第十話 アドレーヌとケケ
「ピンク……たしか七彩の宝玉の今のギルドマスターの名前だったな」
「そんな馬鹿な、七彩の宝玉は5年前に解散したはずだ」
既にギルドマスターたちの集会は終わった。 彼らは円卓の会議場を後にしてそれぞれがやってきた乗り物や迎えの魔導士たちを待ちつつ、立ち話をしていた。
モソは彼らから少し離れた場所で携帯をかけていた。 やがて、電源を切ると合流する。
「おや、モソさん……もう連絡が付きましたかな」
「ああ、もうすぐ迎えが来る。 ウチの町は催しごとをやっとるから、すぐにギルドの誰かと連絡が付く」
「ああ、グルメレースですな。 ウチの奴らも参加していますよ今年は」
空からはいくつかのエアライドマシンや魔導士がとんでくる。 皆、この場にいるマスターたちの迎えだ。
「まぁ、今回の話は私たちだけにとどめておきましょう――七彩の宝玉の話は、ふと漏らしたりするとたちまち騒ぎになる」
「奴らは、世界中から熱狂的な信者もおる事ですし説明次第ではこっちが悪者にされかねん」
マスターたちは迎えのエアライドマシンに乗って、空へと飛んでいく。 皆、一か所に集まるとそれぞれ顔を確認して――。
「では、また1年後」
「死ぬなよ、もうろくジジイども」
離散した。 モソのエアライドマシンには、一人のティンクルが運転している。
「すまんの、バタモン。 お前さんもグルメレースに参加したかったろうに」
バタモン――そう呼ばれたピンク色の少年は笑顔を崩さずモソに返事をする。
「いえいえ、僕はこうやって皆様のお役に立つことがなによりですから――あ、そうそう」
「なんじゃい」
モソはバタモンの声色の変化を見逃さない。 彼は手紙を一枚取り出すとモソに渡した。
「僕は、皆さんへの連絡の配達係をしているんですけど――ケケって人いましたっけ、うちに」
「おお、そうじゃそうじゃ。 お前さんは全くウチに来ないから教えるの忘れとったな、魔導士見習いのとってもええ子なベッピンさんじゃよ……で、ケケがどうした」
「その手紙、読んでくださいよ」
バタモンに促されるままに、モソはその手紙の裏を見た。 宛先を見て、目の色が変わる。
「これは――」
「この差出人と、ケケという人物がつながってたりしてたら――あの子、今のうちに排除しないといけませんよ」
バタモンの眼の色が変わる。 モソはその手紙の差出人の名前が分かっていた。
「アドレーヌ――数年前、ウチのギルドに入ったと思えば金庫の金と一緒に消えた、あの女か」
「ええ、ケケと言う子とアドレーヌの接点で考えられる点は二つ。 単なる友達というだけ――次はケケを潜入させて七彩の暴食壊滅作戦。 だとしたら相当な手練れだ」
第十話 アドレーヌとケケ
「グルメレース!! 決勝戦っ!!」
ププビレッジの開催するグルメレースは佳境に突入していた。 既にサファイアはスタートラインに整列をなしている。 コース横の出店は、より数が増えていた。
「基本ルールは予選と変わりません!! このコースを食べながら走り切り、タイムと通った出店の数と食べた料理の数で決着をつけます!!」
「ただし、毎回決勝戦にレースのどこかに潜んでる『えちごやのおかし』!! 今回もご用意いたしております」
「うおおお!!」
「今回は俺が食うぞ!!」
司会者のそれっぽい解説に、決勝戦参加者たちは声を上げる。 ケケもその司会者の声に、目を輝かせる。
「え?! 嘘っ、都会のめっちゃ有名和菓子店のあの限定品!?」
「ケケ、ずいぶん詳しいのサ」
応援席から立ち上がったケケの服を引っ張りマルクは無理やり着席させる。 ケケは輝く目をそのままマルクに向けると早口でまくし立てた。
「当然ですよ!! あれは毎月一日に5人限定に販売される伝説の和菓子って言われて、世界中の支店のどこに売ってるのか毎回ランダムに変わるんです!!
