第十五話 真紅の窮鼠
七彩の暴食
「へぇ、これがオリハルコンねぇ」
サファイアたちの帰還と同時に、ギルドのみんなも仕事上がりや帰り支度の最中だった。
スチールオーガンから帰還したサファイア達はみんなの集まりの中心になって戦利品のオリハルコンを見ていた。
「ところでサファイア。 スチールオーガンにいたって言う奴隷扱いだったギルドの連中はどうしたんだい」
ブレイドが酒瓶の片付けをしながら、問いかける。 サファイア達の帰還後は、スチールオーガンの事件でギルドはてんやわんやだ。
「ああ、あの後警察に事情聴取されてたよ。 なんか重要参考人とかでしばらく警察から缶詰なんだとよ」
「へぇ…」
ブレイドはそう言って荷物を肩にかけて立ち上がる。 ギルドの玄関には、『CLOSED』の表札が立てかけられた。
「なんだ、もう今日はおしまいなのサ」
マルクはオレンジジュースを飲み干して、氷をかじりながら残念がる。 ブレイドはああとだけ答えて玄関に出た。
「今日は依頼が少なかったし、休めるときにしっかり休んどきな。 お前さん達も、オリハルコンに集まってないでたまには自分たちで仕事ちゃんとやっとかないと」
「ひどいぞオバハン! 俺たちだってちゃんと仕事してるわ」
「サファイア達の仕事が目立ちすぎなんだよなぁ」
デッシーとホヘッド。 二人は数時間ぶりにサファイアの展開した氷から解放されている。 最も彼らは一日中ギルド内で立たされていたので、今日は仕事らしい仕事はしてないのだが。
「ケケ、お前そろそろ食べ終わったのか」
マルクはそう言いながらカウンター席にいるケケの声をかけた。 振り向き様に、ショートケーキを美味しそうに頬張るケケと、横の席には呆れる様に見つめているピッチの姿があった。
「……おい、お前それ何皿目なのサ」
「ふぉふぁら目れす」
「喰いながら喋るな」
サファイアの冷徹なツッコミもお構いなし。 ケケは黙々とケーキを口に運んでいる。 彼女曰く『ブレイドさんのケーキは口が止まらない絶品』との事だが。
サファイアは携帯を開いて時間を確認する。 時刻は十八時を回った頃だった。
「アイツ、今日は空けてるのかな――」
「んぐっ…鍛冶屋さんってそんなに店じまい早いの?」
「気まぐれなのサ――後ね、結構気難しいヤツでね」
マルクはため息混じりに呟いた。 黄昏たように、悲しい目をしていた。
「この町でたった一人、ギルドを切り盛りしてるヤツなのさ。 まぁギルドと言っても、とっくの昔に解散してるんだけどね――」
第一五話 真紅の窮鼠
サファイア達の住んでる田舎町、ププビレッジ。 その中心部の賑やかな場所の中に、シャッターで締め切られた店がある。
看板は既に風化しすり削れ、窓はガムテープでガラスをかろうじて補強してるだけの状態。 玄関付近には子供たちが溜まり場にしてたのであろう、お菓子の袋が散乱している。
そんな別世界のゴーストハウスのような場所に、サファイア達は夕暮れ時に足を運んでいた。
「ね、ねえ!! 別にこんな時間に来なくてよかったんじゃ」
ケケは声を震わせながら、その店を見渡す。 西日に照らされた店は、入店を拒むように威光とも言える存在感を放っていた。
「いや、アイツ午前中はずっと寝てるからなぁ。 今こないと意味ないんだわ」
「そもそも、ここにいるかどうかが問題なのサ」
サファイアとマルクは知ってるかのような口ぶりで、店の玄関を叩く。 鍵はかかっていない。 それを確認するとサファイアはお構いなしに玄関を開けて入っていく。
「おーい、いるかー?」
マルクも続いてお構いなしに入る。 だが、ケケとピッチはその威圧感ある建物に萎縮し、なかなか入れないでいた。
「ねえピッ君。 あの二人、凄いよね」
「まあ年季が違うからねえ。 怖いもの知らずというか、なんというか」
ピッチは携帯をかけているがしばらくすると諦める。 電源を切ると携帯を羽の中にしまった。
「うーん、留守電、多分今は外回りかな」
「ねぇ、ピッ君。 ここの家主さんってどんな人なの」
ケケの言葉に、ピッチは口を唸らせる。 しばし考えると彼は端的に答えた。
「ギルドリーダーだった人」
「え!? モソさんの先代ってこと」
ケケは当然のように驚いた。 だがピッチはああ違うと笑いながら羽を横に振った。
