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小説「
雨
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作者名
桜木ハル
タイトル
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内容
*
湿った大気に、しとしとと物憂げな音が響く。連日の雨で景色は遠くかすみ、まるで色を失ったかのようだ。 そんな外の様子を、黙って眺めている者がいた。彼の名はエスカルゴン。この国・プププランドの大王である、デデデの側近だ。 エスカルゴンは机に体をもたせ掛け、そっとため息をついた。このところ、陛下はやけに張り切っている。今度こそ、あのにっくき星の戦士を倒すのだと、意地になっているのだ。今にも魔獣のカタログから目を上げて、自分を呼ぶに違いない――。そう考えると、エスカルゴンは一層憂鬱な気分になるのだった。 エスカルゴンは疲れていた。陛下のために日々働く彼は、夜も安心して寝ることができない。一旦何かを思いつくと、陛下は部下の事情など無視する。実際、夜中に叩き起こされたことが何度もある。 窓に伝う雨粒を見ながら、エスカルゴンは苦笑した。自分から進んでこの立場になったのだ。陛下に忠誠を誓ったあの日のことが、遠い昔の記憶のように思える。『いつか自分が王になる』。あの頃は、そんな野心を抱いていたものだ。 「お〜い、エスカルゴ〜ン」 その声に、彼はハッと我に返った。バタバタと廊下を走ってくる音がする。 (捕まってたまるか) エスカルゴンはそっと自室を抜け出すと、逃げるようにその場を去った。 あてもなく城の中をさまよっていると、いつの間にか古い扉の前に来ていた。そこは、彼が暇な時によく入り浸っている図書室の入口だった。無意識のうちに足がここへ向かっていたのだろう。エスカルゴンは周囲に誰もいないことを確かめると、素早く扉の内側へ入った。 部屋に入った途端、カビ臭いにおいが彼を出迎えた。古い書物のにおい。彼はこのにおいを嗅ぐと、なぜか安心する。以前そのことを陛下に話したことがあるが、本嫌いな陛下は顔をしかめただけだった。それもそのはず、陛下は文字が読めないほど馬鹿――おっと、これは言わないでおこう。 エスカルゴンは適当な本を手に取ると、椅子に腰かけた。ページをぱらぱらとめくり、紙のにおいを楽しむ。さて内容はどうだろう…と本に視線を落とした彼は、それが子供向けの絵本だったことに気付いて棚に戻した。 本棚の迷路を通り抜けながら、彼は背表紙の文字をたどった。読みたい本はすぐには見つからなかったが、ただこうして歩いているだけでも彼には十分気晴らしになった。 「あら、エスカルゴン」 「…!?」 急に後ろから話しかけられ、エスカルゴンは驚いた。振り向くと、そこにはパーム大臣の娘・フームが立っていた。 「珍しいわね、こんなところで会うなんて。何か探してたの?」 「お、お前には関係ないでゲス。この頭でっかちの小娘」 つい悪口が出た。 しかしそんなことは気にもとめず、大臣の娘はおだやかに言った。 「あらそう。じゃあお邪魔しちゃ悪いわね」 フームは奥の棚へと姿を消した。 エスカルゴンは、彼女に悪口を言ったことを少しだけ後悔した。 棚で本を探す間も、彼はなんとなく落ち着かなかった。本という花を求めて舞う蝶さながらに、彼はうろうろと歩き続けた。 本棚を見ることに飽き、机に戻ると、すでにフームは熱心に本を読んでいた。邪魔になるのを承知で近づいていってみる。 彼女はなんだかよく分からない記号の列を見つめていた。 「何を読んでるでゲスか?」 「……」 「おい」 「…ちょっと黙ってて」 本から目を上げぬまま、フームはメモ帳と鉛筆を取り出し、記号のいくつかを書き写した。