ブルーフォレスト、その奥の虹の泉にて
ここは、深い森の奥にある綺麗な泉のほとり。
水は青く澄んでいて、ずいぶん深いはずなのに底の小石までまるですぐそこにあるかのようにはっきりと見える。
周囲は青々と木々が生い茂り、昼でもうっすらと暗いなか、その泉は虹色に淡く光を反射し、水自体が発光しているかのような不思議な感覚をおこさせる。
そんな泉のそば、青緑色の苔の生えた大木の根元に、彼らはいた。
「なぁ」
呼ばれて、うす紫の帽子をかぶった彼女がちらりと横を流し見る。
帽子についている、おおきな雪の結晶をかたどった飾りがきらりと光る。
「…なに」
物憂げに返すその先には、荒く弾丸跡の残る革帽子を被ったオレンジのおとこ。
「ひまだ」
彼はよほど暇なのか、さっきから木の根っこのでこぼこにそって大木の周りをいったりきたりを繰り返している。
「はやく釣れねぇかなー ハラが鳴ってしょうがねぇ」
「…すこしはおとなしくしたら バレットはこれだから永遠のガキなの」
「誰がガキだと!?」
バレットと呼ばれたそのおとこは振り返ってぎっ、と声の方へ鋭い目を向ける。と、その拍子に足元の大きな木の根にぶつかりよろける。
おっと、とつぶやいてとっさに幹につかまり、体を支える。
彼はその昔、戦士として戦っていた際に背中を負傷し、視力をなくした。
以来、彼の世界は闇に閉ざされてしまったが、かわりに視力以外の感覚が鋭敏になり、見えなくとも周りのことは手に取るようにわかるという。
「ガキって言うな、ガキって。活発で明るい性格と言え!
ユキルこそそうやって、よく一日中何もせずぼ〜っとしてられるな!いつものことだけどよ、飽きねぇのかよ!?」
言われてユキルは、深く澄んだ泉の水面をほぅ、と眺める。
水の底の、星のかたちをした琥珀色の石がときおり、水面からの光を受けちらちらとまたたく。
まるで地上の夜空のようだ、と思いながらその様子に見入る。
…彼女にとって、どんなことを言われようともそれは頭の中を通過していくだけで、気にも止まらないのであった。
そんな彼女の様子はもうなれっことばかりに、バレットはため息をついて再び大きな木の周りをうろうろし始める。
と、
ちゃぽんっ
という小さな音がして、泉に仕掛けた釣りざおが揺れる。
その音に瞬時に反応してバレットが駆けつけ、釣りざおに手をかける。
「…んーっ しょーっ …お、こいつは大物か!?」
ぐいぐいと水中へ引っ張られる、それに対抗してバレットも負けじと引っ張る。
その引かれる強さからして、大物には間違いないはず。
バレットは渾身の力をもって獲物を地上へと引き上げる。
「ふんっ…、くっ…、 …ぉおおおおおおおおおりゃぁーーっ!!!!」
派手な水音がして、獲物が水面から宙を舞う。きらきらと水の粒をまきちらしながら放物線をえがき、そのまま反動でこけたバレットの真上にのしかかった。
「っぷ、うぶぁっ …うわ、こいつめちゃくちゃ活きがいいぞ!くそ、暴れるなよっ! おいっ、ユキル!見ろよでっかいの!!」
そう言って暴れる骨付き肉と格闘する彼を、ユキルは表情を変えずに眺めていた。そして
「…今夜も、ごちそうね」
そう、つぶやいた。
数十分後、すっかり力をなくした獲物を全身で支えながら、バレットはユキルの少し後を歩いていた。
「やーすげぇな 今日も大漁っと」
「…そうね」
ずるずる、と音を立てて、こんがりとした骨付きの肉の塊が苔の地上をひきずられていく。
「なんだかいきなりのことでさ、ここに飛ばされてきて最初はわけわからんかったけども、なかなかいいところだよな!
森じゃ色んな果物が山ほどとれるし、ここの泉はどういうわけか、食いモンもそうでないものもなんでも釣れるっていうな!
…つーか、ふつう水から釣れるったら魚じゃねぇのか?なんで肉がつれるんだよ…」
「…おとといはニンジン 昨日はイチゴのショートケーキ どれもとても活きがよかった
…活きがいいのは新鮮な証拠、美味しいし私はそれでいいと思うの」
いや、とバレットは目の前を歩く彼女に突っ込む
「美味しければ水から釣れてもいいのかよ」
泉のそばにある、まだ建ててまもない小屋に着いて、バレットはさっそく中へ入る。
重そうに今夜のごちそうをテーブルの上へ投げ置き、あーしんどかったぜぇ、と一息つく。
ユキルは、ドアのそばにたたずんで橙色に染まる泉を眺めていた。
ここはどこなのか。ある日突然飛ばされてきた、この世界はなんなのか。その、飛ばされてきた理由は。
もしかしたら、同じように飛ばされてきた誰かがいるのかもしれない。いたとしたら、どこにいるのか?そしてそのひと達は自分達の、敵か、味方か?
考えてもなにもわからないし、仕方ない、と思う。けど、この未知なる世界へいだく興味や不安があるのも事実だった。
そのうちわかるだろう、しかしわかったとき、自分達やその周りはどう変化するのだろう?
日はどんどんと落ちてゆき、藍色に色を変える泉の水面にはひとつ、またひとつと星の瞬きが映し出される。
地面や木々に生えた苔は、ほのかに青白い燐光を放ち森の輪郭を浮かび上がらせる。
ヒカリゴケ、っていうのかな?とぼんやりと考える。そして、
「…考えても 始まらないしね」
ユキルは、思うのをやめた。奥では肉を切り出すバレットの姿が見える。
なるようになるだろう、そう結論して、今夜の景色に別れを告げ、ドアを閉めた。