アッサントゥーレ王国:シデュアール
私には、待ってる人がいた。
もう、十何年と待っているけど。
早く、助けに…。
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「まだ奴隷制度の残る町、シデュアール。
(と、言ってもこの町の管理者だけが雇うことが出来る。
…召使い、の方が正しいのか。)
この町の管理者の屋敷に、独りの少女が召使いとして、閉じ込められていた。
名は…かなり長いが、短くしてあげるならば『スレイヴ』という名だ。
一番最初の職業が、別のお屋敷で召使いだった。
その後、とある事情で召使いという職業から解放され、黒い妖精と何十年と旅してきた。
が、その途中で訪れたこの町で、スレイヴは管理者に目をつけられ、
召使いとなるよう何度も迫られ、挙げ句の果てに
一緒にいた妖精を何らかの方法で痛めつけて動けなくして、スレイヴだけが拐われたのだ。
その妖精が気を失う寸前、残りの力を振り絞ってこう言った。
『必ず、助けに来る…だから…まっ…ててく…れ……。』と。
それ以来、彼女はその黒妖精の言葉を信じて、管理者のもとで働きながら今もずっと妖精が来るのを待っている…。
と。どうだい?旅人さん。この町の有名なお話さ。これが聞きたかったんだろ?」
一人の男が、旅人に向かって言った。
「ええ。ありがとうございます。」
旅人はそう言うと、何処かへ去って行った。
この旅人、薄紫の体色に少しボロボロの紫バンダナ、
キッとつりあがり光のない紫の目、旅人なのに何故か武器1つ持たない、変な旅人だった。
…もうお分かりだろう。この旅人の名はカレノア。
これは、彼女が仲間と会う前の話だ。
「さて…と。閉じ込められている少女、ねぇ…。
管理者の屋敷にとまるんだし、どうせなら見ていこうかしら。」
カレノアが、表情1つ変えず小さく呟いた。
その後、暫くその場にとどまっていたが、すぐに向きを変え、屋敷へと歩き出した。
多くの人々とお店で賑わう大通りに出て、
其処を暫く歩く。歩き続けるとお店の数も人も徐々に少なくなっていく。
さらに進むと人気がなくなり、周りには花が咲いているだけだが、
いきなり、目の前に黒い門が現れる。
其処を潜り抜けると、ようやく屋敷が見えてくる。
赤い屋根に白い壁、豪華なカーテンつきの窓に広いベランダ。
その下には緑の草原が広がり、風が絶えず草木を揺らしている。
また、屋敷の奥には真っ青で綺麗な湖があり、時々魚達が楽しそうに跳ねていた。
「豪華ね…。中はどうなってるのか。嗚呼、先ずは管理者に挨拶しないとね。」
カレノアはそう言って、屋敷のドアの前へと迷いのない足取りで向かって行った。
そしてドアの前についた時、呼び鈴を軽く押した。
暫くすると、一人の女が勢いよくドアを開けた。
「あら、旅人さんですか!町で噂の、紫づくめの。
お待ちしておりました!ご主人様が会いたがっているのです、ちょっと私についてきて下さい。」
召使い…だろうか?女は一人で話を進めると、ゆっくりと歩き出した。
そして、1つのドアの前で止まり、
「こちらがご主人様のお部屋で御座います。中へ、お入り下さい。」
と、言うとカレノアだけを入れて去った。
「ご案内、どうもありがとう。
…初めてお目にかかります、管理者様。会うことができて光栄です。」
カレノアはやはり無表情のまま管理者に向かって言った。
「ようこそ、旅人さん。用件はお聞きしました、この屋敷に泊まりたい、と。
生憎、部屋が空いてないので召使いと同じ部屋でも、いいですか?」
管理者の男は愛想よく笑いながら、カレノアの方を見ていた。
「ええ、泊まれるまら何処でも構いません。其処でお願いします。」
カレノアはキッパリと言うと、男からその部屋の鍵を受け取り、
失礼しました、と一言呟いて足早に部屋の方へと向かって行った。
貰った鍵を使って、自分の泊まる部屋の中に入ると、窓際に一人の少女が、空を見上げながら立っていた。
が、こちらに気付くと少し戸惑ったような表情をしていたがすぐ笑顔になって、
「旅人さん、ようこそ!私はこの屋敷の召使いです。どうぞ、ごゆっくりと寛いで下さい!!」
と言って、その後も明るくニコニコしていた。
「ええ、じゃあ遠慮なくゆっくりさせて貰おうかしら。
私の名はカレノア。本名はもう少し長いけど、忘れたわ。貴方は?」
「カレノアさんね!えっと、私の名前はスレイヴ!スレイヴよ。
私も本名はもう少し長かったけど忘れちゃったの。」
カレノアが自分の名前を言うと、スレイヴも笑いながら名前を名乗った。
「スレイヴ…ああ、貴方もしかしてあの妖精を待っているという少女かしら?」
カレノアはお話を思いだし、その事をスレイヴに聞いた。
「旅人さん、知っていたのですか…!
そうです、今もずっと、その妖精を待っています。もう十何年と経ちましたけど…。」
そう言うと、スレイヴは少し悲しそうな表情をした。
それを見てカレノアはうつ向いて少し何か考え事をしてたが、直ぐに顔を上げて口を開いた。
「スレイヴ。貴方、ここから出たい、とは思わないの?
…きっと、ここに居てもその妖精は来ないと思うわ。
どう?私と一緒に町へ出てみない?」
カレノアは相変わらずの無表情でスレイヴに話しかける。
するとスレイヴは、少し怒ったように、でも半分分かってたように、カレノアに問う。どうして彼は来ないのか、と。
「普通に考えれば分かるわ。恐らく、彼は屋敷までは来ている。
…でも、自分の家の召使いを奪い返そうとしている人を、
誰が屋敷に入れたがるかしら?多分、彼は追い返されてしまったんでしょうね。私の推測。」
「嗚呼、そういう意味。確かにそうですね、私が此処にいても彼は…
絶対来ない。来れない。」
スレイヴはそこで言葉をきり、少し間をあけてから再び口を開いた。
「お願いです、カレノアさん。私を此処から出してくれませんか?
こんな狭苦しいところよりも、広い世界に…!」
それを聞いたカレノアは、待ってましたとでも言うように、不敵な笑みを浮かべた。
「良いわ。私が貴方此処から出す。だけど、今は駄目だから今夜実行するわ。」
カレノアはそれだけ約束して、部屋をでた。
スレイヴは、ご主人様に呼ばれたため、すぐに作業へと向かった。
(門には門番がいる。でも、町へでるには其処を通るしかない…。
嗚呼、睡眠薬がまだあったわね。これを使えば…。)
とちほ