第十二話 リボン
スチールオーガン。 ここでは各地からオリハルコンを求めてギルドや会社が集まっている。
彼らは毎日のように穴を掘り、鉱山を掘り進めては利益を得るために活動している。
ただし、彼らも別に仲良く協力して作業をしているわけではないし、対等な関係を築いているわけでもない。
自分以外はすべて競合相手、敵と認識してはお互いを見張って牽制して――オリハルコンの独占をもくろんでいる。
「おい、北の作業場いつもより作業量多くねえか」
「へぇ、そうっすねガオガオの兄貴。 やっちまいますか」
作業場の見張り台で、大きな爪を持った青い犬のような大男と、その子分のような小さい茶色い毛をした犬の男が話していた。
小さい男は、大砲のような巨大な筒を持つとトリガーを引く。 筒から発射された球は、そのまま彼らが見ていた北の方角にある作業場にどんどん進んでいき――爆音とともに炎上する。
「おっ、ズルやったか誰か」
「今日の作業は五時間までって規定だったのにな」
その爆音を遠くから眺めていた男たちは、笑いながら弁当を口にしていた。 彼らの横には、赤や緑の宝石が山のように詰め込まれたトロッコがあった。
「しっかし、オリハルコンはなかなか見つからないね――宝石は飽きるほど見てきたんだけどな」
弁当を食べながら、男たちは自分の横のトロッコの宝石を笑いながら見つめている。 これも彼らの資金源になるのだが、本来の目的のもののついでの扱いで、かなり雑に詰め込まれている。
その時だった、彼らの頭上に降り注ぐように警告音がとどろいた。 それを聞いた作業員たちの手は止まり、みんな空を注視する。
「なんだ、誰か作業中に事故ったのか」
「どこのエリアだ、救助にも手当てが欲しいよな」
ここ、スチールオーガンは日々の作業の関係で不慮の事故が後を絶たない。 その為こうやって警告音が鳴ればみんなそこに行って事故の救助活動をしているのだ。
彼ら自身の作業能率の低下を防ぐためである。 競争をしているわけだが、彼らにとってはオリハルコンを探す仲間でもある。 助けてそのあとに恩を売ってオリハルコンのおこぼれももらおうという魂胆の作業員もいる。
が、この警告音が鳴った後に放送が入った。
「作業員に告ぐ。 これは事故発生のサイレンではない。 侵入者のサイレンである、現在ギルドの主力メンバーにより鎮圧にあたっている」
「作業員は向かう必要はない、引き続き作業を続けてほしい。 繰り返す、これは侵入者のサインである、よって作業員の動員は要しない!!」
その放送が入ったら、彼ら作業員は立ち上がる。 自分たちの仕事が増えなかった安心感に笑みを浮かべて作業道具を手に持って。
「よそ者か」
「俺達には関係ない話だな」
「いたたた……」
地上からの砲撃により地上に真っ逆さまに落ちてしまったサファイア達はその後スチールオーガンの作業場の各所に落ちていた。
その中で、ケケはトロッコや作業者の駐車場と思われる地点で身を潜めていた。 ケケは気配を悟られないように、息をひそめて駐車場にとまってる大型車の隙間から辺りを伺う。
「……結構人がたくさん集まってるのね」
ケケの言うとおり、彼女の視点からでも作業員が往復しているのが確認できる。 ここでケケが飛び出していったら、間違いなくこの場に浮いてしまうのは間違いない。
問題は、ここからの脱出とサファイア達との合流である。 エアライドマシンは砲撃された結果おそらく使い物にならないだろう。 彼女の周りにはエアライドマシンの破片などは見当たらないが、あの砲撃で無事なはずがない。
彼女一人でここを突破するのは容易ではなかったが――覚悟はあった。
「う、うぅん……ケケ?」
その時だ。 彼女の後ろから聞き覚えのあるなじみの声。 ケケは振り返ると頭をさすりながら腰を抜かして座ってるピッチの姿があった。
「ピッくん、よかった無事だったのね」
「うん、驚いたけど大したケガもないよ……ところで、サファイアとマルクは?」
ピッチの言葉に、ケケも周囲を見渡した。 ここにはピッチとケケの二人だけ――他には人の姿も、彼女たちを運んでたエアライドマシンの残骸も見当たらない。
「はぐれちゃった……みたいね」
「えぇ……それ、結構やばいんじゃない」
