第十九話 魔導士誘拐事件
「と、言うことでですね。 ドロシアさんにもお許しが出て私『七彩の暴食』にいて良い事になったんですよ」
ニコニコと機嫌よい声色でケケは話していた。 机の上に頬杖をついて視線の先にいるのは作業場にいる一人の男、赤いシルクハットをつけたネズミのアニマ、ドロッチェだ。
「へー、そりゃ良かったな。 おめでとさん」
「ちょっと、もう少し興味持ってくれていいじゃないですか!!」
ドロッチェは仕事の最中、金づちを叩きながらケケの話を聴き耳立てて生返事をする。 ケケは拍子抜けとばかりに、がくりと椅子から落ちそうになるも、すぐに体制を整えてドロッチェに異議を立てる。
「別に聞かせろって言った覚えはない」
「でも、ドロッチェさんと出会ったこの場所から始まった依頼なんですよ!! 一応ドロッチェさんも関係者だから、報告がてら」
ケケの言い分だけを聞くと、ドロッチェは息を一つ吐いて金づちを作業台の上に置く。 作業場から離れて、ケケがいる机のそばに水の入ったコップを二つ置いた。
「あ、すみません。 いただきます」
「まぁ、お前がいると言う事は、あのババアが言っていた『化け物』は退治したんだな。 良かったじゃねえか」
ドロッチェは、この作業場――つまり、彼の住まいでもある『真紅の窮鼠』のギルドで起きた、ケケとドロシアの喧騒を見届けただけに過ぎない。 そう、ケケの故郷で『七彩の宝玉』のメンバーであるレッドと、彼女の旧友アドレーヌとの間で起きた話は知らないのだ。
これは――サファイア達とケケの間で話した約束でもあった。 ――『ドロッチェに七彩の宝玉絡みの話はしない』――。
ケケも彼のプライベートを根掘り葉掘り掘り起こす気は毛頭ない。 最初に会った時のあの不機嫌様から、相当ないざこざがあったのは理解ができるからだ。
「それにしても、お前毎日毎日ウチに来て本当に暇なんだな。 仕事しないと酒場の姉ちゃん怒るだろ」
水を一気に飲み干すと、机の上にかなりの勢いをつけてコップを叩き置く。 そのドロッチェの言葉を待っていたかのように、ケケはほくそ笑み立ち上がった。
「それは心配無用です!! 今、私は働いてますから!! ドロッチェさん、ズバリあなたを勧誘しに」
「断る。 もう帰れ」
ケケの腕を引っ張り上げ、ドロッチェは『真紅の窮鼠』の出口にケケを押し返そうとする。 ケケは近くにあった柱に手を掴んで離さない。 ドロッチェとケケの問答第二ラウンドがここに幕を下ろした。
「ってめぇ!! 帰れって言ってんだよ、女のくせに筋肉ありすぎだろ粘るな!!」
「あー!! 冒険に恋する乙女になんて言い草!! ドロッチェさんだって、ずっとここにこもりっ放しじゃモヤシになっちゃいますよ!!」
「いいんだよ、俺は!! そもそもここは俺の家で、俺がどんな生活しようが、勝手だろうが!!」
お互いに意地の張り合いが留まることを知らない。 二人一つ屋根の下で睨み合いが続いていると、ドロッチェは一つ溜息を吐いて肩を落とした。
「分かった分かった。 それじゃあこっちの条件を聞き入れてくれ。 そしたらあのティンクルと小鳥連中に話聞いてやる」
ドロッチェのその言葉を待ってたように、ケケの表情は一気に明るくなる。 そう、彼女の勧誘が一歩前進した瞬間。 ケケは小さくジャンプをすると、酒場の入り口に誰かが入り込む音がした。
「あ、やっぱりここにいた。 ケケ」
「ピッ君!! 聞いて聞いて、ドロッチェさんウチに来てくれるかもしれないんだって!!」
『真紅の窮鼠』の酒場に来た途端、予想もしない言葉が突然飛んできてピッチも唖然と口を開いていた。 しばらく呆然としていると、ハッと我に帰りケケの頭の上に飛び乗る。
「ダメだよケケ。 いくらケケが若いからって言っても、『そう言う取引』をする相手は選ばないと」
「待てクソ鳥、こんなケツの青そうな小娘に俺が興味あると思ってるのか」
