第十一話 新時代
七彩の宝玉――彼らはかつては世界中の若者のあこがれであり、象徴だった。
全世界に、彼らを求めてギルドを求める者たちは後を絶たない。 それはすべて、700年前の若者の伝説がすべての理由であり、すべての始まり。
――しかし。 伝説は、人が人へと伝えていくもの。 必ずどこかで、綻び、虚言が舞い、やがては虚像を生み出した。
「人類の選抜。 そういっておったらしいな、ハルトマン」
とある刑務所。 モソと、一緒に会議に出ていたあるギルドマスターは、目の前にいる男を睨んでいた。
ハルトマン、彼は囚人服を着たまま面会室の奥で一人坐して笑っていた。
「誰が漏らしたのですかな、我々選ばれし者しか知りえない、話なのですが」
「お前さんを捕らえたマルクとかいう若者が、知り合いのギルドにいてな。 そいつから人伝いって感じじゃ」
ハルトマンは、笑っていた。 手錠をしたまま、掌を上げて不敵な笑みだった。
「ああして、大企業の頂点に立っているとね――いろんな業界からいろんなお誘いがあるんですよ」
『人類の選抜? いったい何の迷惑メールだ』
ある日のハルトマンは、その電子メールを、へんてつもない迷惑メールの一件を興味本位で開いてみた。 彼は、ただの業者の迷惑メールの一端だと思っていたが――考えはすぐに変わる。
「そこにあったのは、とても興味深い話でした。 そのメールに添付されてた映像ファイルには、確かにありましたもの、伝説の機械仕掛けの大彗星――ノヴァのパーツ」
「ノヴァじゃと?! だが、ノヴァは七彩の宝玉でも成し遂げられなかった――」
「それは今までの700年間の話でしょう」
ハルトマンは不敵に笑って見せる。 彼も、あの映像を見た時の過去を思い出し、手を震わせた。
「もちろん、ワタクシも半信半疑でしたよ。 だが、その映像には信頼できる証拠があったのです」
ハルトマンが、見たもの。 それは映像の中に映し出された――ノヴァのパーツの光にあてがわれる男の姿。
『見えますか、ハルトマン。 これで、この男は不老不死になったのです』
『不老不死だと――』
映像の中の男は、笑みを浮かべて画面の奥のハルトマンに問いかけるようだった。 既にハルトマンはノヴァのパーツの神秘性と目の前に刃物でズタズタに裂かれても、傷がすぐに塞がって元に戻り、生きて笑ってる男の姿に、目を奪われていた。
「そして、その映像ファイルの最後に音声がありました。 ワタクシが人類の選抜に選ばれるためには、多額の資金の要求――そして、見返りには……」
『これが、人類の選抜。 あなたもこうして永遠にエアライド事業の傍ら、永遠の若さと命をもって誰もが幸せに暮らす新時代に来るのです!!』
『我々の組織の名は――七彩の宝玉』
「七彩の宝玉!? 本当に、そういっておったのか」
「事実ですとも、あんな映像を見せつけられたら、ワタクシはワクワクが止まらなかった……」
モソは、愕然と肩を落とす。 唇をかみしめ、ハルトマンに視線を逸らす。
ハルトマンは、面会室の机の上に置いてあった水を口にし、モソをじっと見つめる。 少し見ると、笑って見せた。
「ショックの色が隠せない、という感じですね。 きっとワタクシのような誘いを受けてる金持ちはたくさんいますよ。 経済界、闇の世界、きっと有名どころのギルドも――ああ、そういえば」
モソを畳みかけるように、ハルトマンは言って見せる。
「七彩の宝玉のメンバーは、最近何人かがギルドを立ち上げて規模を拡大していたって話でしたよ。 彼らも、彼らで自分たちで人類を選抜しているのでしょう」
「まさに悪魔のようなやり方じゃな――自分たちが気に入った仲間以外を消すつもりか」
「おそらくね、きっとそろそろあなたのギルドにもやってくるんじゃないですか――」
第十一話 新時代
七彩の暴食、その酒場の前。
ブレイドは、酒場を取り仕切る役目を請け負っている。 店の開閉店前後の作業は、主に彼女が取り仕切り、新しい依頼の書類も整理している。
「どっこらしょ、明日の分の依頼も結構来てるね……サファイア達が頑張ってるけど、他のみんなも結構すごいからね――あ、これはあの事件の時の町長さんからか」
ブレイドは新しい依頼をボードにピンで固定し、それをじっくり見渡した。 満足げにうなずくと大きく伸びをして、あくびを一つ。
「あぁ……明日も早いし、さっさと寝るかおやす……」
後ろを振り返る。 酒場の中に、ケケが入り込んできていた。 背後からの足音に震えたブレイドは剣に手をかけたが、すぐに安どする。
「なんだ、ケケかい……どうした? 忘れ物でもしちまったか」
「ううん、違うんですブレイドさん――私は」
ケケは、彼女の目の前にナイフを突き出した。 距離はあるが、その突然な行動に、ブレイドは身震いする。
「ケケ、一体それは――!!」
「人類の選抜のためなんです」
ブレイドはそのケケの眼をしっかり確認する。 瞳孔が空いていない。 虚ろなその瞳には生気を感じられない!!
