和に暮らしてた俺たちの国は、地上の連中が好き勝手にする始末!!」
お前が拾ったそのゴミも!! あのゴミも!! そしてそれも!! スイートスタッフは光る提灯で魔導士たちが持っているゴミ袋を示しながら、言い包める。
「みんなみんな!! 長い間地上のお前らや、先祖が捨ててきたゴミだ!! 穴の宝もついでに奪い去っていく!! 地上(そせん)の無法者の不始末は、地上(しそん)のお前らがケツを拭け!!」
「――それが、海で暮らす俺たちの間の、昔からのことわざだ」
スイートスタッフの主張は、鬼気迫るものだった。 アイアンマムも、彼の主張を全部否定するつもりはない。 いわゆる『落としどころ』を探って、解決するつもりではあった。
彼の言葉は、きっと長年蓄積された海底の住民たちの心の叫びそのものだろう。 ここですべてを崩したら、また話は平行線――いやこちらが不利になるだろう。
「……確かに、地上の魔導士や市民は、海の事を何も考えてこなかったかもね……ゴミを捨てられるアンタらの怒りはもっともさ」
アイアンマムは、慎重に言葉を選ぶ。 それが、スイートスタッフの怒りに触れるかどうかは、彼次第だが、それでも彼女なりに配慮を持って会話を続ける。
「ただねぇ、突発的に誘拐まがいで魔導士を連れてくるのって、アンタらの言う『無法者』のやり口と変わらないんじゃないか??」
アイアンマムのその言葉に、ケケが叫ぶように続いた。 先ほどの『攻撃』に臆しているのか、アイアンマムの背後に隠れるように。 ではあるが。
「そ、そうですよ!! 復讐目的で突然誘拐だなんて……!! 私たちにも地上で待ってる家族や友達がいるんです!! サファイアやピッ君にマルクさんに……そんな人たちに迷惑かけるなんて、間違ってますよ!!」
後ろのみんなも、恋人や家族が心配してるはずです。 ケケはそう続けて、後ろにいる魔導士たちを見渡した。 彼らも、主張はアイアンマムとケケに託してはいるものの、怒りや主張はおおむね同意している。
「そんなに怒るなら、地上のお偉いさんたちとお話したらいいじゃないですか!! ちゃんと話し合ったら、地上にも海で暮らす人たちの事を理解してくれる人がいるはず――」
その刹那。 まるで太陽の様にスイートスタッフの提灯が激しく輝いた。 まるでケケの会話を遮るかのように、黙れと、もううんざりだと、主張するかのように。
スイートスタッフは一言も話さない。 だがしかし、彼の中に煮えくり返るような怒りはその憤怒の表情に露出している。
「――会話しようとしていた奴なら、一人いた」
暫くの静寂の後、スイートスタッフは重い口を開いた。 その彼の言葉に、周りにいた従者たちは悔しそうに顔を下に向けている。
「彼の名は、カイン。 彼は我らと同じく海で暮らすアニマだったが、地上のアニマと友好的で、彼らと我らの架け橋だった」
「だが、彼はもうかれこれ何年も連絡を寄越していない。 地上に行ってから、もう何年もだ」
スイートスタッフのその言葉が決壊のきっかけだったように、後ろにいた従者や、海底の住民たちが一斉に叫びだす。
「カインさんはきっと、地上の奴らにやられたんだ!!」
「俺たちの暮らしを滅茶苦茶にした地上の連中だ!! こいつらもきっとどうせろくでもない奴に違いねえ!!」
彼らの叫びは、過去を重ねた結果か、因果か。 先ほどまでのゴミ拾いを手伝っていた少数の海のアニマ達も、いつの間にかケケたちを軽蔑する側に回っていた。
「そ、そんな……!!」
「見ろ、これが我々の民意だ――そして、我らの真の目的――地上への侵攻は我ら海の神の力によって、果たされる!!」
スイートスタッフの提灯がひときわ目立つように光りだす。 それが合図のように、彼の背後の大きな穴から、巨大なクジラのような生物が飛び出してきた。
「何あれぇ!! クジラの化け物ぉ!?」
ケケの愚直な感想に、地上の魔導士たちも頭上を見上げて呆気にとられる。 それら、自分たちの何十倍も体格のある怪物だった。
「お前たちの魔力のおかげで、神様は目覚めてくれたよ。 本当に感謝する」
スイートスタッフが見ろと言わんばかりに、ケケらの足元に視線を送る。 いつの間にか、彼女たちの足元には複雑な図形が幾つも描かれた魔法陣が。
そして、その魔法陣をしばらく眺めていたアイアンマムは舌打ちで悔しそうにつぶやいた。 やられたね、と枕詞を添えて。
「ゴミ拾いも、コイツを描くための時間稼ぎだったわけだね」
アイアンマムのその言葉に、スイートスタッフは何も答えない。 それが正解だと言わんばかりに、言葉はもう交わす必要はないだろうと言いたげだった。
「これは我らの怒りと、カインへの弔いの戦だ。 さぁ、ファッティホエール様、魔力の切れたゴミどもを!! まずは!!」
スイートスタッフの計画は、完璧だった。
海底の環境に適応できてない地上の魔導士の誘拐。
単純作業で彼らの体力をとことん奪いつくす。 抵抗できないまま、魔法陣に囲い込み魔力を吸い上げる。
そして、その魔力は先ほど飛び出した、ファッティホエール復活へのエネルギー源へと。
