第十六話 “化け物”
「ドロシア様……どうして、ここが!?」
ケケは青白い顔でドロシアと名乗る女を見ている。 ドロシアは笑顔を維持しながら、ケケに迫り彼女の腕をつかんだ。
「アタシの財力と情報網をなめてもらったら困るね。 逃げ出してもすぐに見つかるんだから」
「おいおい、いきなり出てきて何なのサおばさん。 説明ぐらいしろドロッチェ」
マルクの言葉に、ドロッチェはあぁと唸っては頭をかく。 ケケの持っているオリハルコンを半ば強引に奪うように受け取ると作業机の上に置いた。
「だから、言ったろ保護者だって。 そいつは数日前からケケって女を探してたんだよ」
「この子がこの町辺りにいるって知ったのは、グルメレースってのが開催されてた時にちらっとね」
ドロシアは自慢げに息巻いて話した。 グルメレースは、町の外からもレース参加者や観戦者もやってくるププビレッジの人気行事。 ドロシアもそこにひっそりいたのだ。
「そこで、ケケっぽい子がいたからまさかと思って、先日からこの辺りをうろついてたのさ、今日はドンピシャだったね――さて」
ドロシアはケケをつかむ手をさらに強める。 ケケも、それに顔をゆがませドロシアを見上げるがドロシアはケケに伺う様子もなく。
「帰るよ、ケケ。 七彩の宝玉に入れなかったんだろ、もうあきらめな」
「あぁ!? 七彩の宝玉に入るだぁ!?」
「ドロッチェ、落ち着け」
サファイアはドロッチェを制してドロシアを睨む。 ケケをつかんでるドロシアの腕にそっと手をかけ言い放った。
「少しはケケの言い分も聞いてやってくれよ」
「ハッ、七彩の宝玉のチラシを勝手に拾って、勝手に入れるんだって舞い上がって出ていったバカ娘の言い分なんて、聞く余地ないね」
「チラシって何なのサ」
マルクは横にいたピッチに問いかける。 ボンカースたちの七彩の宝玉勧誘の偽物のチラシに騙された事、マルクはまだよく知らないのだ。
「実はかくかくしかじかでね」
「ははぁ、そういう事情だったのか――ケケ、ちゃんとおうちの人に御免なさいっていえば解決するのサ」
「させるか!! 部外者は黙ってなよ!!」
ドロシアはマルクの提案を一蹴し、ポケットから手錠を取り出した。 それをケケの右手首にかけると、ドロシアは自分の左手首にもかけた。
「ああ!! ドロシアさんの馬鹿ッ、サディストっ、変態」
「ああそうだよ、村のおきてが鬼か悪魔なら、サディストぐらい屁でもない蔑称だねえ」
「おきて?」
ドロシアは一つ溜め息を吐いてケケの頭をそっと撫でる。 その突然の行為にケケは思わず身震いしたが、ドロシアは相変わらず優しい声で彼女を諭す。
「ケケ、よく考えな。 アドレーヌが突然失踪した今、アンタがうちの村を救える唯一の女なんだよ――『望遠鏡』の継承を、誰がするんだい」
その言葉に、サファイアは耳を疑うように眼色を変える。 ドロシアとケケの間を挟んで立ってたサファイアは初めて本格的に話に割り込んだ。
「『望遠鏡』だと!?」
「サファイア、知ってるの」
ピッチの疑問に、ドロシアはふふんと自分のことのように誇らしげになった。 彼女から、話したいという空気が伝わっている。
「知りたいかい? 知りたいかい?? 『望遠鏡』は私たちの村に代々伝わる『願い星』の力を持つお宝さ!!