それをしばらく眺めたあと、彼女はエスカルゴンのほうを向いた。 「何の用?」 「いや、何を読んでるのかなーって思っただけでゲス」 「あんたには関係ないでしょ」 ぴしゃりと言われ、エスカルゴンはかたまった。 しばらくして、また彼女は口を開いた。 「…嘘よ。さっきの悪口のお返し」 彼女は立ち上がると、本を棚に戻した。 「そういえば、あなたは何の本を探していたの?」 「いや…ただなんとなくここに来ただけでゲス」 「ふうん」 フームは、それほど気にとめない様子で相づちを打った。 「ねぇ、あなたはいつもどんな本を読んでいるの?」 「ええと…陛下の道具の発明や、それを助ける研究に関する本でゲス」 エスカルゴンは口ごもりながら答えた。 「じゃあ、あなたが読みたい本を読む時間はないの?」 「え? いや、そんなことはないでゲスが…」 エスカルゴンは半分うわの空で返した。 なぜこの娘はこんなことを聞きたがるのだろう? 彼には理解できなかった。 「あなたは本当に陛下のためを思っているのね」 皮肉めいた言葉を残し、フームはそのまま図書室を出ていった。 再び沈黙が訪れる。 エスカルゴンは、すっかり本を読む気を失くしていた。 図書室を出て、エスカルゴンは再び歩き出す。こっそり玉座の間へ行って中を覗くと、夢中でお菓子をむさぼるデデデの姿が見えた。どうやら捜索を諦めたらしい。 (やっと自由になった) エスカルゴンは安堵した。 素直に自室に戻る気もしなかったので、彼はこの気ままな散歩を続けることにした。 心地よい雨の音に誘われ、エスカルゴンは外に出た。傘を叩く雨音が音楽のように聞こえる。大気にあふれる湿気は、自分を包み込む柔らかな布のようだった。 やっぱり自分はかたつむりなのだ――そう感じた。 中庭に植えられた紫陽花。その葉の上に自分の仲間を見つけ、エスカルゴンはなんとも言えない気持ちになった。こんな気持ちになるのは、やはり彼らが同種だからだろうか。エスカルゴンは、たとえ自分のようにものを言うことはなくとも、彼らが自分の仲間だと信じていたかった。 エスカルゴンは、その小さな命を自分の手のひらに乗せた。 (自分がこのちっぽけな虫として生まれていたら、どんなに気楽だったろうか。あのうるさい陛下にも、言うことを聞かない人民どもにも悩まされず、ただ雨と共に生きていけたらどんなにいいか…) エスカルゴンは傘を投げだした。雨に濡れるのも構わず、彼は城の外へと歩き出した。肩に触れる雨粒。湿った大気と一体になったような感覚。彼は今、全身で雨を感じていた。 (…はっ) 気付くと、あたりは夕焼け色に染まっていた。自分が何をしていたのか、全く思い出せない。城を出たところまでは覚えているが――。 足元に嫌な感触が広がり、慌てて立ち上がる。なぜかエスカルゴンはぬかるみに座っていたのだ。 (結局、誰も私のことを捜しにきてくれなかったでゲスなぁ…) 泥を払いながら、エスカルゴンは考えた。 (そろそろ戻った方がいいかもしれんでゲスなぁ) 日が沈んだらしく、あたりは急速に暗くなり始めている。城に灯りがともった。 エスカルゴンは、デデデの部屋があるあたりを睨んだ。 (フン。こんな時間になっても私を放っておく陛下なんぞ、もう知らんでゲス。しばらく陛下とは口もききたくないでゲス!) エスカルゴンがそう考えた時だった。 ……おーい… 雨の音に紛れて、かすかに人の声が聞こえる。 ……おーい… ……おーい…エスカルゴーン… それは聞き覚えのある声だった。いや、聞き覚えがあるどころではない。毎日聞いている声だ。 ほどなく、夕闇の向こうに懐中電灯の灯りが見えてきた。 エスカルゴンは、先ほどまで腹を立てていたことも忘れて声の主を呼んだ。 「陛下ー!!」 