逆襲のダークマター
ここはあきれかえるほど平和な国・プププランド。広大な宇宙に浮かぶポップスターにあるこの王国では、住人達は自由気ままに、しかし争うことなく暮らしていた。
その国の片隅、小高い丘の上に、ピンクの若者・カービィの家があった。かわいい外見からはとても想像できないが、この若者は何度もこの星を危機から救った英雄だ。そのような手柄を立てておきながら、カービィは一度も自慢したことがない。といっても、本人はいたって呑気なので、そんなこと最初から気にしていないのかもしれないが。
ある日。カービィがおやつタイムを満喫していた時のことだった。
ドンドンドンドンドンドンドン!
カービィの家の戸を激しく叩く者がいた。親友のワドルディだ。カービィは突然の物音に飛び上がってしまった。
「なんなのさ、一体!」
「大変、大変! デデデ大王様が!」
デデデ大王は、この平和な国を統治している国王だ。国王といっても、ただなんとなく国を治めているだけだから、特に飛び抜けて偉いわけでもない。実際、国民はそれほど彼に気をつかってもいないし、カービィも彼を単なる友達の一人として考えている。
(デデデのことだし、平和ボケで頭でもおかしくなったんじゃないの?)
カービィは安易に考えていたが、ワドルディの声の調子は尋常ではない。
(なんか怪しいなぁ…)
用心しながら玄関に向かうと、カービィはドアを開けずに尋ねた。
「一体どうしたの?」
「大変なんだ、大王様がまたダークマターに取りつかれちゃったんだ!」
「え!」
ダークマターとは、かつてポップスターを襲った侵略者のことで、デデデはそいつに操られたことがあるのだ。カービィはその敵を完全に倒したはずだったが…。
「カービィ、絶対来てよ? 僕、待ってるからね!」
そう言うとワドルディは去った。
カービィは大きなため息をついた。
「もう…面倒だなぁ…」
そう言って、再びお菓子の袋に手を伸ばす。
カービィは、以前ダークマターと戦った時のことを思い出していた。もうずいぶん昔のことだ。
「あれはいつのことだったっけなぁ…でも、前回はすぐ倒せたし、おやつ食べてから行けばいいや」
なんと、カービィはあまり気にもせず、おやつタイムを再開した。満足げな顔で口いっぱいにお菓子をほおばるカービィ。
ふと窓の外に目を向けると、空がどんどん暗くなっていくのが見えた。
「ちょっと…これはもしかしてヤバいかも…」
このままではあの時のようになりかねない。
「とりあえずデデデの様子を見に行こう」
カービィは、周囲に比べて城のあたりの闇が一段と濃いのを確認した。そしてワープスターに乗ると、デデデ城の屋上へ向かった。
デデデ城に到着。しかし、そこにいるはずのデデデの姿はなかった。見上げると、空はどんどん闇でおおわれていく。
(あれ…? デデデ大王は?)
そう思ったカービィの視線は、屋上にあったあるものに釘づけになった。
「ケーキだ!」
こんなところにケーキがあるなど、明らかにおかしい。しかし、カービィは食べ物を発見した喜びで、これが罠であることに全く気付かなかった。
ケーキを食べ始めたカービィの背後から、デデデが攻撃をしかけた! 油断したカービィに、デデデのハンマーが迫る!
カービィは間一髪のところでデデデの攻撃をかわし、とっさに吸い込み! デデデのハンマーを吸い込み、ハンマーカービィになった。カービィは攻撃体勢に入った。
「はあああぁぁっ!!」
カービィはハンマーごと勢いよく回転する大技・大車輪を発動した。
ドガッシャアアアン!
ふいを突かれたデデデは思い切りハンマーで殴られ、屋上の柵に激突した。しかし、デデデは周囲の闇を取り込むと、何事もなかったかのように起き上がった。
「どうした? その程度か?」
「さ…再生した!?」
このままでは倒せない。そう考えたカービィは、必殺技を発動しようと決意した。
「必殺! ボンカース召還!」
輝く光の中から、ボンカースが現れた。…つまり、ただヘルパーを呼び出しただけ。
ボンカースはハンマーを構えた。
「いくぜ! おにごろしかえんハンマー!」
カービィも後に続いて腕を振り上げた。
「僕も…って、僕のハンマーが消えちゃった…」
ヘルパーを召還したカービィはハンマーを失った。どうしよう…。カービィはあれこれ考え始めた。
(ここはボンカースに任せるとして…よし!)
次の瞬間、なんとカービィは逃げ出した!