私たちの村は、先祖代々からそのお宝を受け継いでいって、悪の手に渡らないように守り続けているのさ」
ドロシアは鼻の下を指でこすりながら、自慢げに言い放つ。 それだけで彼女がその事に誇りを持っているというのがひしひし伝わる。
「なるほど、その継承者が――ケケってお嬢ちゃんって事か」
ドロッチェは作業机のオリハルコンを睨みながら、後ろで繰り広げられてる言い争いに聞き耳を立てて参加している。 ドロッチェは壁に掛けられている、機械や溶接用の道具を手にとっては時々ケケたちの様子をうかがっている。
「へぇ、それでそんな凄い話を何でケケは断ったのサ?」
マルクは目の前にいるケケに、興味本位で問いかける。 マルクなりには、そうは聞いても大体予想は察しが付く。
多分、田舎でずっと暮らしていくなんて耐えきれないからなんだろうサ――ケケみたいな、遊びたい盛りのお年頃には、特にね。 そう思っていたが、ケケは叫ぶ。 だって――
「だって――継承の儀式の最後が、結婚だなんて絶対おかしいもん!!」
「結婚!?」
サファイアは思わず振り向きざまにオウム返しする。 顔を真っ赤にして、ぜいぜいと息を切らしながら言い切ったケケは歯を食いしばる。
それを、マルクとピッチも何となく察した。 昔からの習わしのありそうな、そんな場所の決まりからケケは逃げ出したということだ。
「あー、ケケぐらいの年頃なら……ネ」
「まぁ、嫌だってなるよね。 男でも嫌だよ」
しかし、ドロシアは全く聞く耳を持たない。 だまらっしゃいとケケを一喝し、仁王立ちして反論する。
「村の決まりなんだから、仕方ないだろう!! そもそもウチは、結婚できる女がアンタかアドレーヌのどちらかしかいなかったのに、アドレーヌの奴はどこかに行っちまうし、アンタまでも出ていったら、ウチはどうするんだい」
ドロシアの言葉も、ケケを説得させようと意識が強くてほぼ早口でまくし立てる様子だ。 少しばかり息切れしているドロシアと、やや呼吸を整えたケケのその言い争いに、ドロッチェは久しぶりに手を挙げた。
「あのさ、その継承って出来なかったら、どうなるんだ」
ドロシアは、不満げにドロッチェを睨む。 まるで「あんたには関係ないだろ」と言いたげなその眼付きだが、この場はおそらくケケの肩を持つ男たちばかりでドロシアの旗色は悪い。
観念したドロシアは、一つ溜め息を吐いて口を開く。
「――継承の儀式はね、ただ『望遠鏡』を受け継ぐだけが仕事じゃないのさ。 いつの日か現れる勇者にそれを渡すために、二人でそいつを守っていかなければいけない」
「勇者?」
ピッチの言葉に、ドロシアは「そうさ」と相槌を打つ。 そして話をつづけた。
「今から700年前から、この儀式は続いている。 いつの日か『願い星』が復活をするとき、結婚した二人は『望遠鏡』を正しい心を持つ勇者に渡すために『望遠鏡』を守っていかなければいけないのさ」
ドロシアの言葉に、ピッチはずっと気になっていたことを、問いかける。 きっとこの場のだれもが考えていた事。
「それってさ、ケケが結婚してもいい年まで待つとか、他の村の人がそれをやってくる日まで待つとかできないの?」
もっともな疑問ではあるが、そうはいかないとドロシアは首を横に振った。
「それじゃあ、継承が途切れちまう。 結婚は前の継承者が二人とも死ぬ前に、済ませないといけないのよ」
「ボクからも質問なのサ。 継承が途切れちまったら、どうなるのサ」
マルクの質問は、当然の話だった。 これがケケを執拗に帰そうとしている話のキモである。 回答次第では、サファイア達の行動は決定する。
「……部外者が聞いたら、どうせ笑うさ」
ドロシアは警戒心を強めて、口を閉ざした。 サファイアは横にいるケケを見て、問いかける。
「そんなに突拍子な理由なのか?」
「よその人たちが聞いたら、笑うかもしれないけど――多分、ギルドで仕事してる私たちなら、大丈夫だよ」
