自由な発想は自己責任で。
自由な発想は自己責任で。
7月17日 2時5分 アミの部屋。
さすがに自分でもあの判断は不適切だとは思っていましたよ。
今頃リバース達はお腹を空かせて倒れているでしょう。彼等には悪いことをしてしまいました。「ファライドが忌々しい」というだけではすまされない話でしょう。ああ、反省しなければ。
食堂に戻ってみますか。今頃空腹で動けなくなっているだろうなぁ……。
そして私は少し重くなった体を持ち上げ、食堂に向かいました。長らく座り込んでいた体はそれはそれは重くて、少し食堂へ向かうことが億劫になっていました。
7月17日 2時8分 食堂
食堂に入った瞬間、私はその光景に絶句しました。ええ、それは見たことも無い景色ですよ。
それは何と言っていいのやら。
「何という事でしょう。二体の青年がカラフルな炎のついた粒の山に突っ伏して寝ているではありませんか。」
おやおやこの青年はリバースとクイではありませんかー。たぶん、食器に入っている物はリバース達の料理でしょう。私は彼等の料理を知っています。
空腹の彼方には料理への挑戦なんて希望が隠れていたのですね。ここだけ聞けば中々美談なのですが、挑戦は見事に失敗。この結果に彼等は何をどう満足したのか、この料理……を口に運んでいたのですね。
で、今に至ると。
とりあえず、この異臭を放つ彼等の挑戦と希望の果てに作られた結晶を処分しましょうか。でも、この量からして、相当な量の材料を消費しましたよね、もったいない……。
もしこの料理に意思があったらどんな事を訴えようとしたのでしょうか。
ん? 意思。良い事を思いついた。この料理にリバースの意思を移してしまえばいいのですよ! そうすれば学生時代に制作して結局使わずに放置していた装置は消費できますし、この料理も本来の用途ではありませんが、無駄にすることはなりません。
早速、問題の装置を取りにいくとしましょうか。
7月17日 2時11分 アミの部屋
このふすま、久しぶりに開けます。掃除だとかそういうものは苦手な性分なのですよ。ゆめゆめ怠ってはならないとはわかっているのですが。ああ、虫とか入っていたら嫌だなぁ。
7ヶ月ぶりに開けたふすまは意外とあっさり開いてくれました。お正月も丁度オフシーズンでしたね。あら、懐かしいマフラー。
懐かしいものをあさっているうちに、私の数々の作品が「私を使ってくれ」と言わんばかりに自らを主張しながらご登場いたしました。今時乾燥機能のついていない洗濯機なんて使いませんよ。非生産的かつ非実用的です。何故こんなものを作ろうとしたのでしょうかねぇ。もちろん、目的の機械もご登場です。お疲れ様です、貴方は今時の青年に必要なのです。
これは意識を別の個体に取り出す機械のようで、一回使ったら消費してしまうみたいです。どうなったら私の4倍の大きさある機械が消費物に成り下がったのでしょうか。当時の私の技術力にあったのでしょうけれど。
とりあえず、食堂に持って行きましょう。あら、もう10分経っているではありませんか。
私はロープを体に巻きつけました。
7月17日 2時24分 食堂
食堂の扉の向こう側には、まだ彼等は机に突っ伏していました。私の対応次第では、今回台詞ないでしょうね。二人のことですから、どうせ助かるでしょうけど。
とりあえず、機械を使ってみましょうか。このロープもそろそろ外したいですし。なにより体に跡が付いてしまいます。
左側のカプセルと右側のカプセルに入った者同士の意識を交換するみたいです。かなりベターなところですねぇ。
よく考えれば私は彼等を運ばなねばならないのですね。そう考えると、私は一人で大きなため息をついてしまいました。あまり力仕事は得意ではないのですが、仕方がないでしょう。自分で自分を納得させます。
私は彼等を運びました。少し転がしてしまいましたが。とりあえず、カプセルに彼等と料理を入れて電源を押し一休み。意識の交換に少し時間が掛かるみたいです。。そして冷たいお茶は今の季節にクリティカルヒットです。
そろそろお茶にも飽き、機械の様子を見にいこうかと思ったとき、脱力系の情けない爆発音が聞こえてきました。差し詰め、意識が入れ替わったのでしょう。
わくわくした気持ちに体を震わせ、カプセルのふたを開けました。
「さて、まずは炒飯の彼から起こしてみましょうか。」
7月17日 2時50分 食堂
いつのまに戻ってきていたアミに起こされて目が覚めた。何故か俺はまた寝ていたようだ。今ので今回3回ぐらい寝たかなぁ。俺、寝すぎなような気がする。
そういえば、俺は食事の途中だった。食事中に寝るとは思いもよらなかった。迂闊だったな。とりあえず、炒飯炒飯……。
あれ? 炒飯が無い。俺の傑作、ゴハハーン。おかしいな、匂いはあるのだ。確かに炒飯だ。うーん、ここから動いて探してみよう。この調理台の上から見る限りは見当たらないし、うん? 何故俺は調理台の上に乗っているのだ? まあいい、今は炒飯だ。
「どっこいしょ!」
立てない。
「ど、どっこいしょ!」
立てない。
「んにににに!」
立てない。どうなっているのだ、これじゃあまるで自分の足が無くなってしまったみたいだ! 手も思い通りに動かせていない気がする。さっきから床に手がつかない。
一体自分はどうなっているのだ。俺は自分の体を見てみた。そうしたら、思いもよらぬところに探し物はあった。
どうやら俺は炒飯になっているようだ。今回作った炒飯は傑作だったし炒飯は好きだ。だが炒飯になりたいと思ったことはない。寧ろ嫌だ。炒飯にはなりたくない。
俺が炒飯になってしまったのは俺の望まなかった結果だ。ということは、原因はアミか?