ピッチは溜息を吐いてケケの頭の上に乗る。 彼の視線の先からも、屈強な作業員の姿が見えた。
「サファイアかマルクと一緒だったらそれぞれどうにかできたのにね」
「ピッくん、もしかして私じゃ頼りないって思ってるでしょ!?」
ケケは思わず大声でピッチを一喝するが、ピッチはすぐにケケの口をふさいだ。 二人の間に静寂だけが過ぎるが、遠くからは作業のための機械の音しか聞こえない。
「……ごめんごめん、でもケケだってサファイアかマルクと一緒なら安心したでしょ」
ピッチはすぐにケケの前に降り立って相対する。 ケケも、それはそうと頷いて車の影から様子をうかがう。 作業員の姿は見えるが、こちらには一切気づいていない。
「とりあえず、僕とケケの二人と――あとはサファイアとマルク、あの二人も一緒になってるかはわからないけど最悪どちらか片方と合流しないと」
「うん、作業員の人たちめっちゃ強そうだったし、ピッ君と私じゃすぐに捕まりそうだもんね」
ピッチは羽を広げて空に飛び出した。 ある程度の高度にまで達すると、そこからスチールオーガンの全景のほんのわずかだが、見えた。
「なるほど、めちゃくちゃ人がいるね。 うん」
ピッチは作業場に点々とする人影を確認しては、安全な場所を探していたがすぐに諦めがついた。 見る限り広い作業場で、サファイアとマルクの影すらピンポイントで見つかるわけもない。
ピッチはすぐにケケの前に降り立った。 この時点で詰みであるのは二人にも気が付いていた。 そもそもエアライドマシンを打ち落とす血の気の多い作業場である、女と小鳥――とても敵うような状況ではない。
「ピッ君、手はないの」
「ないね。 ぼく達に残された手立ては……その一、サファイアかマルクが来てくれるまでここで身をひそめておく」
それが最善の手立てだった。 ピッチの力は多勢にはほぼ無力であるし、ケケの電撃も現状多用できる技ではない。 必要以上な争いはしないのがピッチの考えだった。
「でも、二人がここに気付かないこともあるよね」
「うん、ひょっとしたら日が暮れるまで合流できないかもしれないし、じっとしておくのは厳しいね――そこで、もう一つの考えなんだけど、ここ駐車場じゃん」
ピッチの言うとおり、ここは作業員が使用しているトラックや車が集まっていた。 ピッチは、その車の下に潜り込んで――中にあるパイプにしがみついた。
「こうやって、車の下に潜んで、誰かに運んでもらうんだよ。 移動中にサファイアとマルクの声が聞こえたら、脱出して合流すればいい!!」
「なるほど!! ピッ君冴えてる!!」
ケケの喜びも、ピッチのどや顔もその一瞬だった。 二人の会話をすぐ横に作業員のメタルン族の男が見ていたのだった。 二人も、メタルン族の男もフリーズをしていたが、男は声を上げて――。
「し、侵入者みつけ――」
「電撃っ」
すぐにケケはメタルンの男の身体に手を付けるとそこから放電された。 叫ぼうとしたメタルンの男は身震いすると、そのまま気絶した。
「あ、危ない危ない――ケケ、ナイス」
ピッチもふぅと息を吐いて冷や汗を拭う。 ケケはメタルンの男をあちこち触れて、呼吸の確認をする。
「ご、ごめんなさい……死んでないよね?」
倒れた男を壁際に寄りかからせるとトラックのエンジンが聞こえる。 ピッチとケケはすぐにそこに身をかがめて隙間に入り込んで、トラックのパイプにピッチの作戦通りに掴まった。
「よし、これでサファイアとマルクを探しに行こう!!」
「握力がもつ前に二人に会えますように――」
ケケの願いは、本心からだった。 ピッチの身体は小さいが故パイプに乗ることも可能だがケケはしがみつくしかできない。 これはケケの体力と運の賭けでもあった――。
そして、サファイアとマルクは。
「お前らふざけんじゃねえぞ!! いきなり落ちてきて人の作業無に帰しやがった」
作業場で作業員たちが怒鳴り散らして騒いでいる。 彼らの視線の先には、ガレキの山で塞がった通り道とサファイアとマルクの姿がその頂点にあった。
「いやぁ、ガレキがクッションになって九死に一生なのサ。 死ぬかと思ったね」
マルクは笑いながらガレキの山に居座り辺りを見渡した。 そこには、行き止まりの作業場にこちらを見上げては抗議の声を上げてる作業員たち。
「ところで、出口はどこなのサ」