「まさか、昼のサファイア達の話した、アドレーヌが何か」
「結構鋭いんですね、ブレイドさんは」
ケケの背後から、アドレーヌが姿を見せた。 ブレイドは剣を取り出し構える。
「一体何のつもりだい、ウチのかわいい新入りを洗脳するなんてさ」
アドレーヌはケケの頭をなでて、横に立った。 ケケとアドレーヌは身長差がある、ゆえにアドレーヌはケケを妹や子どもを見るかのように見下ろしてる。
「私たちの野望には、ちょっとやそっとの資金じゃ足りなくてですね――最近、ボンカースの事業やハルトマンの会社を潰してくれたのが、あなた達だって聞いたもので」
「ボン……カース? ハルトマン……? 確か、どっちもうちのサファイアが」
ブレイドの言葉に、アドレーヌはやっぱりと声を濁す。 彼女は頭に手を置いて唇をかみしめる。
「それですよ、それ。 そのどっちも、ウチのギルドの大事なお客さんでしてね――まぁ、他にもウチの仕事を邪魔してくれたギルドはポップスター中にたくさんいたんですけど」
「だから、こうして私たち七彩の宝玉が、お礼参りしてるんです」
アドレーヌの目つきが、変わった。 彼女は大きな絵筆を手にして、一振りする。 そうすると、酒場の床から大砲が次々と現れた。
「ボンカース氏の事業は、主に私たちの計画のために必要な人材集め!!」
「ハルトマン氏の事業は、エアライドマシンの技術向上への資金投入、見返りに最新鋭エアライドマシンをこちらに無償提供!!」
「ケケが、私たちのところに来た時に、全部教えてくれましたよ――こんなひどい事をした犯人は誰だって」
アドレーヌはケケの頭をなでて、笑って見せる。 ブレイドは、黙って聞いていたがアドレーヌの話が終わると口を割った。
「なるほど、さしずめあんたたちは世界征服を目指してるわけだ。 ずいぶん安っぽい集まりなんだね、七彩の宝玉も」
アドレーヌの、顔が豹変する。 目つきはゆがみ、口元は怒りに任せたように大きい。
「はぁ? 世界征服? そんな安っぽい悪の組織みたいな話とは違うんですけど!?」
アドレーヌは地団駄を踏んで威嚇する。 既に彼女が出した大砲はブレイドに標準を定めている。
「ピンクの考えはすべての悪のせん滅!! 正しい者が正しい心を持ったまま、正しい人生を歩んで正しい幸せを手に入れる世界!!
永遠の命と若さと、善の心を持った者だけが住む理想郷!! これが実現すれば、これから一生戦争も、貧困も、食糧問題も起きることはない!!」
「虚像だ」
ブレイドは一蹴する。 その言葉に、アドレーヌは舌を打った。
「別に、あなた達のような暴れ者ギルドに同意してもらう腹づもりは最初からありません。 あなた達は、私たちの計画のために必要な金を全部出せばいい」
「それで、ケケを使って襲わせるつもりだったのかい? 残念だけど、この子は確かに魔導士として力があるのは認めるけど――私も負けるつもりは」
「誰が、あなたとケケを戦わせるって言いました?」
アドレーヌは合図を送る。 ケケは自分の首元に、黙ってナイフを突きつけた。
「な、何を!?」
「この子は人質です。 この子が、七彩の暴食の中で新入りで、一番力弱そうだけど――ここのむさ苦しい男どもは、彼女のことお気に入りなんでしょ?」
ケケは一向に、ナイフを自分の首元から話す気配はない。 ブレイドは真夜中ということも忘れて、声を荒げた。
「ケケ!! ナイフを下ろしな!!」
「無理です。 彼女はピンクが手紙にかけた強力な『エスパー』の力によって、催眠状態です。 今は私の言う事しか聞いてくれない」
ブレイドは、ケケのもとに急いで駆け寄る。 アドレーヌは絵筆を巨大化させると、ブレイドとケケの間に突き出した。
「近づかないで。 これ以上近づいたら、彼女死にますよ」
「今のあんたのやり口、とても悪のせん滅のための正義のやり方には見えないね」
ブレイドは精いっぱい抵抗の証として、アドレーヌに毒突いた。 アドレーヌの眼は、彼女を見下すように冷たい。
「何とでも、言ってください。 七彩の宝玉に入りたかったんですよね、彼女――だったら、今頃心のどこかで七彩の宝玉の役に立てて本望かもしれませんよ」
「いいえ、違うわ。 アドレーヌ、こんな事して絶対いいはずがない」
ケケの声だ。 彼女は、ナイフを自分の手で握って痛みで自分を取り戻していた。 そして――彼女の手には電撃がまとっている。
