号笑 第一章 「夏野陽毬の号笑」
「夏野ってさ、キモくない?」
ある晴れた夏の日。
蝉の声がやたらと耳に響く。ラジオのような教室内の喧騒の中に、一つ刃物のような言葉が投下される。
少なくとも私にとっては、刃物だ。
夏野陽毬(なつのひまり)。それが私の名前。
だからさっきの刃物は、明らかに私に向けられたものだ。
その刃物の柄を握っている手の持ち主は、教室の真ん中にたむろしている、いわゆる「一軍女子」だ。
「キモいよね」
「わかるわ」
「なんで地味子の癖に調子乗っちゃうんだろうね」
「ほんとにね〜」
ぐさり。本当に刃物が刺さったわけではないのに、私は強く胸を押さえる。息が苦しい。今口を開けたら……大変なことになってしまう。それを悟った私は胸の辺りに置いていた手をそのまま口に持ってくる。必死で口を押さえる。声が出てしまわないように。肩が小刻みに震えている。どうしたらいい、どうしたらいい、と脳が喚く。
どうしたらいいかなんて知らない。とにかくこの場をやり過ごさないと。
「あ、あいつまた口押さえてる。」
「本当だ」「またアレ?」「きもー」
アレ。刃物の中に混じったその言葉。
そう。「アレ」がなければ私はこんな惨めな思いをすることはなかった。しかし「アレ」は必死に口を押さえようと、もう喉にまで差し掛かっている。
もう時間の問題だ。そう判断した私は、一目散に走り出した。女子トイレ目掛けて。
しかし、トイレに着く前にそれはもう口から噴き出てしまった。
「っあっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
廊下で突然狂ったように高笑いをし出す私に、通りすがる男子がこちらを凝視する。触れない方がいいと判断したのか、何も言わずに通り過ぎていった。
噴き出てしまったものはしょうがない。もう、こうなったらどうでもいい。私はトイレに向かって走りながらずっと笑い続けた。
トイレに着いても笑いは止まらなかった。
魂を吐き出すかのように、私は、昼休み中トイレの個室の中で笑い続けた。それは個室に、手洗い場に、廊下にこだまして、悪夢のように響いていた。
「ああ、あいつまた笑ってるよ。うるさいなあ」
「きもちわる」
「何が面白いんだろ」
「ドMなんだよきっと〜」
「えー!更にキモい!」
それは教室まで届いていた。
続く