そのD 紅猫さんの深紅で”白の季節”
もう外にでると凍えるような寒さを感じる季節になった。
ざわめく人ごみの中、白い息を吐き出して私は歩く。
悴んだ手に息をかけ、そっと手を合わせてその人波を掻き分けて行く。
「寒い…」
ぬくもりがほしいけど、どこにもない。
明日こそぬくもりを得られる?
そんな明日を夢見ても、その明日は届かないと知ってる。
寒い寒い、悴んだ手は痛くて、指先はもう感覚もなく動かない。
「…?」
ひらり、視界の端をよぎった白いそれ。
空を仰げば白いカケラ<雪>が降り、重なり合ってる。
白いカケラは重なり降り積もり、徐々に世界を染めていく。
コレじゃもう、私の声<歌声>も響かないね。
ひっそりとそう思う私の心は冷え切って凍ってる。
この冷えた心を、どうか温めてほしい…。
お願い…白の季節<冬>。
「全てを隠さないで…!!」
君に聴いてほしいこの声が響かないよ。
この声すら隠さないで。
伝えたい聴いてほしいそれのかわりに、待ち焦がれた春の歌を紡ぐ。
「春よ、鳴り響け…どうか――」
永久(とわ)に…――。
家に入れば、壊された時計の針が目に付いた。
ずっと鳴り響いてた電話のベルが、途切れてる。
止まった時間みたいに、途切れた電話のベルみたいに、君と繋いだ手の優しさが消えてる。
どこかに置き忘れてしまったかのように、全て消えてる―。
大事なことを何一つ伝えられないまま、ただただ時間だけが流れて行く。
進めない動けない、何もできない私。
街も人も誰もが皆、そんな私を置き去りにする。
そしてまた、冷たく寒い、大嫌いな冬が来る。
――何かが砕けるような、ノイズのような、そんな音が聞こえた気がした。
そして、何かが思い浮かぶ。
何を伝えようとしてたのか、誰に伝えようとしてたのか、全てを思い出した。
この声はまだ、枯れてないから。
響かないと諦めた歌を最後まで叫ぶ、叫ブ。
寂しい、悲しい、ひとりの夜は怖いよ…。
君に伝えたいそれを響かぬ歌に乗せて叫び、 寂しく悲しい夜を一人で…。
あぁでも、そんな夜は怖い。
「私が、消えてしまいそう」
降り積もる白のカケラが全てを染めていく。
白の季節<冬>が、私を隠そうとする。
「お願い、私を隠さないで…ッ!」
君に聴いてほしいこの声が、隠れてしまう。
全てを乗せて歌い叫ぶこの歌が…。
そんな私は、届かぬ明日を夢見た。
その明日があるように。
そして、明日の私に笑顔があるように。
この歌とともに、そっと。
「祈るよ…」
誰にも気づかれないまま、ひっそりと。