「ブレイドさんを、危険な目にあわせようとしたこと――絶対に許さないから」
「ケケ!! お前さん、手が」
ブレイドが声を荒げた瞬間、ケケが彼女の目の前に飛び出した。 アドレーヌと正面から相対した途端に、掌から電撃の球体が現れる。
「これは――」
「このぐらいなら、全身がマヒになる程度で済むからね」
電気の球体が放たれた。 アドレーヌも、絵筆を振るうと巨大な岩石を出現させ、彼女の電撃と衝突させる。
爆音が、響いた。 砂ぼこりが舞い上がり、ケケとブレイドは咳こんだ。
「ご、ごめんなさいブレイドさん!! 大丈夫ですか」
「ああ、無事だよ!! アドレーヌはどこに行った」
砂ぼこりが舞う中で、窓が開く音が聞こえる。 ケケはそこに耳を向けると、掌に電気を溜めて――放つ。
「そこかっ」
電撃は、窓を少し突き破った先になると先細くなって消滅する。 割れた窓ガラスは、固定する金具も外れ、枠組みが外れている――外には、誰もいない。
「逃げた――」
「ケケ、あんたその手――ボロボロじゃないか」
ブレイドがケケの手を取りそれを見る。 彼女の手は、ナイフを握った先も切れ、電撃を出した影響か皮もめくれ赤く染まっていた。
「あ、あはは……これが、私ができる一つだけの攻撃魔法なんで」
「だけど、こんなボロボロになっちゃ……あ、あの時私と一戦やった時もこうなってたんだね、まさか」
ブレイドは溜息を吐いて、救急箱を開いた。 包帯と塗り薬を取り出しケケの掌の傷口に塗り始める。
「痛っ」
「ほれみろ、こんなんじゃいつまで経ってもラチあかないよ……看てやるよ」
ブレイドになされるがまま、ケケはその手当をじっと見ていた。 瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
 
「私、本当にダメですよね。 皆にちやほやされてて、甘えてしまってるんです。 サファイアやピッチや、マルクさんは優しいから何も言わないけど」
「ははっ、甘えたっていいじゃないか。 人ってそういう生き物だよ」
ブレイドは、包帯をゆっくり巻きながら話した。 ケケが痛がらないように、慎重に。
「あんたが来るまでの話さ。 サファイアとピッチはいつも二人っきりで酒場の端っこで座ってたし、
マルクなんて一度クエストを終わったら、何日もサボってばかりだったのさ――もう遊ぶ金は稼いだってね」
「えっ」
「ほかの連中も、ここで飲んだくれて時々簡単なクエスト受けてばっかさ――それでも、町の外にはそこそこ七彩の暴食の知名度はあったけどね」
ブレイドは笑って救急箱をなおしにいく。 ケケの手には、きれいに包帯がまかれていた。
「だから、モソさんもアタシもあいつらにいつも説教してたよ――もっとウチの名前を上げるためにキリキリ働けーってさ……アンタのおかげだよ、あいつらがチーム組むなんて、思いもしなかった」
ブレイドは、酒場のカウンターの前に置いてあった書類を手に持った。 彼女がここに来た、そもそもの理由がそこにはある。
「ケケ、あんたはもう休みな。 今からアタシは今日の分の依頼をボートに張らなきゃね」
「い、いえ!! 手伝います、迷惑かけたお詫びに」
ケケは立ち上がって書類を持った。 包帯で巻かれた小さい手だが、そこに持てるほどいっぱいの書類を抱えて。
「そうかい、それじゃあそのあんたが持ってる書類はね、期日ごとに分けてくれるかい。 後、期限が過ぎてるものもたまには混じってるからそれは捨てて」
「はいっ!!」
窓からは、薄日が差しこんできていた。 鳥のさえずりが、朝を知らせるために聞こえてくる。
朝、それは新しい遭遇にもめぐる時間。 今日も、ギルドの中は少しずつにぎわいを増してくる。
「おっ、ケケちゃん早起きじゃんか。 おはよっ」
「おはようございます」
ケケは精いっぱい笑顔でギルドにやってきたメンバーに挨拶をする。 しばらくするとサファイア達もやってきた。
「よぉ、ケケ」
「おはよう、サファイア!! ねぇ、見て今日のクエストボード、私が手伝ったのよ」
クエストボードには、人だかりができている。 サファイア達も、今日の自分の仕事を探すために顔を覗かせた。
「何かめぼしいものでもあったか? サファイア」
「さぁねえ、どれもこれも似たような依頼ばっかで――今日は飲んで終わろうかなあ」
マルクとサファイアは、少しばかり悩ましく依頼を眺めている。 既にギルドの人影はまばら、皆エアライドマシンで、持ち場に出発した後だ。
