マイバグリッチワールド
「私は今、奇妙な現象に悩まされています。
普通に生きているだけで、世界の様子が変わっていくのです。そんなの当たり前じゃないかと思う人もいるかもしれませんが、その変わり方が尋常じゃないんです。
ある日のこと、寝て、起きると、世界は一変していました。テレビをつければ、猫を食べて食レポしている人が映りました。
最初はテレビがおかしくなったのではないかと思ったのですが、家族はそれが当たり前のような顔をして、
「あら美味しそうね、今日の夕食は猫にしようかしら」
とか、
「えー、犬がいいよ」
とか意味不明なことを言っていたんです。
犬がいいよ、と言った弟らしき男の子に関しては、昨日の時点ではいなかったはずなんです。なぜなら私は一人っ子だからです。
とにかく、寝て、起きたら世界の常識が変わっているんです。
しかもそれだけではなく、例えば今、目の前に父がいたとします。私は一旦、父から目を逸らし時計を見て、そしてもう一度父の方を見ると、
父の姿が変わっているんです。さっきまでかけていなかったメガネをかけて、服装も変わっているし、何より顔が別人になっていました。
このように、目を逸らすたびに人の姿が変わるんです。家族はもちろん、友人も、先生も、通りすがりの赤の他人にだって同じ現象が起こります。
つまり、今の私に起こっている現象は、
・毎日寝て、起きると世界の常識が変わっている
・人から目を逸らすと、もう一度目を向けたときに、その人の見た目が変わっている
私は以上の現象に非常に悩まされています。お願いします、助けてはくれませんか。」
そんな手紙を持って、この探偵事務所にやってきたのは、西野エリ、という少女だった。
「…手紙は読みましたが、これは探偵に頼むものなのでしょうか…?」
と、不思議そうに探偵の志麻は言った。そう言いながらも事件解決までの筋道を考えていた。
すると、
「それにどうして手紙で?」
と髪の長い、助手のカレンがエリの顔を覗き込んで言った。
「あ、あの…その、私、説明が下手で…、だから、なんとか分かりやすく説明しようと、文にしてみたんです…」
「ああ、なるほど!」
「あと、探偵さんなら、頭がいいから、解決してくれそうかも…と思ったので…」
「…ふうん…」
志麻は頷いて、手紙をもう一度読み返していた。依頼を受ける、という意味らしい。
「この、「寝て起きると世界の常識が変わる」というのは、いつぐらいから始まった?」
「えっ…と…、去年の…、12月3日…だった気がします」
「なるほど!そういえば、今日は12月2日…、明日でちょうど一年になるわけですね!」
カレンはまるで友達のようにエリの横に座って、ニコニコしている。同年代の子供が来たので、嬉しいのだろう。
その時、エリは志麻からカレンに目を移してしまったので、そのあと志麻の姿が変わったことに一瞬驚いていた。しかしもう慣れたようで、何事もなかったかのように
「はい、その通りです」
と返事をした。
カレンは無愛想なエリに少し不満なようで、隣で膨れていた。
「…では、今現在の世界で、西野さんから見て「常識が変わった」と感じるところはどこ?」
と志麻がまた質問をした。
「…人間が当たり前のように宙に浮いて、飛行して移動するところ…、だから車や自転車が無いところ…、船もいらないから、無人島だった場所にも人が住んでたり…とか、そういうところですかね…」
「…西野さんにとっては普通じゃないんですね…、そうですか…。では街の方など、飛行人間で混雑してますから、びっくりしたでしょう?」
「ええ、びっくりしました!あ、そういえば、アスファルトの道路も無かった…!」
「クルマって何?ジテンシャって?」
カレンが不思議そうにこちらを見ているのを目の端で捉えた。
「…えっと、乗り物です。この世界でも、あまりに遠いところに行く時は、飛行機を使うじゃないですか。そんな感じで…、飛べなかった世界のときに使っていたものです…」
「へー!なんか乗ってみたいかも!あ、そういえば、エリちゃんって呼んでいい?あたしのこともカレンって呼んでいいから…!」
「カレン、西野さんが来て嬉しいのは分かりますが、今は依頼人の話を聞く時間ですよ」
と、志麻が制すと、
「はあい…」
カレンはしゅんとした様子で席に座り直した。
その後も話を聞き、解決のための情報を集めた後、エリは家に帰った。
志麻は、必ず解決する、と約束してくれた。
翌朝。
エリは窓の外を見て、驚いた。街が崩壊していたのだ。そして急いで外に出ると、自分の家も崩壊寸前だった。危ないので、すぐに離れようとして、人っこ一人いない街の中の、瓦礫が落ちていない場所を踏みながら走っていると、不意に体が浮いた。昨日と同じで、飛行能力があるようだ。
それに気づいたエリは、昨日そうしたように、上空を飛んで、志麻探偵事務所へと向かった。
すると、その事務所も崩れていた。それに、瓦礫の周りには志麻探偵も、カレン助手もいない。
寂しさと、恐怖とで、泣きそうになりながら事務所の中に入った。もしかしたら二人は中に取り残されてるのかもしれない。入り口は、触れるたびに軋むような音がするが、崩れることなくそこにあった。ドアを開けて、中に入ると、誰もいなかった。もうどこかに避難したのかもしれない。
それにしても、私が寝ている間に何が起こったというんだろう…、と考えながら、なんとなく事務所の中を彷徨いていると、ふと、机の上にある白い手紙の存在に気づいた。志麻探偵が書いたものらしい。宛名に私の名前があったので、急いで読んでみた。
「この手紙は、明日になったら消えているかもしれない。しかし、もし消えていなかったとしたら、迷わず、直ちに読んでほしい。
最初に謝っておきたいのが、現段階では解決はできていない。しかし、私なりの推理で、現象が起きる意味を突き止めることができたと思う。
この現象は、「助走」だ。
昨日、話を聞いていると、世界の常識の変わり方が、一ヶ月ごとに大胆になっていると感じた。
最初は、猫を食べたり、食生活や倫理観の変化だけだった。しかし最近になっては、人類が飛行能力を手に入れたりしている。
そして、明日でこの現象が始まって一年になると言っていたね。
もしかしたらその日に何か、世界に大きな変化が訪れるのかもしれない。ならば今までの現象は、その大きな変化を起こすための、一年かけた、大掛かりな助走だったわけだ。
あと、なぜ西野さんだけにその現象が起こっているかについても考えた。結論から言うと、きっとここは
あなたの世界だから」
その一文を読んだ瞬間、意識が途絶えた。
アンドロイド005 西野エリ
彼女は、我々がデータとして組み込んだ、「人間としての一般常識」を、命令していないにも関わらず、1日ごとに、少しずつ改変していった。
そのくせ、自分で生み出した常識を理解できず、混乱しては我々研究者を困らせた。
また、人の顔を認識し、記憶するのが困難で、一度目を逸らした人物のことは別人だと思い込んでしまう。
彼女は人間でいう妄想癖のように、勝手に自分の世界を作ってしまう。自身で生み出した常識、家族、友人や教師などその他の人物等々。
おそらくAIの不具合によるものと思われる。
確認済みの架空人物の名称:「志麻」「カレン」
追記
12月3日、彼女は不良品として処理された。
○実際の夢
母と、父で無人島に行って、そこで狩った猫を食べた夢でした。猫の見た目はゆるキャラみたいに単調で、卵焼きのような味がしました。
父の姿が目を逸らすたびに変わりました。
ウォーリーをさがせ!のウォーリーみたいな顔と服になってた時もありました。