ドロッチェの突っ込みも容赦なく、ケケは頭に飛び乗っているピッチを軽く小突いた、頭上で「あ痛」と声がしたが、耳が真っ赤なケケは顔を膨らませて機嫌斜めだ。
ドロッチェは後ろにあった段ボールから、金魚鉢のようなものを取り出した。 真っさらにきれいなそれだが、彼はそれを天井に掲げて見繕い、「あー」だの「うーん」とうなり声をあげている。
「気が変わった。 やっぱり俺そっちいかねえ」
「えぇ!! 条件付きってさっき言ったのに!! 契約不履行だ、ずるっこだー!!」
ケケが口をとがらせてブーイングをすると、ドロッチェは金魚鉢をシンクの上に置いて水を貯める。 勢いよく流れ入る水流を見つめながら、ドロッチェはその重い口を開いた。
「そもそも、宝玉のメンバーがいるギルドに、俺が世話になるわけにはいかねぇ」
「え?? 宝玉、ああサファイアの事ですね」
ケケはドロッチェの言葉に、あっけからんと答えて見せる。ピッチはそんなケケの対応に意外という反応を見せる。
「ケケ、サファイアの前のギルド、知ってたの??」
「知ってたも何も、スノウさんとの会話やレッドとのやり取りで、無関係ですって方がおかしいもん」
私だって、何も考えてないわけじゃないとケケはふんぞり返って鼻息をまく。 ピッチはケケのそんな反応を見てほへぇと間抜けな声を上げると、笑って答える。
「意外と賢いよね。 ケケって」
「すごいバカにされた気がする」
気のせいだよと、ピッチは答えると同時にまた『真紅の窮鼠』の酒場の入り口が開く。 今日はよく客が来る日だと、ドロッチェはウンザリと肩を落としながらカウンターの奥に身をひそめる。
「寝る。 用が終わったら帰れ」
「すまないのサ、ドロッチェ。 手短に済ますからネ」
入り口から入ってきた影が二つ。 その一人マルクがドロッチェに謝罪の言葉を挟むと同時にケケの姿を確認する。 横にはピッチが羽を振りマルクとサファイアに合図を送る。
「大丈夫だよ、ケケはずっとここにいたからさ」
「そうみたいだな、んじゃあとっとと帰るぞ」
サファイアはケケの手を掴むと一気に引っ張り外へと連れ出そうとする。 突然の出来事にケケは呆気にとられるとサファイアの手を振り払う。
「え? 急にどうしたのサファイア?! もしかして、告白??」
「マルク、本当にこんな奴狙われるのか」
サファイアのその言葉に、マルクは鼻で笑うもサファイアの肩をそっとたたき耳打ちをする。
「サファイア、こういう時はもう少しムードをよく――ああ、いや話がそれたのサ。 おふざけはここまでだネ」
サファイアが展開していた、氷の刃にマルクはどうどうとなだめて下げさせる。 そしてケケの目の前に一枚のチラシを突き付けた。
「これって――」
「ケケ、お前さんを探した理由がコイツなのサ。 朝からほっつき歩いていたから、心配して探しに来たワケ」
ケケが手にしたそのチラシ、それにはギルドの地方評議会の署名も付いた、正真正銘のモノだった。 ――そのチラシには、こう書かれてあった。
――魔導士の誘拐に、ご注意ください。――
第十九話 魔導士誘拐事件
事の発端は分からない。 ただ、ここ数日局地的に様々な街のギルドで、行方知れずの者たちが現れているとの話が、ギルドマスターたちの会合でも取りざたされていた。
それを『珍しく』覚えていた『七彩の暴食』のマスター、モソはギルドのみんなが集まっている時間を期に、この話をしていた。
「――と、言うわけじゃ。 まぁ、むさ苦しい男所帯のウチでも、狙われる可能性はゼロじゃない。 皆、ここ数日は単独行動は避けるようにな」
モソのその忠告に、暴食のメンバー皆も心配そうに互いを見渡している。 中には、子持ちの親もいるのだ。 皆家族にも危害が及んだらと心配になる。
「マスター、少しいいでしょうか」
「おおウォンキィ。 何じゃ」