「……スチールオーガンで、オリハルコンメダルの探索依頼か。 これは良さそうだな」
「オリハルコンメダル? なんですかそれ」
ケケがマルクの後ろから覗いた。 その依頼書は、小さな銀のメダルが書かれている。
「オリハルコンは、世界で最も固いとされる魔力の塊だよ。 それさえあれば、どんな武器もめっちゃ強くなるし、オールみたいに高額の取引もされてる」
ピッチの言葉に、ケケはおおと感嘆をあげる。 その依頼書に、ケケも興味が湧きだす。
「オリハルコンは、魔力エネルギーを媒介するって言われてる。 人が出した魔力をオリハルコンに封じ込め、今度はオリハルコンから魔力を放出するってこともできるらしい――」
サファイアは、そういいつつケケの手を取り上げた。 ケケは、思わずぎょっとするがその包帯にまかれた手を見たサファイアが溜息を吐いてつぶやいた。
「それ、魔力エネルギーの暴発のせいだろ。 つまりそういうのをコントロールできるようになるのが、オリハルコンだ」
「あれ? サファイア、もしかしてケケのためにこの依頼選んだ?」
マルクのニヤケた顔と意地悪っぽい声色に、サファイアの声が詰まる。 周りの空気は一変し、ギルドに残ってた皆もサファイアの肩を抱いて笑って見せる。
「おいおい、サファイアくーん」
「ケケちゃんにそれとなくポイント稼いでるなー」
サファイアの頭をなでながら、デッシーとホヘッドが脇からサファイアを挟んでくる。 ギルドの酒場からも、からかいの口笛がそれとなく飛んでくる。
しばらく、サファイアは黙っていたが辺りに冷気を漂わせ――デッシーとホヘッドの足元を、凍らせた。
「よし、行くぞケケ。 お前のその電撃に耐えられない掌を守るガントレットグローブ、その素材探しだ」
「うん、ありがとうサファイア。 優しいんだね」
「サファイアは優しいやつなのサ。 ケケ知らなかったのか」
「知らなかったのかい、ケケ」
四人は、顔を真っ赤にするサファイアを先頭に外へと飛び出した。 ギルドには、足元が凍って動かないデッシーとホヘッドだけど取り残されている。
「……あの」
「俺たち、どうやって仕事行けばいいんですか」
ブレイドは、朝食に出した皿を回収しながら、笑って言った。
「夕方まで、そこで立っときな」
スチールオーガン。 ここも、エアライドのプロリーグのレースによく使われる町である。
ただ、最近はそれも少ない。 何故ならここには今――ギルド同士のいざこざが起きているといわれエアライドレースどころではないのである。
「おうおう、俺たち天空の王国たちの仕事に、茶々入れないでもらおうか」
「ほざけ!! 先客は俺らだ、お前らにはオリハルコンなんて無用の長物だろうがっ」
こうやって、ここにきたギルドたちは毎日のように争い、自分たちの縄張りを日々奪い合っている。
目的はただ一つ――オリハルコンメダルの確保である。
「こいつらに、茶々入れられないように気を付けて探すのサ」
「でも、みんな強そうですね――見つかったら追い返されそう」
エアライドマシンを空の上に停止させて、見下ろすようにサファイア達は様子をうかがっている。 怖いその男たちのケンカに、ケケは驚きながらも辺りを見渡している。
「あ、ピッくん。 あそこの入り口誰か集まってる」
ケケが指さした先、確かにそこには鉱山の入り口に人が集まっていた。 その付近には石を積んだトロッコが走っており、あそこがオリハルコンの発掘場かもしれない。
「サファイア……」
ピッチの言葉に、サファイアは大きくうなずいた。 エアライドマシンを、ゆっくり降下させて鉱山に近づいた。
「よし――行くか」
『侵入者発見、侵入者発見――。 入山コードを持っていないエアライドマシン二台を確認』
「あ、あれだ」
女性の機械的な声に、砲台に搭乗していた男がサファイア達を見つけた。 砲口は、そこに向けられ――二発放たれる。
そのまま、降下していたサファイア達に砲弾はまっすぐ飛んでいき――着弾。
「嘘だろぉおおおおおおお!!」
エアライドマシンが爆散し、サファイア達は砲撃に散り散りに飛び散っていく。 その光景を、先ほどまで争っていたギルドのメンバーたちも眺めていた。
スチールオーガン、最近法律で決められたギルドと会社しか入ってはいけないと規制された。 オリハルコンの唯一の発掘場である。