そのB 松本さんで”金色夜叉”
気もそぞろと吹き荒れる風に手を引かれるように、夜を超え野を越え、月の果てまでも駆ける、駆ける。
しかし駆けて駆けて、疲れて足を止め、今日もまた届かない空を見る。
どれだけ駆けても、届くことはない。
天ほどにも長い時を超えて、学び得た物は今も昔も変わらず、そこにある”無常”。
どの時代も変わることがなく、俺だけでなく誰のそばにもあたりまえにある。
仰ぎ見る空に浮かぶ月。
松本「嗚呼…朧月夜が目を焦がすな…」
それでも、今宵こそは。
そう思い、呟くことで決心を強め柄を握っておきながら、迎えた朝はいざ知れず。
けれど、もはや命も後僅かしかない。
さらば――
松本「立ち上がれ…!!」
金色の羽織を纏い、一族の証なる鬼の旗を掲げる。
さぁ、狙うべきはあそこの闇の覇道。
おぞましき、修羅よ。
さぁ、その血のある限り…
松本「月灯りに、踊れ」
斬り、鮮血散らせた、いつもの晩。
これまたいつもの晩。
駆けて駆けて、その果てのいつもと違うとある晩。
御簾の中に一目見た美しき眼(まな)。
松本「去り行くのは、お前か…ッ」
一人でよに咽ぶ、なぜかと声に出さずにて。
傍らで鳴かぬ蛍が身を焦がした。
去り行くあの人はあさましくもその血が、鵺の香りを孕むこと。
切り結ぶのが宿命(さだめ)だというのならば、この愛の芽はいったい何処へと…?
無碍なるは時の遊びか…或(ある)いは契りか?
敵対するモノを斬り、斬り、また斬り。
迎え討つのは千の刃、桜を血で染め上げる。
松本「…血染めの桜か…。…さぁ、その身のある限り骨喰(ほねばみ)の音を聞け」
そして、食いちぎる。
骨すら噛み砕く、その音を響かす。
所詮俺は、鵺とも全てとも敵対する、鬼(夜叉)だ――。
今宵もまた、金色の羽織を纏い、一族の証たる鬼の旗を掲げる。
狙うべきは、闇の覇道。
今度は、勇ましき修羅よ。
さぁ――
松本「その血のある限り、月灯りに踊れ…!」
今宵もまた鮮血を迸らせる、月夜の晩だ。
春の夜の闇はあやなし(不条理でわけがわからない)。
浴びる紅化粧(迸らす鮮血をこの身に浴びて)。
愛(かな)し詩を呟きゆけ、かぎりあるみちを。
松本「”お前が死んだなら花は誰の為に咲くというのか…”(あゝ、そなたが朽ちたらば花は誰(た)が為咲く…?)」
呟く詩は愛しく悲しく、静寂と血の中に響く。