最上階にて
「ふーん……この景色も悪くないわね」
小高い丘の上にそびえ立つ、古びた砦の最上階。
無造作に置かれた巨大な牢の中に、
1人の女が閉じ込められていた。
「しかしねぇ……何で私なんか誘拐したのかしら。
別に何もないのに」
――――――――数時間前のことだった。
「……まとまったお休みなんて、いつぶりかしら」
数ヶ月前から毎日のように仕事が舞い込み、
休む暇もなかったせいで、体調を崩していた。
終日のお休みなんて、本当に何ヶ月ぶりだろうか……
「時間もあるし、コーヒーを淹れようかしら。
こないだあの子に貰った豆が……どこだっけ」
棚から取り出したコーヒー豆のアルミ袋。
外国産の最高級品。もちろん貰い物だ。
「……いい香り」
コーヒーの香りには様々な効果があるらしい。
元々コーヒーが苦手な癖に、体調を崩したときだけは
飲むようにしている。
……決して美味しくはない。苦手な事には変わりないから。
不意に、玄関のベルが鳴り響いた。
折角の休みだというのに、来客とは、何ともついていない。
「……はーい」
体が重い。こんな時、側にあの子が居てくれたら……
と、つまらない事が頭に浮かんでは、消える。
ドアを開けると、スーツ姿の見知らぬ男が3人、立っていた。
「木六花(たかぎりっか)……さん、ですね」
「……はい」
男の1人が、ファイルのような黒い物体と、
私の顔をちらちらと見比べている。
両側に居るもう2人は……軍手をしている?
「…………間違いない。おい、この女を連れて行け」
「「イエス、サー」」
突如、命令された男が、私の腕を掴んできた。
「ちょ、ちょっと!何するのよ!やめて!」
体が浮き上がる。男性の力に到底敵う訳もなく、
抵抗も出来ないまま、怪しく光る黒い車に乗せられた。
「いきなりなんですか!?私が何をしたっていうの!」
私のすぐ隣に座った男に、尋ねた。
答えは貰えないだろうという予測はしていたが……。
「木六花……君は我々に必要な存在なんだよ」
男はそう吐き捨てて、口に布をあてがう。
薬品の匂いが鼻を刺激する。
「必要って……私…が………な…………に……」
意識が遠のく。
意思に反して瞼は重く……重く…………
―――――――――そして、気がついたら、
この黒く錆びた牢の中に居た。
「……見下ろしてるのも、飽きたわね」
砦の最上階には、娯楽はおろか、監視役すら居ない。
悠久とも思える時間を割く術は、何処にもなかった。
座ったり立ったり、軽く体操をしてみたり、
踊ってみたり……どれも結局飽きてしまう。
「つまらないわ。私なんか、金持ちでもない。
何も持ってないのに。身代金目当てなら、
もっと違う人がいるでしょう?」
誰もいない最上階の入り口に向かって、強がりを言う。
得意の虚言癖も今となっては、気休めにもならない。
「……が」
そんな状況下で、心の声など、留めておくだけ無駄だった。
「来太が、来てくれたら……」
虚しい独り言は、激しく吹き荒ぶ風の中に、消えた―――――――――――