EP.5-10 Sorrowful 10
「……どうしてですか。謝らないでください」
かつて緑さんに言われた言葉を、そのまま言い返してみた。
「それ、私の真似?」
今までずっと泣いていた彼女に、少し笑顔が戻った。
それでも彼女の目からは、まだ、涙がこぼれていた。
「…………お兄ちゃん……」
今の僕は、緑さんの涙を、どうにかして止めてあげたい一心だった。
「緑さん!」
今まである程度の距離を取っていたが、遂に。
ほとんど無意識に、
彼女を胸の中に抱き寄せていた。
「え……」
僕の左肩に、緑さんのぬくもりが伝わる。
人間の心臓が、弾けてしまいそうだった。
「……分かりました。今は、今は……存分に、泣いてください」
僕の鼻には、彼女の髪の匂い。
僕の耳には、彼女のすすり泣く声。
そして、僕の手には、彼女の柔らかな体の感触。
僕が今まで感じてきた人間としての感覚の中で、
一番心地良くて、一番ドキドキする。
「この胸なら、いつでも……いつでも、お貸ししますから……
泣きたい時は、泣いてください」
左肩が、彼女の涙で湿っていく。
「僕なんかに、お兄さんの代わりが務まるか、分かりませんが……」
本当は「兄」よりも、もっと深い関係が良い……とは思っても、
当然、言い出せなかった。
「縁くん…………ありがとう……本当に、お兄ちゃんみたい」
少し顔を上げて、僕の胸の中で、彼女が言う。
「ありがとう…………ありがとう……」
彼女は泣きながら、しばらく、その言葉を繰り返していた。
僕は、彼女の涙が止まるまで、
ずっと、ずっと……彼女を胸の中に、抱いていた。