fate of dark 2
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城内東にある庭園(ていえん)、芝生(しばふ)がぎっしり敷(し)かれた場所に騎士を育成するために用意された小さな広場がある。
そこについさっきまで城から兵士を見下ろしていた少年が昼寝をしていた。
練習にあきてしまったのか、木製の短剣は地面に刺(さ)して布製(ぬの)の篭手(こて)をかけている。
空を見上げて雲の動きを見るだけの時間、しかし夕方になったら彼は王室に戻らなければならない。
少年は自分の白い髪をすこし整(ととの)えながら夕方の面倒事(めんどうごと)のことを
考える、なぜ国の王子として生まれてきただけで作法(さほう)や色々な
面倒ごとまで引き受けるのだろう。
国の王子ともなればやはりしっかりしなければならないのである。
だが彼はまだ7歳、遊び盛(ざか)りなのだがどうしても城外には出ずらくかならず
つきそう兵士がいてまともに遊ぶことができない。
そんな退屈(たいくつ)すぎる毎日は7歳の子どもにはかなりのストレスである。
『もうつまんない、友達もいるけど遊ぶ暇(ひま)なんて・・・』
小さな声でつぶやきながらたった一人芝生で昼寝、そんな静寂(せいじゃく)が
続き何か暇つぶしを探そうと起き上がった彼の視線(しせん)に意外なものがいた。
『なんだ・・・?アレ・・・』
庭園の広葉樹がならぶ木の陰(かげ)で異質なものが動いている。
黒い影というよりヘドロのような塊(かたまり)が木の陰からウヨウヨ動いていて、影でもなく生き物でもない。
それは少年を見つけたかのように上下左右に動きを激(はげ)しくさせた。
少年が声をだす間もなくその黒い影に目と鼻の先まで近づかれてしまった、少年はあまりの恐怖(きょうふ)に声が出なかったのだ。
心の中で自分の最期(さいご)だと少年は心に悟(さと)ったとき、目の前の黒い影に一迅(いちじん)の斬撃(ざんげき)が走った。
『・・・・・・!?』
そこから先は考える暇(ひま)さえなかった、木の影からでてきた黒い影は無数に増えてなお
襲(おそ)ってくるのと同時(どうじ)に一人の男が少年を護(まも)るようにして銀色の長剣(ちょうけん)を振(ふ)り回す。
男の眼光(がんこう)は鋭(するど)く左目は眼帯(がんたい)をしていたが片目をみただけで殺気がかなり感じるほど
その姿は勇(いさ)ましくも恐ろしく見えた。
鋭い剣さばきで黒い影のような何かを次々へと切り裂(さ)く、だが切り裂いた影は消えるだけで
血やその形さえまるで塵(ちり)のように風のかなたへ消えてしまう不思議な影はたおしたのか
それともただ消えただけなのかわからない。
少年はただ目の当たりにある現象(げんしょう)を見ていることしかできない、すると男は
剣を構(かま)えたまま少年に問(と)いかけた。
『おい、名前は・・・』
突然の問いかけに戸惑(とまど)い一瞬(いっしゅん)思考(しこう)が止まりかけたが少し事態(じたい)を受け入れた少年は我(われ)を取り戻した
かのように男の問いかけに答える。
『ええぇ!?、僕の名前、ぼっ僕はスラ!スラっていうんだ!』
名前をきくと男は鋭い顔つきをしながら襲いかかる黒い影を長剣でなぎ払う。
少しずつ黒い影が消えていく、男の剣さばきはとても重い攻撃で黒い影はあさっての方向に
吹(ふ)っ飛んでしまい城壁(じょうへき)に激突(げきとつ)したものや花壇(かだん)の柵(さく)に突き刺さるものまであった。
もはや一方的な斬撃ショーは五分間つづいた、影はまるでドロのようにいたるところにちらばり
散乱(さんらん)していてもはや原型(げんけい)をとどめていない。
突然の出来事はどれだけの時間だったかわからないまま最後の黒い影をなぎ払う。
一方的な斬撃ショーはおよそ五分間にもおよんでいたがスラという少年にとっては十分以上斬り
続けていたように感じたのである。少年はその男の姿を見て驚(おどろ)いた、なぜなら男の姿は城内の不審者の特徴(とくちょう)そのままで
赤褐色の肌に灰色のジャケット服は前のボタンでとめていないため袖(そで)に腕だけを通したスタイル、銀の長剣を左手で
逆手(さかて)に持ち水色の髪の毛は長髪で襟足(えりあし)部分は跳ね上がってまるでしつこく生えた雑草のように
毛の量は多かった。こんな格好では剣士なのかただの浮浪者(ふろうしゃ)なのかまったく区別できないがあの剣捌(さば)きや眼光(がんこう)の鋭さを
見る限り只者(ただもの)ではない、そんなことは先刻承知(せんこくしょうち)だ。
男は自分のジャケットを調え、あたりを見渡すと表情ひとつ変えずに
少年のほうを振(ふ)り向きまた質問をした。
『ここはどこだ?』あからさまにおかしな質問にスラという少年は少々戸惑(とまど)ったが男の真顔(まがお)は
嘘偽(うそいつわ)りのない瞳(め)をしていたので親切に答えた。『ここはゼイローゼン城、お城の中だよ。』と、
あたりまえのように答えるスラは心から正義感(せいぎかん)のある心同士なにか通じ合っている感じがしたのか