「お前らが塞いだんだよ!! ボケてるんじゃねよピエロ野郎!!」
確かに、サファイアとマルクの後ろのガレキの山の向こうからは人の声が聞こえてくる。 おそらく、他の作業場の作業員たちもここの作業場が心配で集まっているのだろう。
「ああ、これ俺らが完全に悪だな。 いつの間にか」
「悪なんだよ!! どうやって帰ればいいんだ俺らは!!」
作業員たちはいつの間にか武器を手に取り、サファイア達を取り囲んでいた。 マルクはおいおいとおどけて彼らに説得を試みる。
「ボクらは別に危害を加えるつもりはないのサ。 ここら近くに遊びに来て、そしたら砲撃を急に受けて――」
「ここは俺たち組合の秘密の作業場だぞ!! 部外者は絶対入れないのが鉄則なんだ……悪いがアンタらは消えてもらう」
「へぇ、組合ね」
サファイアはそう言って作業員たちを見渡した。 彼らの身なりはボロボロで、作業着も使い古されている。 そして、何より彼らが使っていた作業道具や、武器も――。
「そういえば、さっきからこのガレキの向こうに人の声がするけど――なんなのサ。
死んだら許さねえぞカス共とか聞こえるのサ。 とても同じ仕事場のお仲間さんとはおもえねえ声の汚さだね」
マルクは眉間にしわを寄せながら、そのガレキに耳を立てていた。 その言葉を聞いた途端、さっきまでサファイアとマルクにたてついていた作業員たちの調子は落ち着く。
「……しょうがねえだろ、俺たちは奴隷なんだからよ」
「奴隷?」
サファイアの声のトーンが低くなる。 男たちは武器をつかみ、サファイア達に向けた。
「俺たちは、こうやって作業をさせてもらってかろうじて生きてるんだ!! 一日十六時間ぶっ通しで作業して、一日二食の飯でせっかくここまで掘り進めたってのに!!」
「なるほど、それを俺たちが台無しにしたと……」
その瞬間だった。 ガレキの山をドリルが貫通する。 そこからは赤と黒の鎧を付けた大きな剣士がドリルと剣を持ってどんどん侵入する。
「貴様ら!! まだ休憩時間ではないぞ!! おまけにこんな土砂崩れもやりやがって――明日から一週間晩飯抜きで――」
「ヘビーナイトさん!! ち、違うんですこれはあの青球とピエロが――」
ヘビーナイト、そう呼ばれた威勢のいい男に作業員の一人が近づくがすぐにヘビーナイトはその剣で作業員を切り付け、いなした。
「言い訳は無用だ!! 貴様らは黙ってオリハルコンを探しておけばいいんだよ、カス共が!!」
その言葉に、マルクはああと納得した。 さっきマルクが聞き耳を立てて聞いた声の主は、ヘビーナイトだったのだと。
「……ところで、お前ら二人。 新入りか」
ヘビーナイトは、サファイアとマルクを見て問いただした。 作業着も来ていない二人を見て、ヘビーナイトは不審に思い剣を突き付ける。
「ちょっとここを通りすがったギルドだよ」
「ボクたちにはお構いなく、どうぞイキリちらしを続けてほしいのサ」
マルクたちのその回答に、ヘビーナイトの怒りは達した。 彼は剣を二人に向かって振り下ろすが、サファイアとマルクも颯爽と回避してはヘビーナイトの両サイドに散る。
「貴様ら、奴隷は逆らったら死刑だ」
ヘビーナイトはそれだけを言って両手に岩を持った。 それぞれ二人の方角に投げるとサファイアとマルクは岩に相対し思いきり蹴りを入れる。 岩はそのままはじき返され、ヘビーナイトのもとへ――。
「跳ね返しただけでいい気になるな!!」
ヘビーナイトは剣を振り払い、跳ねかえされた岩を砕いた。 辺りに岩のかけらが飛び散る隙間に、マルクは翼を広げて鋭い矢を放つ。
「ふははは!! 俺の鎧はそんな矢を通らんぞ!! おとなしく降伏を――」
と、ヘビーナイトの眼の色が変わる。 彼の足元、そして鎧そのものは――すでに氷でがっちり固められていた。 サファイアは手を地面に合わせて氷を発生させてそれはそのまま、ヘビーナイトに。
「お前、どうみても真っ当な奴じゃねえから後で警察に連絡入れとくわ――さて」
サファイアは近くの岩場に腰を下ろし、作業員たちを見渡した。 ヘビーナイトを圧倒したサファイアとマルクの様子を見ていた彼らは、信じられないという様子で二人を見つめる。
「お前たち、奴隷だって話。 全部聞かせてもらおうか」
「奴隷は世界中の条例で絶対やっちゃいけないって決まりなのサ。 ギルドはそういう輩を捕まえる役目もあるからね」