「アミ、何かしたのか?」
炒飯は喋れるみたいだ。
「あのままでは起きないと察したので、過去に作った機械で意識の移動を試みました。」
「ん、状況はわからんが、助けてくれていたのか。」
「本当なら感謝してもいいのですよ。」
少し変な誤解をしていたようだ。これでクイを起こし、元の体に戻れば解決ってわけか。
「けるべ〜ちょー」
都合の良いことに、変なうわ言を言いながらクイが起きてきた。あれはウケを狙っているのだろうか、全く面白くないが。
それからクイはアミから説明を受けると俺と全く同じこと、同じリアクションをした。彼は今、豚汁だ。いや、クイからしたら「ぶたじる」か。
「嘘うそウソ、ぶたじる? 俺が……えっ。」
前言撤回。俺はもっと冷静に対応をした。クイは白目まで剥いている。あの体でどうやって剥いているのだろうか。
「ま、とりあえずもう一度俺達の体に意識を戻せばいいんだろ?」
俺はアミに言ったが、アミは途端にぽかんとした表情を見せた。するとアミはニタニタと笑いながら喋り始めた。
「あの機械、使い捨てなんです。元に戻す所まで考えていませんでした。」
嘘をつくな。アミはそんな不祥事は許容範囲オーバー。許さないはずだ。ということは嘘をついている。絶対「面白そうなことになりそうですねー」とか言って持って来たに違いない。現に今、とても楽しそうだ。
そんな事をしているうちに、唐突にクイが白目から復帰し、口を開いた。
「じゃあ、俺達は一生このままか?」
確かにそんな事は困るな。まさかの地上劇団シリーズが2話で完結なんて有り得ないだろうけれど。
「うーん、じゃあ明日までに解決方法を調べておきますね。もう3時半ですし、寒ければ眠くなるでしょう。」
寒くなる? どういうことだろうか。
「ん? どういうことだ?」
するとアミは感じ悪そーうに笑った。
「貴方達は今、食べ物という立場です。食べ物は常温で放置するとどうなりますか?」
ヒントなのか? わからないぞ……。おや、クイが何やら言いたそうな顔だな。わかったのだろうか。
「あ! そうだ、食べ物は常温で放置すると沸騰する!」
そうだそうだ! 何故忘れていたのだろうか。食べ物を置いておくと確か泡がぶくぶくーってなってどんどん吹き零れていくのだったな!
そんな名答を前にして、何故かアミは呆れた顔をした。
「そんなわけないでしょう。大体どうやって炒飯が沸騰するのでしょうか?」
「米粒が弾ける。」
これしかないだろう。こういう現象を「沸騰」というのだろう?
