EP.7-1 Farewell 1
辿り着いたのは、ガラス張りのビルに囲まれた狭い路地。
人間としてここにやって来てからは、一度も訪れていなかったけれど、道はハッキリと覚えていた。
「ここは……?」
「ここで僕は、初めて、人間としての姿を見たんです。僕は……」
言葉が上手く出てこない。
“あの日”がまるで昨日のことのように思い出される。
「……そっか」
「あれから、もう1年が経っちゃったんですね」
口に出してみて、改めて感じる。月日が経つのは本当に早い。
「……僕、キャベツに戻らなきゃ」
空を見上げる。悪魔の“お迎え”は、まだだろうか。
青く澄んだ空には、季節外れのモンシロチョウが5匹、飛んでいた。
「あれ?珍しいね、こんな時期にモンシロチョウなんて」
軽々と舞う蝶たちがゆっくりと降りて来て、僕の肩に止まり始める。
あれよあれよという間に全ての蝶が肩に止まってしまった。
「ほら、モンシロチョウが集まって来てるでしょう?もうちょっと戻りかかってるんです」
「ふふ……あっ!肩!」
緑さんの言葉で肩に目をやると、蝶たちが止まっていたところに、黄色い卵が点々とくっついていた。
「ああ……!まだ産んじゃダメだよ!」
慌てる僕。それを見つめる緑さんの姿。
永遠の別れだというのに、涙一つ見せない艶姿。
その目は温かさに満ちていた。
「あの!」
改めて、緑さんと目を合わせる。
頭上の空にも引けを取らない、澄み切った瞳。
「何?」
目線がかち合う。
一瞬だけ“あの日”に戻ったような気がして……胸が苦しくなってくる。
「……まあ、忘れてください。キャベツが人間の女性に、恋をしただなんて」
僕が初めて緑さんと出会った日から、ずっと心の中にあった、もやもやした感情。
今まではどう表していいか分からなかったけれど、この期に及んではハッキリと、胸を張って言える。