「七彩の暴食じゃないよ。 ああ、実はねウチには昔もう一つギルドがあったんだ」
「もう一つ……初めて聞いたんだけど」
「そりゃ、言ってないからね。 それとそのギルドはもうとっくに解散してるんだけど、その理由が――」
その時だった。 二人の前の玄関から巨大な物音と甲高い声。 まるで椅子をひっくり返したような物音がすると、サファイアとマルクは吹き飛ばされて玄関に戻ってくる。
「え!? 何々、どうしたの二人とも」
「ああ、大丈夫。 いつもの挨拶だ」
ピッチの言葉の裏付けのように、荒廃した店の奥からは一人の男が出てきた。 頭にはシルクハットと真っ赤な装束、鋭い目つきと伸びた鼻に、杖を片手構えて、顔はネズミのようだった。
「んだよ……せっかくいい気分で寝てたのによ。 いきなり起こすんじゃねえよサファイア、マルク」
男は腹を爪でかきながら大きなあくびをした。 サファイアは少しだけ笑みを浮かべて、男に口を開いた。
「依頼だよ。 お前にだけ頼めない事だ」
「おいおい、オレにできるのはもはや鍛冶だけだぞ」
「その鍛冶だから安心していいのサ。 ドロッチェ」
マルクのその言葉を聞いて、ドロッチェと呼ばれた男は眠気の取れない顔をして頭を掻く。 ケケはそんなドロッチェを黙って見ていて、呆然とする。
「……あれが、ガントレット作ってくれる人?」
「腕は確かなんだよ」
ピッチのその言葉に、ケケはやや半信半疑で疑いの目を向ける。 ドロッチェはケケの持つ荷物を見ると、少し目を見開いた。
「食いついたのサ」
「言い方は余計だ。 女、お前の持ってるそれ――オリハルコンか」
「え、はい。 あの、私ケケ・キージって言います。 ガントレットの依頼をしに」
ケケのその言葉を、ドロッチェは手を突き出して静止する。 片手で耳を塞いであくびをすると、単純に一言呟いた。
「いやだ。 寝る」
たった一言。 それだけでケケの依頼は轟沈した。 ドロッチェはそのまま踵を返すと玄関の中に入ろうとしたのを――サファイアが手を出して引き止める。
「待て待て待て待て!! 気が早すぎるだろうが少しはこっちの都合も聞け」
「あぁ!? ふざけんじゃねえよ。 なんでオレがティンクルの関係者のために時間を割かなきゃ行けねえんだ!!」
「それはそれで置いといてだ!! 金は用意してるからさ」
サファイアが必死にドロッチェのマントを引っ張って引き止める際、マルクはケケを呼び出し彼女に耳打ちする。
「アイツ、昔色々あって面倒くさいヤツになったのサ。 でも実力は確かだから、お前がアイツの機嫌さえ損ねなければガントレットは作ってくれる」
「は、はい……あの、サファイアと結構言い争ってるけど、お願いするタイミングってどうすれば」
ケケの言う通り、サファイアとドロッチェはずっと口論を続けている。 どこでお願いを口挟めばいいか、全くわからない状態だ。
「……お前さんに任せるのサ」
「えぇ……あ、あのぉ」
意を決して、ケケはドロッチェに口を開いた。 サファイアも、彼女の話に合わせるように、横に立っている。
「おい、今こいつがお願いするからさ。 話だけでも聞いてくれ」
「はいはい、わーりましたよ。 面倒くせえ」
ドロッチェのその態度に、ケケも困惑気味になる。 だが、第一印象は大事だと思った。 彼女は自分ができる精一杯の笑顔で、ドロッチェに相対する。
「はじめまして、ケケ・キージです。 サファイアやピッ君、マルクさんと同じ七彩の暴食に所属している新米ですが、ガントレットを作っていただきた――」
「あ? 七彩の宝玉?」
それは見事な聞き間違いだった。 ケケも思わず声を詰まらせて、一瞬フリーズする。 突然のおうむ返しに真っ白になったケケを尻目に、ドロッチェは玄関に戻って中に入っていく。
「クソが!! オレの嫌いな宝玉の関係者連れてきやがって」
「……待てドロッチェ!! 暴食だ!! “暴食”」
「酒の飲み過ぎで正常な思考がなってないのサ!?」
ドロッチェの喧騒にサファイアとマルクは必死になだめている。 もう既に二度目の撃沈を喰らったケケは、目に涙を溜めながらピッチに言いよる。
「あの人怖い!! 二度も同じパターンで断られたんだけど!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてケケ!! マルク、サファイア、早くドロッチェ水飲ませてー」