ウォンキィ、と呼ばれた真っ赤な顔をした猿のような姿をしたティンクル――彼も『七彩の暴食』の一員として働いている。 周りを見渡しながら、彼は心配そうに声を出した。
「魔導士――といっても、どんな魔導士が狙われてるのか……チームの中には、万が一の場合対応できない『誘拐』が起きてしまうと」
「なるほど、それはもっともじゃ」
モソはチラシを読み込んで、暫くうなる、ふんふん、うんうんと納得するように険しい顔つきで見つめていると、ブレイドが横にくると眼鏡を差し出す。
「……マスター、ちゃんと老眼鏡使ってください」
「あ、すまんかった」
ギルドの中で何人かが『お約束』のように転倒するも、モソはお構いなしに読み直す。 一瞬張り詰められた空気と緊張の糸がほどけるが、読み込んだモソはヨシと膝を叩いた。
「ウム、狙われてる魔導士はずばり電撃系の魔法を持ってる魔導士、そして狙われる時間帯は朝の時も夜の時も――まぁ、メンバーの中にそういう人がいたら、より注意しなさい」
「電撃系……ってことは!! ケケちゃんもあぶねえじゃんか!!」
どこからか、一人のメンバーが叫ぶようにそれを言った。 ケケを気に入ってるのはこの『七彩の暴食』の男連中みななのだ。 少しばかり騒ぎになるが、ブレイドが柏手を打って場を鎮める。
「ケケは大丈夫さ。 あの子の組んでる連中にケンカ売れる奴、いたらよほどの世間知らずか、自殺願望持ちだよ」
ブレイドのその自信たっぷりな答え。 サファイアとピッチとマルクという完璧に近い防御壁を突破して、ケケを連れ去れるものなら、やってみろとばかり。 絶対的な信頼をしているのか、目を輝かせながら、男どもを「ね?」と収める。
「……それも、そうだな」
「そうでなくても、ケケちゃん賢いしなぁ。 変質者とか見かけたら警察にすぐ駆け込みそうだ」
彼らも、ケケの事を認めているのだ。 守るべき対象だけではない、自分たちと同じ仕事をする仲間として認識し、信頼は揺るがない。
「それに、自分の故郷を守ったばっかだよ!! もっと信じてやりな」
ブレイドのその一気呵成に、暴食のみんなもうなずいてその場を解散する。 ケケならきっと大丈夫、それをみんなで信じていて――。
「やだぁ、電撃の魔法持つ人の誘拐事件だって、私可愛いから狙われるかも!! ピッ君どうしよう!!」
「僕もどうしよう。 この人全然危機感ってのが感じない」
信頼されてる……はずの少女、渦中の人物――かもしれないケケは浮かれながらもピッチの羽をもんでいた。 チラシの中には、失踪した場所の大体の場所もバツマークで記されている。
「大丈夫大丈夫、いざとなればドロッチェさんに作ってもらったこのガントレットで……ドカーン!!」
ガントレットを突き出して、かっこよく決めポーズをするケケ。 まるで拳銃に出る硝煙を吹くガンマンのように気どると、少し声色を低くして呟いた。
「さぁ……あなたがさらった皆の場所、連れて行ってもらいましょうか!! ――きぃー!! イカス!!」
「ケケ、お遊びじゃないのサ。 ガチで警察も手を焼いてる案件なのサ」
マルクの心配する声に、ケケは力強くうなずく。
「分かってますよ。 ちゃんとピッ君やサファイアと家まで送ってもらいますし、戸締りも毎日ちゃんと確認してます。 帰ってから、お風呂入る前、ご飯食べる前、寝る前」
「確認しすぎだろ」
サファイアの突っ込みも動じず、ケケはチラシを更に深く読み込む。 暫くしていると何かに引っかかったようで、唸る。
「どうしたの? ケケ」
ピッチが顔を覗き込んで、チラシを確認する。 ケケが注目していたのは、一つの文章。
「水気のある場所には――気を付けてください。 これ、何かな。 普通は夜道とか脇道とかを一人で歩かないでって話なら分かるんだけど」
「あれ、本当だ。 水気のある場所って、変だよね」