安心していいよ。 マルクはそれを付け加えた。 作業員たちは、すでに先ほどまでの警戒心を解いてサファイアとマルクの話に、どうするかと顔を見合わせて浮かない顔をしていた。
そして、ピッチとケケは。 車の下にしがみついていたが、車はある場所で停車しそこから動かなかった。 不審がった二人は隙間から覗いて、その目を疑った。
「これが、スチールオーガンの……作業事務所??」
ケケは思わず目を疑った。 作業事務所と書かれていたその看板。 しかしそれは純金で作られており、事務所そのものも宝石で見事に彩られていたのだ。 まるで別世界の舞踏会の会場のようだった。
とても、この広いスチールオーガンには似合わない、ミスマッチな事務所はケケとピッチにここがスチールオーガンだという事実を忘れさせるには十分だった。
「見て、ケケ」
ピッチが横から声をかけた。 彼が指さす先――作業事務所の入り口の上の窓から垂れ幕が下がっていた。 この世界のギルドに所属する者なら誰もが知ってる、ある紋章が描かれていて。
「ここは――“七彩の宝玉”の作業事務所」
垂れ幕とは別に、事務所の横に書かれた表札の文字をケケは読み取った。 ケケは汗を一つ流しては――口が震える。
「えっ、なんで? なんで? 七彩の宝玉は解散したって……サファイアが」
ピッチは携帯を取り出して、その目の前の建造物を撮影する。 現場保全の目的と同時に、もう一つの理由。
作業事務所の入り口から、一人の女が出てきた。 車を運転していた作業員たちや、その付近で作業をしていた者たちはすぐにその女に気が付くと声をかける。
「リボンさんだ!!」
「リボン社長、お務めご苦労様です」
赤いリボンを頭につけて、妖精の翼をはためかせたまるで子供のような容姿をした女は――二度柏手を打って作業員の注目を集めてから、口を開いた。
「皆さん、いつもオリハルコンの発掘ご苦労様です。 今月の目標ももうすぐ到達できます――」
サファイアとマルクに心を許した男たちは、総てを話した。
「俺たちは、七彩の宝玉を名乗る連中に負けたんだ」
「あいつらは言っていた。 この発掘作業で、世界を救う事ができるんだって」
サファイアは、その言葉に眉間にしわを寄せ続ける。 彼の眼は怒りに満ちているのが、マルクも気づいていた。
「この発掘は、人類の選抜のために徳を積むための作業だって言われたよ」
人類の選抜。 それはサファイアに確信をもたらすに十分なキーワードだった、彼は唇をかみしめて、作業員の言葉に耳を傾けている。
何も聞けないサファイアに代わって、マルクは代わりに彼らに問いかけた。
「お前たちは、どうやってこのスチールオーガンに来たのサ」
男たちは、マルクのその問いかけに、互いに顔を見合わせて口を開いた。
「クエストがあったんだ。 スチールオーガンで、オリハルコンの探索の依頼をするって話だった」
その言葉に、サファイアとマルクは顔を見合わせる。 信じられない話だが、絶対にいけない話ではあるのだが。
「ここにきた奴らを、連中は捕まえて奴隷としてオリハルコンを発掘させている――七彩の宝玉を名乗る奴らが」
「なるほど、全容がつかめてきたのサ。 つまり、七彩の宝玉を名乗る連中がいろんな会社の上に立っていて、オリハルコンの発掘競争をさせている。 そんな感じだね」
リボン、そう名乗った女は優しい笑顔を浮かべて。 こういった。
「私たちは人類の選抜を支える最高の会社の集まり。 オリハルコンは、人類を救う最高の鉱石なのです。 今日も頑張って発掘しましょう――そして」
ケケは、車の下から口を押えつつ、その事実をつなぎとめていた。 今、この事実を知っているのは横にいるピッチとケケの二人――。
まさか、部外者がいるとは考えて無いリボンだが、最後に作業員たちを前にして叫んだ。
「私“たち”のスチールオーガンに、また無策にもやってきた者達がいます。 いつも通り、全員捕らえてこき使いなさい」
「あなた達こそ、私たちが認めた世界に選ばれし会社なのですから。 われらが主は、総てを赦します」
リボンの言葉に、作業員たちは声を上げて拳を突きあげた。 彼らも、リボンに、そして七彩の宝玉に魅入られた集まりなのである。
第十二話 リボン