ここまでは完璧すぎて恐ろしいと、当人ですら満足する筋書きだった。 台本の残りでは、ファッティホエールが魔導士たちを一気に吸い込みその腹の中に追いやる事。
これは単純に口封じである。 ケケ達を姿かたち抹消してしまえば、地上の魔導士たちに白を切りとおせるからだ。
そして残る一つは、彼もさんざん言いつくした『地上への復讐』――そのはずだったのだが。
「うわぁ!! ファッティホエール様、そこは僕らの……ぎゃぁ!!」
「キャー!!」
スイートスタッフたちの目に飛び込んだ光景は、それはとても目を覆いたくなる惨状であった。 彼らの守り神であるはずのファッティホエールが、海底の居住地を、住処を、道路を、その巨体で破壊して回っているではないか。
ゴロゴロと、その巨大な体躯は次から次へと海底の整えられた道路を破壊しつくしていく。 住民たちは逃げ戸惑い、そしてその光景を見た従者たちも思わず困惑する。
「ス、スイートスタッフ様!! 海神様が……!!」
「どういう事ですか!! 海神様は、地上へ侵攻してくれるはずでは!!」
その光景は、スイートスタッフも誤算だった。 先ほどまで自信たっぷりだった彼の威厳ある姿も見る影はない。 彼の目には、巨大な身体をめい一杯振るい暴れる『海神様』と、災害に逃げ惑う住民たち。
「こりゃあ、ただ事じゃないね」
アイアンマムは見上げながら魔法陣に手を触れる。 彼らはこの魔法陣にいる限り、魔力をどんどん吸い取られ、動けないはずなのだが。
「貴様、勝手に動くな!! 海神様は俺達で止め――」
スイートスタッフがアイアンマムを止めようとした途端、彼は目を疑った。 彼らが必死に苦労して作り上げたであろう魔法陣は、あっという間に掻き消えていたのだから。
そして、その中心にはアイアンマム。 彼女はスイートスタッフを見て、笑みを浮かべながら、こう言った。
「緊急事態。 だろ? あたしら魔導士はこういった災害の対策も仕事でね」
魔法陣から、アイアンマムは一足先に『抜け出した』。 ケケ達からもわかるように、魔法陣にいたはずのアイアンマムの魔力は――全快している。
「こんなちんけな魔法陣で、動きを止めたつもりなら残念。 あたしも得意技は魔法陣なのさ。 解除もお手の物さ」
もう出れるよ。 そう言ったアイアンマムの合図と同時に、魔導士たちは走り出す。 魔力が復活した彼らの目的は決まってる。 ファッティホエールを止める。 ただそれだけ!!
「おい、そこの下っ端!! 俺たちが海中に出られる手段はないのか!!」
地上の魔導士たちは、スイートスタッフの従者たちの胸ぐらをつかんでは、問いかける。 彼らも一瞬呆気にとられるが、すぐに魔導士へ返事をする。
「あ、あの……適応魔法を使えば」
「今すぐそれを俺たちにかけろ!! お前らも手伝え、一般市民を守るぞ!!」
適応魔法とは、地上の魔導士は海底の環境に、逆に海底の魔導士や住民は地上への環境に適応できる魔法だ。 海底の住民たちであるスイートスタッフらが、水のない空気のある空間で喋る事ができたのも、実はこれのおかげである。
ケケはアイアンマムと共に海中で暴れるファッティホエールを見上げる。 そして――彼が暴れるであろう『原因』を、とうとう見抜いた。
「見えたかい、ケケ」
「ええ、海神様の頭に、何かが突き刺さっています」
「……それだけではない。 海神様は、普段からパイプを咥えておられたと、されている」
スイートスタッフが、二人の会話に割り込むとファッティホエールに注目させる。 たしかに、彼の口元には今は何も無い。
「ははぁ、それもないから、不機嫌に暴れてると。 迷惑な神様もいたもんだね」
アイアンマムは呆れるようにファッティホエールのもとへ飛び込んだ。 アイアンマムの手のひらに、電撃がまとわりつくと、ファッティホエールの腹に密着させ、放電がはじまる。
「ぐお、ゴオオオオオオ!!」
「おお、効いてるぞ」
魔導士の誰かが叫んだ。 その言葉通り、アイアンマムの電撃に、ファッティホエールは一瞬怯むように動きが止まった。 しかし、すぐにそれを見たスイートスタッフは叫びだす。
「やめろ貴様!! 海神様に何をなさるか!!」
スイートスタッフがすぐ叫んだその瞬間、彼の口元に拳が飛んでくる。 その拳をふるった主――横にいたケケが今度は、スイートスタッフを軽蔑……いや、怒りの目つきで睨む。
「何が海神様……目の前の光景を見なさいよ!! 海で暮らしてる皆が、子どもが、逃げ惑う相手はその神様じゃない!!」
ケケの言う通りだった。 アイアンマムや、他の魔導士の活躍で何人かの海底の住民たちは確実に避難が進んでいるが、それでもなお海神ファッティホエールに住民たちは怯えている。
それでも、その目の前の光景に目もくれず、未だに地上への復讐にとらわれているスイートスタッフ。 その彼の異常なまでの言動は、とうとうケケの怒りのバロメータが吹っ切れた。
「神様への礼儀と、皆の安全。 復讐と、仲間……あなたが国の長なら、どっちが大事かハッキリ見分けなさい!!」
それだけを叫ぶとケケは空気のある空間で逃げ惑う人々のもとへ走り出す。 ケケに叩かれたスイートスタッフは、その光景をただ黙って見守る事しかできなかった。
「……どっちが、大事」