ケケが机の真ん中に置いたチラシを、サファイア達は囲みながら注目する。 彼らの中に、ドロッチェも加わってそのチラシの文章を思い思いに推理する。
「――海や川が、現場とか?」
「いや、失踪場所に大まかな共通点はないらしい」
ピッチの疑問に、ドロッチェはチラシに書かれてる事件現場を洗いなおして答える。
「雨の日とかに、事件が起きてるとか?」
「いや、データベースには天気はまちまちだな」
サファイアは携帯を取り出し、事件当時の現場の天気を探っている。 晴れや曇りの日でも事件は起きていた。
「そもそも水気のある場所って、アバウトすぎるのサ。 もっと具体的な例を寄越せよ」
マルクの突っ込みに、その場にいた四人全員が深くうなずいた。 それはもう最初からみんなが気付いていたが、あえて口にしなかっただけで。
「あーもう、そういう話はお前らのギルドでしてくれ、ここは俺の家なの『真紅の窮鼠』の酒場なの!!」
いつの間にかサファイア達に加わっていたことに気づいたドロッチェが、話の端を折るように背伸びをしながら立ち上がる。 彼が足を振り上げると何かが当たり、ケケの足元にまで転がった。
「あれ……ドロッチェさん、これ金魚鉢ですか」
「ああ、ちょっと前にここに押しかけ売りがやってきてよ。 何でもいいから買ってくれー!! って鬱陶しいのなんのよ」
だから、一番安いのを買い叩いてやったのよと、ドロッチェは笑いながら答えた。 その後は気にせず、放置していたようだが。
「別に熱帯魚を買うわけでも、ないしな。 要らないから捨ててきてくれ」
「えー!! せっかく買ったのにもったいない」
ケケが残念そうに金魚鉢を持ち上げて、外へ出る。 外からは、ププビレッジの子どもたちの楽しそうな遊び声が聞こえてきている。
「あ!! そういえばお昼ご飯まだだったんだー。 ブレイドさん、何か用意してくれてるかな」
ケケはドアを自由な足で押し開いて、金魚鉢を『真紅の窮鼠』の玄関の踊り場付近に置いた。 すると、すぐそこにどすんとボールが弾んで転がってきた。
「うわっ、びっくりしたー」
ケケのすぐそばに転がったボール、彼女の足元に手のひらでつかめるほどの野球ボールほどの大きさのゴムボールを、すぐ外で遊んでいたキャピィ族の子どもたちが両手を挙げて欲していた。
「ケケねーちゃん!!」
「ボール投げてー!!」
子どもたちはケケもよく知る、ププビレッジのいたずらっ子の元気印だった。 ケケは金魚鉢をすぐそこに置いて、ボールを手に取り上げる。
「よーし!! お姉ちゃんの豪速球、受け止めれるものなら、受け止めてごらんなさい!!」
「ドロッチェ、このお宝、どこで手に入れたものなのサ」
「あー、それは昔あの洞窟で俺たちのギルドで……って、なんで普通にくつろいでんだ貴様ら」
ケケが帰って来るまでの間、サファイア達は『真紅の窮鼠』の酒場の中で腰を下ろして待っていた。 だが、長い。
ほんの少しゴミを捨てて帰って来るはずなのに、ケケが帰ってくる時間が長すぎる。
「トイレに行ってるかもよ」
「外でか? 流石にあいつでも野グソはしねぇだろ」
サファイアが鼻で笑うようにピッチの話をあしらった。 彼ら二人はカウンター席の両サイドにすわり、指でボールをはじいて遊んでいた。 カウンターからボールを落としたら負けという暇つぶしのゲームらしい。
「あ、サファイア次から二つのボールでしようよ、これ多分その方がおもしろい」
ピッチがそんな提案をした途端、酒場の入り口がまた開かれた。 そこにいたのは、キャピィの子どもだった。 彼らは、先ほどまでケケにボールを拾ってもらったはずの子ども――なのだが。
「おい、ここは託児所じゃねえぞ」
ドロッチェのそんな言葉をよそに、キャピィ族の子どもたちは鼻をすすりながら、涙声で訴えた。 目の前に起きたことを、彼らなりに分かりやすく解説して。
「サファイア兄ちゃん……」
「ケケ姉ちゃんが……金魚鉢に食われたぁ」