しかし、カービィには秘策があった。逃げたと見せかけて何かコピー能力を取りに行ったのである。カービィは、近くを歩いていたウォーキーを吸い込み、マイクをコピーすると、再び城へ戻っていった。
そして…
ぽぉぉぉぉぉぉよぉぉぉぉぉ!!!
城の屋上に降り立ったカービィは力の限り歌った。…というか叫んだ。
「ギャアアアァア!!」
あたりに凄まじい悲鳴が響いたが、ノリノリのカービィの耳には全く届いていないようだ。カービィは大声を出し続けた。
静かになった。
バタン!
あまりの騒音に耐え切れず、ボンカースがやられてしまった。
「ボンカース!!」
しかし、ボンカースは気を失って倒れている。
その時、背後でデデデがゆっくりと起き上がった。
「…ここは退散するか。スターロッドを奪わなければ」
「何っ!?」
急いで振り返ったが、デデデは消えていた。遠くに目をこらすと、グレープガーデンの方角に向かって飛んでいく影が見えた。
「よし! 追いかけるぞ!」
カービィはグレープガーデンに向かった。
「えっ…」
グレープガーデンに到着したカービィは、自分の目を疑った。あれほどきれいだった空中庭園は、酷く荒らされていた。住人たちはすでに逃げたあとなのか、誰もいなかった…。
「デデデがもうここまで来ているなんて…」
カービィはワープスターに飛び乗り、スターロッドが安置されている夢の泉に直行した。先回りが成功することを願って。
夢の泉に到着。そこでカービィが見たものは、何の変哲もない夢の泉だった。
その時、泉の反対側で何かが動いた。とっさにカービィは身構えた。
「…? そこにいるのは誰だ?」
そう言って、立ち上がったのはメタナイトだった。
「メタナイト!?」
「カービィ? お前がここに来たということは、やはり…」
どうやら彼も異変を察知し、夢の泉に駆けつけたようだ。メタナイトはカービィから詳しい話を聞いた。
「なるほど…分かった。カービィ、私が時間をかせぐ。お前はこれを持って逃げろ!」
メタナイトは、カービィにスターロッドを手渡した。
しかしカービィは拒否した。
「何を言ってるの!? 僕のマイクでも倒せなかったんだよ? 一人で勝てるわけない!」
「あいつはいつもとは違う、この前よりも数倍は強い…いいから早く逃げろ!」
「…分かった」
カービィはスターロッドを持ってワープスターで逃げた。
すると、その瞬間デデデが目の前に現れた! なんと、デデデの手にもスターロッドが握られている!? まさか…!
カービィはなんとなく思いついたことを口にした。
「どうせおもちゃでしょ?」
「ばれた☆」
(な…なんとくだらない…)
メタナイトはあきれたが、すぐにカービィのほうを向いて叫んだ。
「カービィ! 今のうちに早く行け!」
カービィは逃げようとした。
しかし、デデデも黙ってはいなかった。
「そうはさせるか…!」
なんと、デデデはメタナイトを人質にとった!
「これで逃げられまい…」
「くっ! 油断していた…!」
メタナイトは必死にもがいたが、体を強く締め付けられ抜け出せない。それどころか、動けば動くほど抜け出すのが困難になっていく。
「デデデ卑怯だぞ! メタナイトを放せ!」
「ハッハッハ! どうするカービッ…」
その時。
ドカッ!
何者かに後ろから攻撃され、デデデは倒れた。
「…ワドルディ!!」
なんと、それはワドルディだった。
ワドルディの突然の攻撃で、デデデはメタナイトを解放してしまった。
場に一瞬だけ沈黙が流れた。その沈黙を破ったのはカービィだった。
「ワドルディ! どうしてここへ!?」
「僕もみんなの役に立ちたかったんだ…いつも逃げてばかりだから。でも、もう逃げない! 僕も一緒に戦うよ!」
「だめだよ、ワドルディ! 君を巻き添えになんかできない!」
しかし、ワドルディは断固として聞き入れない。
そうこうしている間に、デデデが起き上がった。もう言い争っている時間はない! カービィは決断した。
「みんな、ここは一旦避難しよう! 攻撃しても起き上がるし、このままじゃ勝てない!」
すかさずメタナイトが答えた。
「ああ、分かった! だが…」
メタナイトはデデデを一瞥した。敵は殺意のこもった目でこちらを睨んでいる。
「簡単には逃げられないだろう」
「とりあえずワープスターまで走ろう!」
カービィの合図で、皆は一斉に走り出した。
逃げてもきっとデデデは追いかけてくるに違いない。カービィには、この逃亡が時間かせぎでしかないことが分かっていた。しかし、無理に戦っても勝ち目がないことは明らかだった。
カービィの心を知ってか知らずか、この考えには誰も反対しなかった。