既に、夕陽は沈んで暗闇が支配しはじめてる時間だった。 ここまでの騒動に、サファイアたちがドロッチェの敷居を跨ぐまで、数分のコントを要することになるのは、まだ知らない話。
「なんだ、武器作成の依頼かよ」
数分後、サファイア達に宥められ冷静を取り戻したドロッチェは荒廃した店のカウンターに腰を下ろして見下すようにサファイア達を睨みつける。
ドロッチェは葉巻を取り出して咥えると、ライターの火を近づけて、煙を吐いた。
「最初からそう言ってるんだけどな」
サファイアは眉間のシワを寄せながら、ドロッチェをただ凝視しながら拳をつくる。
これ以上ドロッチェの機嫌を損ねないためにも、サファイアは精一杯の譲歩をしている。
そんなドロッチェとサファイアを見て、ケケはピッチに耳打ちで質問する。
「すごく、サファイアにも心開いてないみたいだけど大丈夫なの?」
「……ドロッチェ、ティンクルが大嫌いだからね」
ピッチは明後日の方向を見ながら、鼻をかいてケケの質問にさりげなく答える。 マルクが、補足をするように続けて話した。
「ドロッチェは、ギルドを七彩の宝玉との争いで全滅した過去があるのサ」
「えっ!?」
マルクの口にした真実に、ドロッチェは葉巻を灰皿に押し付けると笑って答えた。
「もう何年も前の話だ。 別に争いで負けて恨みもクソもねえよ。 そう言うものだからな、ギルド同士の戦いって――だが」
ドロッチェはテーブルを何度も指で叩いて苛立ちを募らせる。 歯軋りをして足を揺する、彼の苛立ちは相当だと垣間見える。
「あの時の七彩の宝玉の連中のこっちを哀れむような目……今もまぶたを閉じれば焼き付いて出てきやがる……だからオレはティンクルには協力したかねえ」
「別にオレが依頼するってわけじゃないんだから、話を聞いてくれ。 依頼人はケケだ、あの女」
サファイアはケケを指差して、ドロッチェに注視させる。 ケケは大事そうにオリハルコンを持って、ただ直立不動にドロッチェを見ていた。
「……ああ、ガントレット作りたいって話だったな。 嬢ちゃん、作ってどうするんだい」
「そ、それはもちろん私もサファイアやマルクさんとピッくんと一緒に四つの穴の――」
「無理、やめとけ」
ケケの言葉を、遮るようにドロッチェは一蹴した。 呆然としているケケに追い討ちをかけるように、ドロッチェは彼女の手を掴み、掌を見つめる。
「お前、ガントレットで手を保護したって、別に100%無傷で済むって話じゃねえんだぞ? 多少なりとも怪我するし、それでお前チームの連中に迷惑かけるのか」
ドロッチェはケケの掌の傷を指でなぞっては、振り払って踵を返す。 既に彼の独断場になってる展開に、サファイア達も無言で見守るだけだ。
「素人が、旅行気分で入っていい場所じゃないんだよ。 あの穴はな」
「待てよ、ドロッチェ」
マルクが、ドロッチェの言葉を遮った。 振り向き様に、ドロッチェとマルクの視線が交錯する。
「ケケを心配してるのはありがたいが、こいつの心意気を買ってるのはここにいる三人皆だ。 少なくともボクはケケが迷惑だと思ったことは一度もないのサ」
「それは僕もサファイアも同意するよ」
ピッチの後押しの言葉に、ケケの顔は明るくなる。 サファイアも無言を貫いているがケケの信頼は揺るがない。 ドロッチェは頭をかいて、わかったと口を開いた。
「だが、お前らだけの同意じゃオレは仕事できねえんだ。少なくとも、ケケってやつの保護者の同意もいるしな」
「保護者?」
その瞬間、ギルドの入り口横から巨大な絵筆が突き刺すように飛んでくる。 その衝撃に、思わず全員の視線が集まると、そこから紫の帽子と装束をまとった、如何にもな格好をした女が入ってくる。
「な、なんだぁ!?」
サファイアも、思わず叫んでそこに向けて氷刃を向けた。 ドロッチェは赤いシルクハットを深く被り直して、舌打ち混じりに呟いた。
「普通に入ってこいよ……」
ケケは、その装束をまとった女を見て、硬直する。 声を震わせて、どんどん顔が青くなっていき――。
「ど、ドロシア……様」
「ケケ、ようやく見つけたよ」
ドロシア、そう呼ばれた女は帽子を弄りながら、ケケを爽やかな笑顔で睨みつけた。
「相変わらず、電撃で手の皮剥ける癖は治らないみたいだね。 そんな落ちこぼれを外に出すわけにはいかんね。 帰るよ」