ケケはそれだけを言って、ドロシアに話の続きを促した。 こればっかりはケケが勝手に話していいことではないと、彼女自身考えていた。
ドロシアは、しばらく難しい顔をしていたがケケのその催促に折れたか、頭をかいて口を開く。
「化け物だよ。 穴の奥に潜んでいる化け物が、舌を伸ばして村のみんなを食っちまうって話さ」
「……今、何て言った」
サファイアが、食いついた。 サファイアを知らないドロシアからしたら、嘲笑されたように見えるがケケには分かる。 これは彼が興味を持っているときの話ぶりだと。
「だから、村にはでかい穴があってね、そこの奥にいる化け物が――」
「穴が!! あるんだな!? なんでそれを最初に言わないんだ!?」
サファイアはドロシアの衣服をつかんで前後に揺らす。 彼の顔は注文していた食事がやってきたときのように、明るい。
「よし、そいつを退治したら全部話は解決するわけだな。 皆食われないし、ケケは結婚しない。 ウィンウィンの話じゃんか」
「あっ、そっか!! サファイア頭いい!!」
ケケは喜々して柏手を打つ。 ここにきて、彼らの目的は一気に定まった。 ドロシアは突然進む話に困惑するが、すぐにわれに返る。
「……退治できるわけ、ないだろ。 ウチの村にも、アンタみたいな力自慢はたくさんいた。 だけど、みんな返り討ちだった」
「サファイアみたいな力自慢が、返り討ち!?」
「700年間、ずっとね。 だから村のみんなはおとなしく継承を続けていくしかなくてね」
ドロシアの言葉に、サファイアは関せずと彼女の手を握る。
「今ここで依頼締結だ。 村まで案内しろ、俺たちでその化け物退治してくる」
「へぇ……失敗したら?」
ドロシアの、脅しともとれる言葉にサファイアは全く意に介さない。 彼は笑顔を崩さずにドロシアにさらに言い続ける。
「アンタの希望通りケケを連れ帰ればいいだろ、そうしないとアンタもこの話に乗る気はないんだろ?」
「あんた、話が分かるね。 いいだろう、その依頼、出すよ」
ここで、ドロシアとサファイアの契約が決定した。 二人の間に入っていたピッチが、ドロッチェの机から白紙とペンを持ち出して机に出す。
「はい、口約束じゃ怖いから、今この場で依頼と契約の書類書いてね、二人とも。 証人はそこにいるドロッチェが第三者として適任ね」
「おいおい、俺も巻き込まれるのか!?」
こうして、ケケの故郷――ドロシアの住む村の化け物退治、そのクエストが締結された。 出発は、明日朝一番。 これも二人の話で同意された。
「嬢ちゃん、妙な話に巻き込まれたなあ」
契約の話しごとが終わり、ドロシアが帰ったその夜中。 ドロッチェはケケのためのガントレットを造る為に、オリハルコンを削っていた。
そのドロッチェのそばには、受け取るまで帰らないと言い張ったケケが一人、椅子に腰を下ろして待っている状況だ。
「ま、まぁ……もとは私の勝手な行動が原因なんですけどね」
「そうだな、それはそうだ」
一蹴してドロッチェは、削れたオリハルコンを電灯にかざして目を細める。 片手でケケを手招きすると、彼女は椅子から立ち上がってドロッチェの横に立つ。
ドロッチェは、オリハルコンをケケの掌にそっと合わせて、ガントレットのサイズとして合うかどうかを確認している。
「どうだ、どこかごつごつしてたりとかないか」
「はい、大丈夫です」
そうか、とだけ答えるとドロッチェはオリハルコンを再び削り始める。 ドロッチェの指さす横には、ガントレットグローブの素材の一つとなる布の山があった。
「オリハルコンはな、掌や指先付近につけるからな。 後はグローブの素材はそこの布、好きな色選べ、両手用だから二枚な」
「わぁ……!! どれにしようかなぁ」
ケケは顔を明るくして、布を一枚ずつ吟味し始める。 赤、青、緑――いろいろな色の布を手にとってはケケは笑顔で選ぶ。