デデデの目をくらますため、ワープスターは一旦雲の中を通ると、秘密の場所へ向かった。そこは、この星の危機にそなえてカービィが伝説の武器を隠した洞窟であった。
洞窟に到着すると、カービィは中へ入り、奥へと進んだ。そしてつきあたりに転がる大岩のすきまから、黄金に輝く剣――宝剣ギャラクシアを引き抜いた。
一方、メタナイトは戦艦ハルバードを呼んだ。そのうち、カービィが戻ってきた。
メタナイトは戦艦ハルバードを起動した。そして全員が乗りこんだのを確認すると、勢いよく発進した。
伝説の武器を手に入れ、強力な戦艦をも持ち出したカービィ達は、もはや無敵と言っても過言ではない。三人の戦士を乗せ、戦艦は深い闇の中へ飛び込んでいった。
いよいよデデデと対決といった時になって、ワドルディがたずねた。
「ダークマターを倒したら、大王様もいなくなっちゃうんでしょうか?」
「え…?」
カービィが聞き返した。
「ダークマターに攻撃するには、大王様の体を攻撃しなくちゃならない。そんなことしたら、大王様まで…」
(しまった…デデデはダークマターに操られているんだ…)
その時、メタナイトが思いがけないことを言った。
「デデデを攻撃せずに済む方法がある」
「ええっ!」
カービィとワドルディはほぼ同時に叫んだ。それにはかまわず、メタナイトは言葉を続けた。
「こちらには戦艦があり幻の武器もある。手札としては最強だ」
「うんうん」
「つまりだ。それを利用するんだ」
「あ、なるほど!」
メタナイトはさらに詳しく作戦を説明し始めた。メタナイトの考えはこうだ。伝説の武器や巨大な戦艦を見せつけることで相手を本気にさせ、本体を出させる。そうすれば、デデデを攻撃することなく安全にダークマターだけを攻撃することができる。
「うまくいけば、デデデも参戦してくれるかもしれない」
「なるほどー! メタナイト、頭いいじゃん!」
「ふん、みくびってもらっては困る。では、作戦開始!」
三人は甲板の上の目立つ所に陣取った。メタナイトは腕を振り上げ、いかにも自信満々といったポーズをとった。
「出てこい。おまえの負けだ」
メタナイトは声高らかに宣言した。
「な…なんだと…!」
案の定、プライドの高いダークマターは挑発に乗った。怒りにまかせて突進しようとした敵は、戦艦の巨大さに圧倒されて足を止めた。
「もう一度言う。おまえの負けだ。デデデを解放し、おとなしくこの星から出ていけ」
メタナイトは再度宣言した。
敵はますます怒った。
「俺が…負けることなどない…!」
メタナイトの態度に我慢できなくなり、敵はついにその正体を現した。そして剣士の姿になると、こちらに向かって勢いよく突進してきた。
「今だ! 撃て!」
メタナイトの合図で、ワドルディは主砲のスイッチを押した。
ドカーン!!
主砲がものすごい音を立てて火を吹いた。
ズドン!!
何かに弾が当たった。その瞬間、あたりが煙に包まれ、何も見えなくなった。
「そんな攻撃で倒せるとでも?」
「何っ!?」
煙の中から現れたのは、無傷のままのダークマターだった。よく見ると、弾は地面に大穴を作っただけだった。
「あんな素早い弾をよけたというのか!?」
「俺のスピードをなめるなよ」
(くそっ! これでは戦艦は役に立たない!)
「メタナイト、ここは僕に任せて!」
そう言うと、カービィは戦艦を降りた。
「おい! ちょっと待て! ワドルディ、お前も降りるぞ!」
続いて二人も戦艦を降りた。
カービィはギャラクシアを頭上に掲げた。
「ダークマター! 僕が相手だ!!」
「いいだろう…そんなに自信があるのなら、俺が相手になる。だが」
ダークマターは三人のうち一人を指さして言った。
「俺の相手はお前一人だ!!」
ダークマターに指名されたのは…
「えっ!?」
「そんな…!」
「何だって!?」
なんと、ワドルディだった。あまりの意外さに、三人は黙ってしまった。
「どうした? 勝つ自信がないのか?」
すかさずダークマターが言う。
「どうする、ワドルディ?」
カービィが尋ねる。
(ワドルディが勝てるわけがない…)
このままでは絶望的だ。メタナイトは必死に頭をめぐらした。
「だがお前にもプライドというものがあるはずだ。ここは私と剣で勝負しろ!」
ワドルディの返事も待たずにメタナイトは叫んだ。
「ちょっと、メタナイト!」
きっとこれは罠だ。そうでなければ奴がこんなこと言うはずがない。ダークマターと直接対決したことのあるカービィは、敵が何か企んでいるのではないかと心配だった。
ダークマターが一歩近づいた。やる気満々のメタナイトを無視し、ワドルディのほうに視線を向け続けている。
(もうだめだ…)
三人がそう思ったその瞬間。
ワドルディが敵に向かって突進した!