エンカウント率はおそらく伝説の穴ぐらいだって言われていて、世界中の甘いもの好きはその日が近づくとネットや口コミで自分の近くに売ってるかどうか情報を探り、
さらにはデマを作り上げて競争率を下げ――」
「お、おう……」
マルクはもはやそのケケの威圧感に押されるだけだった。 何がここまで人を魅了させるのか、マルクは分かってないがケケが『えちごやのおかし』を食べたいという意思だけは伝わっている。
「あーあ、サファイア取ってきて、分けてくれないかなあ」
「お前、本当に今日は食ってばかりなのサ」
そうこうしている間に、サファイアの手には紙の包みにくるまれた箱があった。 それに気付いた後続ランナー、さらにはサファイアの先を走っていたランナーまでもが注目する。
「うおお!! えちごやのおかし、取ったぞ!!」
「何ぃ!!」
「それよこせ青球ぁ!!」
サファイアのえちごやのおかしを求め、ランナーたちは一気にサファイアのもとに駆け出した。 前と後ろ――挟み撃ちの形になったサファイアだが、足元に冷気を発生させると彼の前後に氷の壁が飛び出した。
勢い余ったランナーたちは、その壁にまっすぐ直撃する。 前後のランナーの何人かが、そのまま倒れたのを見ると同時にサファイアの出した冷気は彼らの足元に絡みつき――凍った。
「あーっはっはっは、無駄な抵抗はよしとけ、終わったら解除してやる」
サファイアは高笑いを浮かべながら、前方のゴールに向かって倒れたランナーを踏みつけながら走り出す。 彼らは悔しそうに地面をたたきながら、叫んだ。
「ちくしょう!! やっぱ七彩の暴食の連中強ぇ……」
「レースに負ける前に、えちごやのおかしを食べたかった……」
もはや、目的が矛盾しているが彼らがそれほどまで食べたいというのが『えちごやのおかし』なのだろう、マルクは少しだけ興味がわいていた。
「ケケ、あれボクも食ってみたいのサ」
「サファイアがゴールしたら、みんなで食べましょう!!」
「いや、そう簡単にはいかないだろうな」
ホヘッドが苦笑いを浮かべながら指さした。 レースに参加している連中はサファイアを除いて、全員レースの通路をふさぐように横に並んでいる。
「それをよこせ!! それさえあればポイントは大幅にもらえるんだぜ」
「ああ、確かに『えちごやのおかし』は他のメニューとは違い……料理100品分のポイントがある――だから」
サファイアは包み紙を破り捨てると『えちごやのおかし』の中身を口の中に一気に放り込む。 その光景を目の当たりにしたサファイアをとおせんぼうしていたランナーと、七彩の暴食の面々は面食らって叫んだ。
「あ、あああああ!!!」
「グルメレースは、食いながらゴールを目指す競技!! つまり、腹の中に入れちまえば奪われる心配もないんだよ!!」
サファイアは前をふさいでいたランナーを蹴り飛ばして、コースを疾走する。 そのままゴールテープを切って一着になったのだが、七彩の暴食のメンバーは肩を落としてサファイアの雄姿をとても眺めることはできない。
「……一生に一度食えるか、分からない……『えちごやのおかし』が」
ケケは、目に涙と鼻水も垂らしてそれを悔やんでいた。 マルクも、少しだけ憎悪の顔を見せてサファイアを睨んでいた。
「お前、梱包された食い物はそのまま持ってゴールできたのに――」
「サファイアのばかー!!」
ケケは拳を地面にたたきつけながら、精いっぱい叫んだ。 一番楽しみにしていたはずの彼女の叫び声は――表彰式でもずっとやまびこのように響いていた。
「だからさ、こうしておごってやってるじゃねえか」
グルメレースが終わって一夜明けた日。 サファイアは七色の暴食の近くにあるレストランでやけ食いをしているケケに必死になだめながらメニュー表を開いている。
「サファイア、こっからここまでのメニュー二つずつ注文なのサ」
「お前ら、いくらタダだからって遠慮ないのか!?」
マルクは口にたくさんストローをほおばって一気にドリンクを飲み干している。 ピッチはスパゲッティを、ケケはカレーライスに手を出している。
