ポリゴンの悪魔(後編)
黄色い草原に場違いなその姿を見つけ、カービィたちはワープスターを飛び降りた。
『ミラクルマター(さま)!』
「あれあれぇ、カービィだ!それにあの【失敗作】も!」
「...!」ミラクルマターの口から発せられた単語に、グーイがびくりとする。
「失敗、作...?それって...」
「そうだよ!
むかし、こいつはカービィのようにコピー能力を使えるダークマターとして作られたの。でも、もとから悪意がなくって、カービィともなかよくしちゃうし、あげくの果てにはボクたちのもと親玉を『一度』倒したんだよ。
それで、ほぼ同じチカラをもってて、こころもしっかりダークマターなボクがつくられたわけ」
「グーイって...ダークマターだったの!?」状況が飲み込めないまま、ただ一つわかった事実に、サーバルは立ちつくす。
「ごめん...あの時のことがあってから、言うに言えなくて...」
「でもっ...!グーイはわるいこじゃないし!なかよくできるなら、ダークマターでもなんでも同じだもんっ...!」
「ねーえー、お喋りばっかりしてないではじめようよー...」
“生きた究極兵器”−−まさに「暗黒の」奇跡によって完成した−−には、彼らの心の動きは理解できるものではなかった。
「はやく君たちをけしたほうが、あのお方も楽できるだろうしー!」
言うが早いか、ミラクルマターは緑の刃で攻撃を始めた。螺旋を描くように低空飛行し、触れる岩や草を一瞬で切り裂いていく。
「サーバルちゃん!」
「みゃーっ!」
かばんの呼びかけに応え、素早く爪の一撃をかますと、敵は少し態勢を崩した。
「あちゃー...じゃあこれならどう?」
切り裂かれた岩が彼女の体に吸収され、今度は石の鎧を纏った姿となる。
「もういっぱーつ!うみゃー!」
再びサーバルが攻撃を加えようと飛びかかる...が、見えない力に弾かれてしまった。
「ええっ!?」
「いま、何かした?」
「だめだよ!ミラクルマターをたおすには、相手のこうg...ぷぎゃ!」
何かを言おうとしたカービィの頭に、大きな岩の塊が直撃。目を回してそのまま気絶してしまった。
「カービィさんっ!」
「もぉ〜っ、さいしょから弱点おしえたらつまらないじゃん!」
ミラクルマターはさらに多くの岩を、続けざまに降らせてくる。
「どうしよう!かばんちゃん、攻撃がきかない!」
「さっきの緑色のときは、サーバルちゃんの爪が効いていたみたいなのに...どうして?」
「ほらほら、またちがうのを試してみるよー!これはかわせないでしょ!」
ミラクルマターは再び形態を変える。鎧が岩から角張った氷に変化し、尖った氷塊が周囲を回る。
「危ないっ!ぎゃっ...」
鋭利な氷柱を避けきれないかばんを、サーバルが庇った。細い切り傷から血がにじみ出る。
「こうなったら一か八か...えいっ!」
一斉に拡散された氷塊の一つを、グーイは舌でキャッチして投げ返した。
「っ!」
(効いた...のかな?)
「へーやってくれるじゃん、『失敗作』の分際で...だったらさ」
糸を手繰り寄せるようにしてサーバルの血を手に取ると、途端に氷の鎧は形を失い、軽装備になる。薄膜のようなベールに覆われた姿に変化した。
「裏切り者が調子にのるな、って言ってあげるよ」
「うぅぅう...」
意識を朦朧とさせながらもやっと目を覚ましたカービィは、ミラクルマターの姿に唖然とした。
(あんなすがた...みたことない...なんの..能力...?)
高く飛び上がっては、グーイを踏みつけようと急降下。この繰り返しで、一方的に攻撃をしかけている。
(そっか、あれは......でも、はんげきに使えるものが...ない...)
身体が動かない。
逃げて、グーイ。仮にそう叫んでも、今度は自分も危険にさらされるだけだった。
まさにその時。
「サーバルちゃん!思いっきりジャンプして、あの子に体当たりして!」
かばんが声を上げた。
「ジャンプして、体当たり?...爪じゃなくって?」
「もしかして、って思ったけど...試してみて!」
サーバルは何もわからないまま、
「てや〜っ!」
傷口を押さえつつ、相手が飛び上がったところに向けて力の限り跳躍する。
「ひぎゃ!?」
力負けしたのは...
...ミラクルマターの方だ。
かばんは薄々気づいていた。
ミラクルマターの弱点は、“形態および自分の使う技と同じような攻撃”だということに。
薄膜はガラスのように粉々になり、元の姿になったミラクルマターは地表に落下した。
「あいたた...今のはきいたよ...せっかく手に入れた能力が......
でもね!気づくのおそいよ!まだまだボクの能力はあるんだから!」
負け惜しみが混ざったようにも聞こえる声の中、グーイはカービィのもとに駆け寄った。
「だいじょぶ、カービィ?」
「うん、めまいもよくなってきた。でも...“ハイジャンプ”の能力もつかうなんて」
「どうもミラクルさまは、あの話の通り血を取り込むことで能力を得てるみたい。あの赤白のひとには羽があった。だから...」
「ほんとだ」
敵は大きな羽を広げ、空から攻撃準備をしている。走って届く距離ではない。
「みんなまとめて、羽根でくし刺しにしてあげるよ!」
「グーイ!ベロでぼくを、あいつのギリギリあたらないところになげて!」
「よしきた!」グーイの長い舌がカービィを持ち上げ、狙いを少しずらして思い切り投げる。
四人を巻き込まんと広がる、無数の鋭い弾丸。カービィは飛びながら身を少しよじらせ、それらを吸い込む。
「えーっ......あれー?
あっはは、どこ投げてんのー!?」
見事にピンクの球体が真横を通り過ぎ、ミラクルマターが油断した、その一瞬。カービィは口に含んだものを全て飲み込み、カラフルな羽飾りのヘッドドレスを身につけた。
「“コンドルダイブ”!!」
とっさに身を翻し、追い風に乗ってミラクルマターの背中へと猛烈な体当たりをかます。
「ぐはっ...!?」
形態を失い、予想外の展開を飲み込めないまま、多面体の悪魔は地上へ落ちていった。
「はい、どうぞぉ〜」
ちょうどその頃、山頂のジャパリカフェ。
アルパカ・スリは、一人の見慣れないフレンズに、自慢の紅茶を差し出していた。
「ありがとう。
......このすっきりした後味、気に入ったわ」
「いやぁ〜、気に入ってくれてありがとにぇ!ねぇまたここにぃ、いつか来てくれるかしらぁ?」
「...貴方がこうして笑顔で接したり、紅茶を出してあげたりするのは、どうして?」訊かれた質問には答えず、彼女は逆に問いかける。
「そうねぇ〜、あまり難しくかんがえたことはないけどぉ〜...みんながここで悩みとかうれしいこととか話してくれたりぃ、お茶であったかい気持ちになってくれたりしたら、わたしも嬉しいからかなぁ〜」
「そう...言いたいことは理解したわ」
それから彼女は何かを思い出したかのように、静かに席を立った。
「...ちょっと、遠くで自分勝手している知り合いを止めにいかないと」
「あっ、待ってぇ!あなたはお名前、なんていうのぉ?ひょっとして、トキちゃんの仲間かしらぁ?」
“それ”は幾何学的な翼を広げて飛び立つ直前、振り向かずに答えた。
「...ゼロツー」