エスカルゴンは駆け出した。走って走って、とにかく走った。どんなに馬鹿で憎らしくても、やはりデデデは自分の主人に違いなかった。知らんぷりしているようでも、本当は部下のことを心配しているのだ。 エスカルゴンが駆け寄ると、デデデは一瞬だけ表情がゆるんだが、すぐに厳しい顔になった。 「こんなに暗くなるまでどこへ行っていたぞい、エスカルゴン!」 「ご…ごめんなさい、陛下…」 声が小さくなる。 デデデはさらに眉を吊り上げた。 「まったく…わしはものすごく心配していたんだぞい! なんで急にいなくなったりしたんだぞい!?」 「…ええと、それは――」 デデデはエスカルゴンの返事をさえぎった。 「フン、お前の事情なんぞどうだってよいぞい。それより、その格好はなんぞい! こんなにびちょびちょにして…傘はないのかぞい!?」 エスカルゴンが黙ったままでいると、デデデが何かを差し出した。 「ほら」 「…え?」 慌てて顔を上げる。デデデの手には傘が握られていた。 「そのままでは風邪を引くぞい。わしはお前に風邪など引いてもらいたくないからな…ほら、この傘をやるぞい」 「へ、陛下ぁ…」 傘を受け取る手が震える。胸がじーんとして言葉が出ない。とまどいながら主人の顔をうかがうと、陛下はいつの間にか笑っていた。エスカルゴンは目頭が熱くなった。 デデデはエスカルゴンが自分を見つめていることに気付き、再び怒ったような顔をした。 「その情けない顔はなんぞい! お前がそんなのだから、毎回カービィに負けるんだぞい!」 無茶苦茶な理屈だった。でも、それでこそ陛下だ。 「…? 何を笑っているんだぞい? わしはそんなにおかしいことを言ったかぞい?? …聞いてるのかぞい、エスカルゴン! おい、エスカルゴン!! …まったく」 デデデはエスカルゴンの手を握った。 「ほら、帰るぞい。こんなところでおしゃべりしてたら、夕飯が冷めてまずくなってしまうぞい。ほら、エスカルゴン! 早く行くぞい!」 ものすごい勢いで手を引っ張られながらも、エスカルゴンは満足だった。やっぱり陛下は無茶苦茶だ。でも、たまにこういうことがあるから部下をやめられない。 「陛下…」 「ん?」 「…ありがとうでゲス」 「…! な、何を言っとる!? ほら、そんなくだらないこと言う暇があるんだったら、さっさと城に戻るぞい! それとも、そこでずっとつっ立っていたいのかぞい?」 「えええ、いやいや、とんでもないでゲス! はい、もちろん私は戻るでゲスよ」 慌てて答えながら、エスカルゴンはちらっと中庭のほうを見た。紫陽花の葉の上、今もそこにいるであろう自分の仲間のほうを。しかしすぐに目を前に戻した。 (虫になれたらどんなに気楽か、なんて、そう思った時もあった。さっきまではそうだった。でも、今は違う) 自分は幸せだ。エスカルゴンはそう思った。自分には居場所がある。この城、陛下の隣という居場所が。こんな自分でも、必要としてくれる人がいる。そんな人々を身捨ててまで、紫陽花の葉の上で暮らしたいだなんて――もし虫になれるとしても、本当に願いが叶うとしても、そんな馬鹿なことは絶対にしないだろう。 城へと戻る二人の足音を、雨の音が優しく包み、溶かしていった。 〜おしまい〜
投稿者コメント
「春告鳥」に続いて季節ネタ第二弾! 今回はエスカルゴンが主人公です。 以前からやってみたかった、デデデとエスカルゴンの関係をテーマに書きました。 いつもよりちょっと短めです。 本文中に、エスカルゴンが本のページをめくって紙のにおいを楽しむ というシーンが出てきますが、実は時々私も同じ行為をやってしまいます…。 本好きな方に分かってもらえると嬉しいです。
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