「分かってるの!? サファイア!! 『えちごやのおかし』って中には50個ぐらいあったんだよ!! ギルドのみんなに一個ずつ分けたら十分いきわたったのに」
「魔導士じゃなくて、美食屋目指したほうがいいんじゃねえか、この女」
サファイアは溜息を吐いて立ち上がると、コップを手にする。 すぐ横にあったドリンクバーのソフトドリンクをコップに注いで、戻る――というレストランでのごく当たり前の行動をとっていたが――。
「……あぁ?」
サファイアは目を凝らして、自分たちの席の前を凝視する。 サファイアの席の横をふさぐように、一人の女が立っていた。 頭にベレー帽をかぶり、スモッグを着たヒト型だ。
彼女は、サファイアの席の横にいるケケをじっと見ている。 スパゲッティを口にしていたケケも、その手を止めて女の顔を見て驚いた。
「……アドレーヌ?!」
「そうよ、ケケ。 こんなところにいたのね」
ケケとは向かいの席にいたピッチとマルクも、そのやり取りに茫然とする。 しかし、サファイアはそのままどんどんアドレーヌの後ろを陣取ると、腕を突き出した。
「おまえ、今更何の用だ。 半年前に行方をくらましたまま――今更ただいまっていうわけじゃないだろ」
そのサファイアの、知ってるかの口ぶりにケケはえっと声を上げる。 そしてケケは向かいのマルクとピッチの顔色も確認する。
「三人とも、アドレーヌと知り合い!?」
「それを聞きたいのは、ボクらの方もなのサ。 ケケ」
マルクは翼を広げると、アドレーヌを睨みつける。 その前に、ピッチが羽を出しマルクを制する。
「お店で暴れると、ギルドにも連絡きちゃうよ、マルク」
ピッチの言葉に、マルクは舌打ちをすると翼を戻す。 アドレーヌは、キャンパスノートを取り出すとページを開いた。
「別に、今更あなたたちと遊ぶつもりはないわ。 私が用があるのは――ケケだもん」
そして、アドレーヌはケケの目の前に、一枚の便せんを差し出す、星のシールで封がされた、ピンク色の便せん。
「……アドレーヌ、これは」
「おめでとう、ケケ。 あなたは人類の選抜に生き残れるのよ!!」
アドレーヌは、まるでまじりっけの無い笑顔でケケに精一杯言い放った。 それに舌打ちをしたマルクは、ケケの手にある便せんに手を伸ばす。
「何が人類の選抜なのサ。 人が楽しく食事してる最中に、お前みたいな奴が持ってきたゴミなんて――」
マルクと手紙が触れ合った瞬間、火花が弾けた。 マルクも、それに驚いて翼を引っ込める。
「……ダメよ、これはケケが決める問題。 あなた達の介入は絶対できない――そう、たとえマスターたちさえもね」
七色の暴食――
そこには、ギルドに所属するすべてのメンバーがほぼ集まっている。 モソは、辺りを見渡して咳払いをする。
「お前さんたちも、知ってると思うが先ほどサファイア達のもとに、アドレーヌの奴がやってきた」
その言葉に、みんなの空気が一変する。 中には先ほどのマルクのように舌打ちをして不快感を強烈にあらわにしている者もいた。
「一体今頃、何のつもりだあの女――ギルドの金庫の金を持ち逃げした裏切り者が!!」
「いったん落ち着きな、デッシー」
ボクシンググローブを合わせるようにたたきつけるデッシーを、ブレイドはなだめる。 ホヘッドとバヘッドの頭の炎と泡は、いつもより勢いが出ている。
ブレイドは、一階と二階に続く階段の手すりに腰を下ろしていたマルクに目を向け、問いかける。
「それで、マルク――アドレーヌは、ケケに何て言ってたんだい」
「人類の選抜――それに、ケケが選ばれた。 そう言っていたのサ」
その言葉に、辺りの空気は一変する。 皆は隣合った者同士で、小声で話し出す。
「まさか――ケケちゃんが?」
「だが、人類の選抜ってあれだろ? 七彩の宝玉が解散した理由だって言われてる」
「都市伝説だけどな」
サファイアは不快感をあらわにしてその話を遮った。 サファイアも、彼らとは少し離れたテーブル席で会話に参加してる形だ。