「違います。食べ物はおいて置くと痛んだり腐ったりするでしょう。」
ん、沸騰はしないのか。
「ゾンビじゃあるまいし、自分の体が腐るのは嫌だなぁ。」
クイの言うとおり、本当に腐ったりしたらゾンビだな。体臭がきついのは嫌だ。今もにんにく臭いのだろうがな。
「で、腐らないためにはどうすればいいのだろう?」
「冷蔵庫に入ってもらいます。」
予想はしていたが少し衝撃だ。やはりやらなければならないのか。冷蔵庫。
仕方無くアミに冷蔵庫に入れられたが、そのときアミは少し、笑っていた。
7月17日 ??? 冷蔵庫
俺達が冷蔵庫に入れられてからどれぐらいたっただろうか、長いような、短いような……。やっぱり長い。
入れられて暫くは余裕で耐える事ができそうで、クイと楽しく喋っていた。今ではもう話のネタも、体力も無くなっていた。
クイとは出会ってまだ半年ぐらいしか経っていないし、いつまでも喋っていたい訳ではない。喋っているうちにかなり時間も経っているだろうし、寒くてもう眠い。今は夜だろうなぁ。アミは上手くやっているだろうか。
「クイ、俺はもう寝るぞ。」
「ん、ああ。でも炒飯って寝るのか?」
それもそうだが、
「食べ物のままで喋ることもできたんだ。寝ることも出来るだろうよ。」
そして俺はそのまま視界を狭め、意識を自分の中に収めた。はずだった。
おかしい、眠ることはおろか目を閉じることさえ出来ない。
「ああ、やっぱり眠れないのか。」
クイは予想通りといったような表情を見せた。
「眠るどころか目が閉じれないぞ!」
俺は一人で驚いて喚いていた。空回りしている様子だった。
「は? 今頃?」
だがクイは驚いていた。俺に。
なんだ、クイはもうとっくにこのことに気づいていたのか。だから眠ろうとしなかったのか。
俺が今目を閉じることが出来ない訳はわかる。でも一つ、気になることがあった。
「で、どうして気づいたんだ?」
まさかアミの話の途中で居眠りをしようとして失敗したのではなかろうか。
「瞬き。え、リバースは瞬きをしようとしなかったのか?」
「ああ、そうか瞬き。目の乾きを感じることができないから忘れていたなぁ。」
通常、料理には目がないはずだ。だから目の乾きも感じず、目を閉じることができないのだろう。目の乾きを感じないのは親切設計だが、ついでに眠気もとってほしかった。
「とりあえず、眠ることが出来ないのならなおさら暇だなぁ。」
球、忙しい時こそ空白を欲しがるものだが、いざ空白が出ると何も出来ないのだ。唯一の逃避手段が消えてしまうのならなおさらだ。
「昼間に散々寝たってのに。」
「仰るとおりで。」
7月18日 ??? 冷蔵庫
たぶん今日はもう18日だ。長い夜を乗り切ったのだろう。
昨日の夜は普段なかなか出来ないことをした。2体で奇声をあげた。人前では言えないような事まで叫んだ。
食堂から個人の部屋までは近いようで若干遠い。しかも冷蔵庫の中だ。聞こえているはずがない。
しかし、クイがあんな趣味を持っていたとはな……。今頃クイも同じ事を思っているだろうな。
そんなことを考えていると、唐突に冷蔵庫の扉が開いた。何、脱出の瞬間ってこんなに情けなくてあっさりしたものなの。
「約束の物、出来ましたよ。」
7月18日 午前4時53分 食堂
久しぶりの常温だ。暖かくも、暑くも感じられる。これでもう炒飯の体ともお別れ。この炒飯はもう封印しよう。二度と作らない。
なにしろ俺は料理が下手なのだ。
「じゃあ、元に戻しましょうか。」
クイが生唾を飲んだ音がした。俺もそれに続いて飲もうとしたが、どうやら汁物しか出来ないようだ。
アミが俺達を運び出す。真新しい機械の癖に、グリグリと重い音をたててレバーが沈んだ。
瞬間、俺は再びあの感覚をつかんだ。
7月18日 午前5時30分 食堂
気が付いたら、俺は手を動かしていた。元に戻っている! なんとまぁ本当に戻ってしまうとは。
「さすがアミだ。出来ない事はないな!」
すっかり上機嫌になってしまって俺はアミをおだて始めた。
そのとき俺は嬉しくて、アミの反応と自分の体の変化、そして目の前の人物に意識が向かなかった。
アミはクイを起こした様子だ。うなり声をあげてクイが起きてきた。
脱出記念の一本締めをしようとクイに駆け寄ったが、そこにはクイはいなかった。先程アミに起こされていた人物はリバース、俺自身だった。そこに立っているリバースは俺を見て目を見開き驚いていた。多分俺も同じ反応をしているだろう。喜びで普段より自分の体が大きいことに気が付かなかったのだ。伸ばしている手も青い。これはクイの色。じゃあ、目の前の俺はクイ?
事実に気づいた俺はクイと向き合いながら指を指し、そのままクイと同時に叫びだした。