今日の仕事は
「お迎えに上がりました。…ここが貴方の終点です。」
いつも通りに死を迎える人のもとへと向かった僕。
今日のお客様は一人の少女だった。
瞳は夜の月のように金色で、いつもぬいぐるみを抱いていた。
体色は白、『ヴァイス』と呼ばれる色であり……とても綺麗だった。
大人になったらモデルになれたかもしれない。
けどその子は、大人になることを、神様にゆるされていなかった。
その子はとても大きな病におかされていて、今日までが限界だった。
その子にも、穏やかな死が近づいてきていたから。
逃れなれない運命が彼女を包み込もうとしていたから。
死を迎える間際、彼女は両親にこう言っていた。
「わたしね…おようふく屋さんに…なりたいんだ…。」
掠れた声でそう言って、彼女は微笑んだ。
魂と肉体が分離して…彼女は死を迎えた。
「…貴方の行き先、全てはアヌビスによる審判で決まります。」
「もう、いいのですか?僅かな時間ではありますが、お別れを言う時間を与えることもできますが。」
いつも通りのことを少女に伝える。
少女の霊魂は静かに微笑み
「もう、大丈夫です。」
そう言った。
ならば早速仕事に取りかからねば。
「分かりました。」
「では、逝きましょうか。」
少女の白い手を掴み、僕は翼を広げる。
そんなに大した時間はかからない。
すぐそこ…という訳でもないが。
「ねぇ、死神さん。」
「貴方は、どうしてこの仕事をやっているのかな?」
不意に話しかけられた。
死者から話されることといえば愚痴ぐらいと思っていたら違った。
それは幼い少女の問いかけ。
そんなこと考えてみなかったなんて言えるわけがなかったんだ。
だからと言ってはぐらかすのも僕の性には合わない。
だから素直にこう言ったんだ。『私にも分かりません』と。
すると彼女はクスクスと笑い、次にこう言った。
「死神さんはこの仕事、いやじゃないの?」
そりゃぁ面倒だし嫌に決まってる。
けど、これが僕の義務だから……義務?
義務って、なんだ?
「本当に、それでいいの?」
少女はまた問いかける。
まるでその問いかけは、僕の全てを見透かしたような……答えるのにすごく困る質問だった。
さらに少女は続ける。
「死神さんは、どうしてこの仕事をやっているか、何故この仕事をやらなきゃいけないのか、知りたくないの?」
「『真実』を知りたくないの?」
クスリと微笑みながら幼き霊魂は死神に問いかける。
『真実』。『真実』なんてものが本当にあるのなら。
別に僕がこの仕事をどうしてやっているかなんて、そんなことに興味はない。
ただ、僕が知りたいのは………
「……どうして、君みたいな幼い子が、死を迎えなくてはならないのか。」
「別に自分のことなんて、どうだっていいさ。」
「それよりも、何故『死』という理不尽な現象が存在するのか……僕はその真実を知りたい。」
幼き霊魂への問いかけに対し、死神はそれを知りたいという真実を答えた。
幼き霊魂はそれを聞くと一瞬驚いた表情をするが直ぐに微笑み、こう告げた。
「『死』を迎えるのはね。」
「私達が悪いからなんだよ、きっと。」
そこまで言うと少女は空を仰ぎみる。
そこにはもう綺麗な空は無く、灰色だけがあった。
光のさしこまない、雲におおわれた空。
それは、陰リノ国に着いた証拠である。
死者を迎える門番は此方の姿を確認するともう帰っていいという合図を出してきた。
これで今日の仕事は終わりだ。
けど、彼女との話は終わらなかった。
「人間が愚かだから、死ぬようになっちゃったの。」
「神様が怒って、死という事象を引き起こすようになったの。」
門番に連れ去られる前に彼女は確かにそう言った。
つまり、恨むなら先人達を恨め。
そういうことなのだろうか?
「さよなら、死神さん。」
その声が聞こえたと同時に、少女の姿は消えた。
……ここからは門番の仕事だ。
関係の無い僕は立ち去るのが一番である。
黒い草原の中を、ただ一人で歩く僕は無意識のうちにこう呟いた。
「人間が悪くても、神様もそんなに酷いことしなくてもいいじゃないか。」
ぽつりと呟いたそれはまるで子供の反論。
もちろんその反論が神の耳に通る訳もなく、空へと消えていった。
この空が晴れるとき
きっとそれは神様が顔を出すとき。
愚かなる者達の様子を笑いながら見るときだけであろう。
「死神さんも、死んでるのにね。」
白い少女はそれだけ呟いて、多くの死与に見守られながら消滅した。