「マスター。 その手紙、アドレーヌがうちに来るって予告だったんだよな。 誰が持ってきたんだ」
「バタモンじゃよ。 ウチのギルドの郵便係を引き受けてくれとる、この町とその一帯の郵便屋さん――それに」
「サファイア、お前さん何か知っとるのではないか」
モソはその白い眉をひそめてサファイアに問いただす。 サファイアは、窓から青空をのぞいて口を開いた。
「――ケケを、まずは信じたい。 それがチームや、ギルドの仲間に対する礼儀だろ」
七彩の暴食のギルドから、少し離れた場所にギルドに所属するメンバーたちのアパート施設はある。
ケケは、そこの一室のダイニングでアドレーヌから渡された手紙を恐る恐る開いた。 ひょっとしたら、これを目にしたら――。
「私は、みんなを裏切る事なんかしない――」
彼女の心理をよぎったのは、七彩の暴食の脱退。 しかし、ケケはそんな邪心をすぐに振り払い手紙の折り目を開く。 そこに何が書かれていても、ケケは最初から覚悟はあった。 突き返すと。
一行目から、ケケは目を通し始める。 やがて、ケケの手紙を持つ手は寒くもない部屋の中で、震え始めていた。
「おめでとうございます、ケケ・キージ様……あなたの『七色の宝玉』へのあくなき憧れと、その信仰心の高さに敬意を表し――」
――あなたを、我々が目指す『新時代』への招待をしたいと思います。――
――『人類の選抜』とは、我々の認める仲間の『証』――
――永久に、誰も傷つかない。 誰も不幸にならない。――
――おいしい食べ物も、幸せな家族も、あなたの望むものすべてがそこにある。――
――私たちと一緒に、四つの穴の向こうの世界に行きましょう。――
サファイア達の住む町とギルドのはるか先。 マグヒート。
灼熱が支配するその町の廃墟で、アドレーヌは赤いティンクルの男と二人きりだった。
「送ったのか、手紙」
「うん、きっと来るわよ。 あなた達の魔力が詰まってる手紙だもん。 最後まで読めば、きっと私たちのもとに来る」
「これで、お前が選んだ『人類の選抜』は以上なんだな、アドレーヌ」
赤いティンクルの男は、廃墟の中にあった机に腰を下ろしてアドレーヌに問いかける。 彼女は首を縦に振ると目を横に向けた。
「どうした」
そう言って、男は掌の火の玉を出す――警戒心の強さは、アドレーヌが一番よく分かってる。
「外に、ネズミが5組――それぞれ10名ずつの、グループ」
「国際指名手配犯!! 七彩の宝玉のメンバーよ!! 既に貴様らは包囲している、おとなしく投降しろ!!」
「国際ギルド会議で決まった事だ、今から貴様らを逮捕する」
外には、軍服を着た兵士たちが武器を持って構えていた。 キャタピラのついた戦車や軍用機も飛び交っている。
「テロリストの撤回しろとか言って、結局会議場にいたリーダーを洗脳して殺したんだ、許される道理がない」
その言葉を、廃墟の中で聞いていたアドレーヌは溜息を吐いた。 あーあと、呆れたように横にいた赤いティンクルも笑う。
「ピンクの奴、結局殺しちまったのかよ。 あいつもバカだな」
「どうするレッド、殺すの?」
アドレーヌの言葉に、レッドと呼ばれた赤いティンクルは薄ら笑みを浮かべる。 机から飛び降りるとレッドはアドレーヌと横になって歩き出す。
「それ聞いたら、スノウのバカがまた嘆くぜ。 アドちゃんがグレたぁって」
「ふふっ、そうかもね」
二人は笑うと、廃墟の入り口からまっすぐ出てくる。 それを見た兵士たちは銃を構え――。
「く、くるぞ――」
数分後、二人っきりになったマグヒートの真ん中でレッドとアドレーヌは歩いていた。 アドレーヌは携帯を取り出すと操作をして耳に持っていく。
「うん、もう終わったよピンク――大丈夫。 ケケは来るから」
アパート、ケケの部屋。
既に夜も更けている中で、ケケは部屋を飛び出した。 彼女の手はナイフが握りしめられ――目は虚ろだった。
「――行かなきゃ。 七色の宝玉のために……」
――行かなきゃ、新時代のために。