そんなケケを、ドロッチェは横目に見て少しだけ笑顔を見せた。 ケケに気付かれないように、ほんの一瞬だが。
「決めました、この色にします!!」
――そして、翌日。
既に太陽は高いところまで登っていた。 周りが山で囲まれた、ププビレッジ以上に未開の印象を受けるその山奥の駅の正面に、サファイア達は腕組みをして立っていた。
「……遅くねえか、ドロシア」
「遅いのサ」
サファイアとマルクは、いら立ちを隠せないようで足を何度も地面に蹴りながら舌打ちもしていた。 ピッチとケケは駅に備え付けられている時計を確認して、心配そうに表情を暗くする。
「ドロシア、十一時には迎えに来るって言ってたのにね」
「ケケ、ドロシアが寝坊さんなんて話はないのカ」
マルクはケケにやけ気味に質問をした。 ケケは、小刻みに首を横に振って否定する。
「そ、そんな!! ドロシアさんは、むしろ時間に厳しいぐらいの人で」
「まぁ、これ以上待ってもラチあかないのサ――ケケ、お前さんの故郷なら、場所ぐらい覚えてるだろ」
マルクは羽を広げて、飛翔の準備を始める。 ケケを手招きで呼んでは、彼女を背中に促した。
「案内するのサ、そしてボクがケケを運ぶ」
「わかりました!! 任せてください」
そうして、ケケを乗せたままマルクは飛翔し、一気に山を見渡せる高度まで――サファイアとピッチを置いて。
「お、おい!! 俺たちは置き去りか!?」
「サファイア、急いでエアライドマシン用意して、マルク追いかけようよ」
「スチールオーガンの件で、修理中なんだよ!!」
サファイアとピッチは二人取り残されたまま顔を見合わせる。 そして、二人の眼は米粒まで小さくなりそうな、マルクとケケの影。
「待てマルクー!!」
「せめて見失わない程度にゆっくり飛んで―!?」
――そして、ケケの故郷の村。 そこはつまりサファイア達の依頼の場所。
そこの村は激しい炎が燃え滾っていた。 村中の住居という住居が燃えていて、住民達は逃げ惑うばかり。
「火事だー!! 逃げろ!!」
「ダメだ、こっちの山も燃えてきてる」
彼らの村は、四方が山に囲まれている。 山火事が起きれば、ここに逃げ場はないし、唯一火の手が及んでいないところには――一人のティンクルと、一人のヒト型の影が。
一人のティンクルは、火の玉を出しては村に向かって放つ。 ヒト型の、女性は特に何かをする様子を見せないが、右手には赤くて太いひものようなものを握っていた。
「ここがお前の故郷か、結構しょぼい場所なんだな」
「人の故郷にそんなひどい言葉はないんじゃないかな、レッド」
レッド、そう呼ばれた赤いティンクルの男は、掌に炎の球を生成した。 その眼の先には、ドロシアが。
「あんた――今頃帰ってきて、ずいぶんな挨拶だね、アドレーヌ!!」
「久しぶりですね、ドロシア様。 私たちがここに来た理由、分かってるんでしょ」
アドレーヌは、右手にある赤い太いひものようなものを引っ張った。 そのひもは彼らの背後にまで伸びていたが、一気にこちらへと手繰り寄せられる。 そこには、大きなカメレオンのような姿の怪物が。
「まさか、穴の化け物っ!?」
ドロシアは目を白黒させてそれを見た。 ひもだと思われたアドレーヌの持っていたそれは、化け物の舌だった。
「ガメレオアーム。 こいつのいた穴には『望遠鏡』の手掛かりになるのは見つからなかった、つまり――」
レッドが指さしてドロシアに突き付ける。
「あんたらが、持ってるってことだ」
「ドロシア様、私たちは手荒い真似はしたくありません。 出来れば穏便に済ませたいんです、だから」
アドレーヌは、顔色一つ変えずにドロシアに言い放つ。 右手には絵筆、それはドロシアに突き付けていて。
「『望遠鏡』のありかを、教えてもらいます」
第十六話 “化け物”
ドロシアは、目の前にいるレッドとアドレーヌに、脅威を感じ取った。 身体が、身震いした。 ――化け物だ、と。