まさかここでワドルディの突進を受けるなど想定もしてなかったダークマターはひるんだ。
「よくも大王様にとりついたな!」
すぐ離れるとそばにあった槍を手にした。
「大王様は僕が守る!」
再び敵に向かっていく。しかし起きあがったダークマターに攻撃された。
「雑魚ごときが調子に乗るなよ…!」
一瞬にしてワドルディの後ろに移動したダークマターは、思い切り剣を振り上げて斬りかかった。
バシッ!!
目にもとまらぬ速さで飛び出したデデデは、ワドルディの代わりに剣を受けた。
「大王様!!」
すかさずワドルディがデデデに駆け寄る。そのとたん、デデデはワドルディを弾き飛ばした。
「来るな! わしは大事な部下をこんなところで失いたくない!」
「だ、大王様…」
ワドルディは感動した。こんなにも部下の自分を思っていてくれたなんて…!
しかし、感動している暇などなかった。デデデ一人がダークマターを倒せるとは思えない。残った三人は、全員が違う方向から一斉に攻撃をしかける作戦に出た。メタナイトは自身が攻撃する合図をした。そこから三人は作戦を読み取った。
メタナイトがダークマターに斬りかかる!
カキーン!
剣と剣がぶつかり、場に金属音が響いた。
「それだけか…?」
ダークマターが呟いた。すると、間髪を入れずにメタナイトが叫んだ。
「今だ! やれ!」
カービィの吸い込み!
ワドルディの槍攻撃!
デデデはおにごろしかえんハンマーを溜めている!
ダークマターは初めて自分が罠にかかったことに気付いた。
「くっ…このままではマズイ。こうなったらお前にとりついてやる!」
「カービィ!」
メタナイトが叫んだときには遅かった。ダークマターはカービィの中に静かに入り込んでいった。
…というより吸い込まれた。
「ポヨ?」
これで終わったのだろうか?
しかし、しばらく経ってカービィに異変が起きた。カービィはふらつくと、地面に倒れた。
「カービィ!」
三人が一斉にカービィのもとへ駆け寄り、名前を呼んだ。
メタナイトはカービィを抱き起こした。
「おい、カービィ! しっかりしろ! カービィ!!」
「うーん…」
「どうしたんだ、カービィ! おい、大丈夫か!?」
「ん…メタナイト…? えっと…駄目みたいだよ…なんだか気分が悪いんだ…」
だんだんカービィのまぶたが重くなっていく。
「カービィ!!」
メタナイトが再び叫んだその時、カービィの口から勢いよく黒い物体が飛び出した。それは、ダークマターの本当の姿――リアルダークマターだった。
そして次の瞬間、なぜか急に闇が晴れ、まばゆい光がダークマターを直撃した!
「ぐわっ!! 何だこの光は!?」
それはクリスタルから発射された光だった。光がおさまると、上空からリップルスター出身の妖精・リボンがこっちに向かってくるのが見えた。
「みんな! 大丈夫?」
しかし、メタナイトはリボンを知らない。警戒して剣の柄に手を当てた。
「誰だ!?」
「心配するな。あの子はわしらの味方だ。過去にあんなことがあってな」
デデデは、以前自分たちが散らばったクリスタルの欠片を集める手助けをしたことを語った。
メタナイトは安心してリボンと向きあった。
「なるほど。しかし、なぜここへ?」
「クリスタルが誘導してくれたの。邪悪な気配が大きくなるのを感じるってね」
皆の目の前で、ダークマターが消え去った。
「倒したのか?」
「分からない…でも、とりあえずプププランドの危機は去ったわ。いつまた現れるかは分からないけど…」
リボンは、先ほどまで闇の剣士がいた空間に目を向けた。
メタナイトが立ち上がった。
「よし、帰ろう。…そうだ、カービィは!?」
「…お、おなかへ…った…」
皆はあきれた。
こうして、平和なプププランドにまたあきれかえるほどの平和がやってきた。カービィは呑気に原っぱでお昼寝をしている。他のみんなも、事件が起こる以前の暮らしに戻った。
ダークマターはあれから現れることはなかった。しかし、ダークマターは人々の心の闇が作り出した敵。人の心に闇がある限り、奴はきっとまた現れるだろう。
だが、このカービィ達の様子を見ると、そんな心配はいらないようだ。
この星には、もう二度と来ないだろう。
きっと。