空を泳ぐ幻想
僕はもう一度、空を見上げた。無機質な青色が息苦しい。
「本当に出られるのかなぁ…」
もはや形だけとなった疑問文を隣に座った少女に投げかけるのは、これで152回目。
「まったく… ラノ兄ちゃん、その質問いい加減に飽きるよ!! もう、ここに住んじゃえぐらいの意気込みでいないとダメでしょ?」
少女は明るく返事をした。その口調も妙に癪に障る。
「でもビバリ、こんなところに閉じ込められていてもいいんですか?こんな誰も居ない町、いたって仕方ありませんよ。」
僕らがここにたどり着いてから、何日たったんだろう。
ある日、気がついたら僕らはここに立っていた。
僕達の住んでいる町と何ら変わりないような、華やかなビル街。
だけど、なんだか奇妙だった。
僕らは…ビバリはここに来た時からかなりテンションが高かったので、実際は僕だけかもしれないが…不思議な圧迫感に押しつぶされそうになっていた。
その理由に気がついたのは、つい一週間前。
3日の間、なぜ気づかなかったのかって、笑われるかもしれないけど…。
そう、ここは無人の街。ビルが立ち並ぶ近代的な都市なのに、僕ら以外の人が居ない町。ビルに取り付けられた液晶は知らない言葉でCMを流し、でもそれに振り返る人なんていない、そんな町。
僕らしかいない、そんな緊迫感がぼくを押しつぶす、そんな町。
僕はまた、空を見上げ溜息をついた。
どれぐらい、こうしていただろう。突然、隣からぐぎゅるるるっと、緊迫感のない音が響いた。
「あ〜… もうお昼だねぇ」
どうやら、鳴いたのはビバリの腹の虫のようだ。相変わらずの青空の真ん中に、白い光が浮かんでいた。
「…んじゃ、お昼食べに行こっか!!」
ビバリはそういうと、僕の手を引いて近くのビルに入っていった。
入り口にでんと構えている豪勢な机の上には、出来立ての料理が並んでいた。
いつもこうだった。ビルに入ると当たり前のように出来立ての料理が並んでいる。
「…ふぅ」
最後に皿の上に残った分厚い肉片を食べ終えると、溜息が漏れた。
「おいしかったぁ♪ねぇねぇ、ラノ兄ちゃん、次はどこに行く!?」
向かいに座るビバリが、身を乗り出して聞いてくる。
彼女には、この街がアトラクションに見えているのかもしれないな…なんて他愛のないことを考えながら、このあとの行き先を思案する。
「…それじゃあ、また彼処に行きましょうか。」
思いを巡らせた果てに僕の脳裏に浮かび上がったのは、あの"泉"の風景だった。
入り組んだ路地裏を歩く。騒音であふれていた大通りとは対照的に、ここは無音だ。
僕たちは、何も話さなかった。
ふと隣のビバリを見上げると、不安そうな顔をしていた。
「わかってますよ。ビバリも隠してるだけで、本当は不安なんですよね」
どれぐらい歩いただろう、僕達がそこにたどり着いた時には、もう既に日が傾きかけていた。
ここは町の中央にある泉。
淡い光を放つ、虹色の水が湧き出す噴水。
その泉は、シャボンのように光を反射する不思議な膜に守られていて、僕らは近寄ることも出来なかった。
だけど、ここにくると落ち着く。町に充満している圧迫感も、ここでは感じない。
なんだかんだ言って、ここに来てからというもの、ここには毎日来ているような気がする。
「ラノ兄ちゃん… 本当に、出れるのかなぁ…」
俯いたビバリがそう漏らした。
「大丈夫ですよ、ビバリ。お兄ちゃんがついてますからね…」
そして、ビバリの片手をそっと握る。
2人で座って、空を見上げた。茜色に染まりつつある空が綺麗だった。
その虹の泉から色彩が消えて行くのも、気にならないくらいに。