Episode2 〜神の槍を使う者〜
それはある曇り空の下で起きた出来事。
海に近くて森にも近い平和な場所に、ひとつの家はあった。
波の音と小鳥の囀りが心地よく聞こえてくる、そんな喉かな場所だった。
村からは少し遠いけど、特に苦労はしない。
だって私はここが好きだから。
「雨、降るのかなぁ…。」
曇り空を見つめながら私はふと呟いた。
誰に話す人もいない。なぜなら一人暮らしだから。
干した洗濯物を出来るだけ軒下によせ、ひとつため息を漏らした。
仕事は何もしてなかった。18歳で仕事をしている人は結構見たことがある。
まずこの村には仕事があまりない。
あったとしても漁師と商人と"ソルジャー"くらい。
昔から体の弱かった私にはどれも出来そうにないのである。
「今日は何しようかな…。」
そう言った途端、鐘の音が鳴り響いた。
「また魔獣かぁ…。」
魔獣が出てきたらこの村の人は鐘を鳴らす。ソルジャーと村人への合図である。
魔獣の暴れる音と武器の音が響き渡る。"戦いの音"である。
私はこの音があまり好きではなかった。
魔獣が大嫌いだった。
『そこに誰かいるのか…。』
頭に突然声が響いた。
後ろを振り返っても誰もいない。
まるで脳に語りかけてるような声は今私を呼んでいる。
「誰?」
『いるのか。頼む、助けてくれ…。今から場所を言う。』
姿の見えない男性の声に案内され森に入ること5分。
目の前には大きな木に寄りかかって座っている男性がいた。
あまり男性と話した経験はない。
が、今はそういう時ではない。
「来てくれたか…。」
その男性は体中傷だらけで、着ている服は所々裂けており、足は血まみれだった。
「酷い…。」
思ったままに漏らした言葉はそれだった。
「少し手強い魔獣に足をやられてしまってな…。」
「とりあえず応急処置をします。私の家はここから5分なので。」
「それは大丈夫だ…。それより薬草はないか…?」
「えっ、薬草ですか?薬草なら確か…。」
森にはたまに薬草が生えている。しかし薬草は痛みを直すもので傷が治るわけではない。
薬草はすり潰して薬に使ったりそのまま食べたりして使う。
考える間もなく薬草を抜き男性に渡した。
「助かる…。」
男性は薬草を取ると、その薬草を口に入れ、水と共に飲み込んだ。
すると体中にあった傷は一気に消えた。
「すごい…。」
まるで魔法のようであった。
「はぁ…。世話になった。礼を言う。」
男性はそういって立ち上がった。
が、2〜3歩歩いた途端倒れ込んだ。
「大丈夫ですか!?」
「…腹が…。」
「えっ!?」
「・・・減った…。」
というと男性は意識を失った。
「えぇっと…。」
男性を抱えながらなんとか家へと戻った。
家に着くと男性が意識を取り戻した。
「ここは…。」
「私の家です。ほら、腹が減ったって言ってあなたが倒れたんで…。」
「そうか…。すまんな…。」
体が熱い。特に顔辺りが熱い。
「そ、そんな謝らないでください…。」
男性は納得し、辺りを見回している。
あの人ははどんな人なんだろう…。魔獣と戦っているところソルジャーかな。
そんな想像をしているといつの間にか料理が出来ていた。
いつもと何かが違う。今日あったばっかりの他人をここまで気にしたのは初めてだった。
「出来ました。お口に合わなかったらすいません…。」
普段家事は自分がしているので料理には慣れていた。
「すまんな…。世話になってばかりで…。」
「ぜんぜん大丈夫です。」
男性はいただきますというと作った料理を口に運んだ。
男性の反応が気になった。不味かったらどうしよう。嫌いな食べ物とか入ってなかったかな。そんなことに神経を集中していた。
「温かいな。」
それが男性が真っ先に言った言葉である。
「初めてかもしれない。こんなに温かい料理は。」
男性はそういうと再び食べ始めた。
「はぁ…。助かった。そういえばまだ名前聞いてなかったな。」
料理を全て口に運んだあと、男性が突然聞いてきた。
「そういえばそうですね。リミって言います。あなたは?」
「ソリトだ。ソルジャーをしている。」
「なるほど。そういえば家はどこに?」
「家はない。とっくの前からな。」
「はぁ…。すいません…。悪いこと聞いてしまって…。」
「気にするな。」
「家がないってことは今はどちらに?」
「そうだなぁ…。最近は洞窟で住まわしてもらっている。」
「洞窟ですか…。」
「あぁ。飯はそこにいる動物の肉を焼いて食べることが多くてな。」
「そうですか…。」
そのとき、いきなり彼が立ち上がった。
「魔獣か!?」
「えっ、でも鐘の音はまだ…。」
「すまない。今日は助かった。この恩はあとで返す。」