不審者(ふしんしゃ)の男ではなく一人の救世主(きゅうせいしゅ)としてみているのである。男は左手で頭をおさえながら頭痛のような
痛みに顔を少ししかめる、何かを忘れていたのかそれともそんなに重要な記憶すら元からないような矛盾(むじゅん)した記憶(きおく)。
スラは男の顔をみて顔色が悪いことに気がつきあわてた様子で男にかけよると、体調が悪いの?おなかすいたの?と
やはり子供じみた質問を返したが男は無表情(むひょうじょう)に戻(もど)ると裏(うら)を返すように聞き返した。
『俺の、俺の名前は・・・この剣はいったいなんで持ってるんだ・・・?』
スラはあまりにも異常(いじょう)な答えに驚(おどろ)きを隠(かく)せず自身の時が静止(せいし)したかのように唖然(あぜん)としてしまった。
『お兄さん・・・何も覚えてないの?』スラは男の不安そうな顔へ変わったとたんにもしかしてと思い始める、
この人はなにも覚えてないのだろうか・・・ただとぼけているようには見えない。しかし気がかりになることは
なぜこの男がこの城内にいるのかという事態(じたい)である、少年でも理解(りかい)しきれないためとはいえ唐突(とうとつ)に聞いても
彼は何も覚えていないのならば答えようがない。男は腕(うで)を組(く)んで考え中の少年スラに真顔(まがお)で視線(しせん)を送る、少年に何かを
聞きたいのかじっとして動かない姿はたとえるならばビックリして動かなくなったハムスターのようだった。
流石(さすが)の視線ビームには考え中のスラも男の様子(ようす)に気がついたようで、少し怪(あや)しみの念(ねん)をこめて声をかける。
『あのさ・・・本当に記憶がないの?自分のことも、ここになんでいるのかも。』
また頭を少し押さえこみ頭痛(ずつう)に耐(た)えながら、男は自分の持っていた長剣を見つめながら話しだす。
『俺は黒い空間か何か・・・異常(いじょう)な空間(くうかん)にいたんだけどよ、それがなんでそこにいたのかすらわからない。』
突然意味(とつぜんいみ)のわからない夢(ゆめ)のような話をする男を静かに聞く少年は彼の話に信憑性(しんぴょうせい)がないにも
かかわらず何も言わずに聞いている少年には、まるで絵本を読んでもらう感覚であった。
『この剣でとりあえず斬(き)ってた、何かすらもわからずな・・・たぶん目的はあったんだろうけどいまさら思い
だそうと思っても覚えてなければ意味ないがなぁ。』
『大変なところにいたんだねぇ、黒いってことは洞窟(どうくつ)か何かかなぁ?。』
男の不思議(ふしぎ)な空間を洞窟だと思った少年は、それこそ記憶(きおく)の曖昧(あいまい)
な男にそのまま曖昧な答えを返した。男はすこし顔を横に
傾(かたむ)けながら記憶がほとんどない頭でなお考察(こうさつ)しようとするがすぐ顔を横にふってわからないと答えたのである。
『唯一(ゆいいつ)覚(おぼ)えているのは黒い何かが空から降(お)りてくる光景(こうけい)かな・・・でもなーこの記憶も曖昧(あいまい)でわかんないんだ、俺の
記憶は名前すら覚(おぼ)えてないからよ。』少年に自身(じしん)の不安や憤(いきどお)りを隠(かく)しきれず
拳(こぶし)を震(ふる)えるほど強(つよ)く握(にぎ)る、何もない城壁(じょうへき)をみつめながら
ただ自分の記憶と名前を必死(ひっし)に思い出そうとする。男の不安そうな姿を少年の正義感(せいぎかん)ある心は彼を放(ほう)ってはおけなかった、
殺(ころ)される寸前(すんぜん)の自分を助けてくれた救世主(きゅうせいしゅ)になんとしても力
になってあげたいという思いが募(つの)る中彼の長剣に目線を移(うつ)した時
あることに気がつき驚愕(きょうがく)する。
『これ!見てよ、剣に文字が彫(ほ)ってある、もしかしたら名前かな。』
声を張(は)り上げて喜(よろこ)ぶ少年の反応(はんのう)を見て、男は背中(せなか)にかけていた自身の長剣を取り出し少年に何が書いてあるか問(と)いかけると
素直(すなお)に少年が読み上げる。
『え〜っと、ブレイズ・ブレード・・・?』
スラは剣の表面(ひょうめん)に彫られていた文字を読んだが名前のよりも
剣の名前である可能性(かのうせい)を思ったのか自信(じしん)を
もって言ったことを少し後悔(こうかい)した。元々(もともと)彼の記憶がないのだからこれを
証明(しょうめい)できるものなどありはしない、身分証(みぶんしょう)
というよりも荷物(にもつ)が剣ひとつだけではあまりにお粗末(そまつ)である。
特徴(とくちょ)といえばやはり水色の頭(とうはつ)とこの眼帯(がんたい)、意外と(いがい)この男の
服装は普通(ふつう)に暮(く)らす人間がするものではない。冒険者(ぼうけんしゃ)かあるいは
剣士(けんし)、ただの旅人(たびびと)ぐらいしか考えられないのであてはあるかも
しれない。わずかな希望(きぼう)があると信(しん)じ、スラは男の名前はとりあえず剣に彫(ほ)られた名前で呼ぶことにすると男に提案(ていあん)すると
彼も記憶がないなら仕方がなしにと偽名(ぎめい)として使用することに決めてしまった。