そういうと彼は外に飛び出していった。
彼が飛び出してすぐ私も外に出て海岸の方を見てみた。
空は雨が降っていた。
大きな魔獣の前に人の姿。ソリトである。
敵の攻撃を軽く避け背中の武器に手を伸ばす。
すると空から急に雷が落ち彼に当たる。
「きゃっ!!」
一瞬のことだったので驚いてしまった。
「彼は?」
雨降る風景で目を動かし彼を探す。
「あっ、いた!!」
さっきと変わらず持ち手に手をかけている彼がいた。
持ち手から引き抜くと強い電気が周りを纏っている槍が出てきた。
「なに…?あれ…。」
彼は槍を片手に持ち一気に飛び上がった。
次の瞬間、さっきより強い雷を纏いながら彼が魔獣を突き抜けていった。
相手は焦げた。わずか一撃で。
「すごい…。」
その姿に魅せられていた。
そのとき、突然彼と目が合った。
あせった私は後ろを振り向き、空を見上げた。
いつの間にか泣くのをやめた空には光が出ていた。
それから少し経ったある日。
「今日はいい天気だなぁ。」
晴れた空は眩しい光を差し、私を照らしていた。
洗濯物を干し、振り返るとそこには彼が立っていた。
「恩を返しに来た。」
「えっ?」
彼は私の前で手を広げると、そこにはネックレスがあった。
「えっ、これ…。」
「この前の魔獣から取った素材で作ったものだ。受け取ってくれ。」
「綺麗…。」
「そうか。よかった。」
そういうと彼は踵を返した。
「恩が返せたから俺は帰るとするか。」
「待ってください。」
「ん?どうした?」
「あのっ…。その…。」
なかなか言葉が出ない。言葉に詰まる。
「この武器、すごいですね!」
考えていたことと違うことが出てきた。
「あぁ、そういえば見てたのだな。」
彼はそういうと体を前に戻した。
「この槍は雷神槍という槍であって、ある特定の人しか持てない槍なんだ。」
「ある特定の人?」
そう聞くと彼は突然腕を捲くった。
そこには入れ墨が入っていた。
「これは雷神の文様といって簡単に言うと許可書のようなものだ。」
「許可書…。」
「しかしこの文様を入れれるのは普通の人には入れられない。」
『魔獣の血が入っていないと入れられないんだ。』
急な告白に一瞬止まってしまった。
「魔獣の、血…?」
魔獣の血が入っているとはどういうことだろうか。
私が戸惑っていると彼は私の反応に気づいたように説明してくれた。
「俺の父は魔獣でな。俺はその子、つまりは魔獣と人間とのハーフってことだ。」
この人には魔獣の血が流れている。
あんなに嫌いな魔獣の血がこの人の中に…。
「どうした!具合が悪いのか!?」
急に彼がハンカチを差し出してくれた。
いつの間にか涙が出ていた。
彼の手からハンカチを借り、涙を拭く。だけど止まらない。
「すまない…。」
彼はそれだけ言うと再び後ろを振り返り、歩き出した。
「待って!!」
3歩くらい歩いた彼の腕を掴む。
「あ、あなたは、なんで魔獣の血が流れてるのに魔獣を…魔獣を倒す仕事をしてるんですか?」
涙が止まっていない声で私は聞いてみた。
「人を苦しめる魔獣が嫌いだからだ。」
彼が私のほうに振り返った。
「魔獣の血が入っていても俺の半分は人間の血だ。普通の一人の人間だ。」
その言葉を聞いた途端涙が止まり、なぜだか急に恥ずかしくなった。
「よかった…。」
「そうか。」
「あ、あの…これから何処に…?」
「これからか…。特に決まってないが…。」
「じゃ、じゃあ…この家で…ここで一緒に暮らしませんか?」
彼が魔獣と人間とのハーフだったって関係ない。彼も一人の人間なんだ。だから私は…
彼が好きなんだ。
それから私たちは結婚し、その後男の子が出来た。
名前はソナ。心の優しい男の子。
結構動くのは好きなほうで外に行くことが好きな子だった。
ソナが5歳の頃、女の子が生まれた。
名前はレイ。ソナと比べたら大人しい子だった。
ソリトが病気で倒れてこの世を去ってしまった年、ガレとミレという双子だが出来た。
ソナは小さい頃から父親に憧れを抱いており、15才の頃にソルジャーになった。
それから5年後、レイもソルジャーになった。
ソナは風神槍、レイは水神槍と契りを交わし、ソナの右肩、レイの左肩には文様が入っている。
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「これが今まであなたたちに隠していたことよ。」
初耳だった。お母さんがそんなことを17年間隠していたなんて。
お兄ちゃんもガレもミレも、ロウさん達も皆言葉を失っていた。
「魔獣の血が…私に…。」
『Episode2 〜神の槍を使う者〜』 END