あしかのらいぶらりぃ
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執筆者: 桜木ハル/投稿日時: 2011/08/01(月) 07:34:31
投稿者コメント:
季節ネタ第三弾。主人公はカービィです。
夏をテーマに、ちょっとギャグっぽく書こうと思って書き始めたのですが、
最終的に全然違う話になってました…。
小説の展開がどうなるのかは、実は書いてる本人にも分からないのです。

小説の展開や表現よりも、文字数の制限に悩まされました…。
でも、なんとかぴったり10000文字に収めることができました。
ごゆっくりお楽しみください。
君がいた夏
  あの夏へ。
  僕が君に出逢ったあの夏へ、もう一度。

 その日、僕はとても退屈していた。何かしようとは思うけど、この暑さじゃ何もやる気が起きない。
 プププランドは今、夏真っ盛りだ。ぎらぎら照りつける太陽。騒がしいセミの合唱。毎日のように降る夕立。中でも一番問題なのは、このうだるような熱気だ。こんなんじゃ何をするにも暑いし、食べ物もすぐに悪くなっちゃう。あーあ…早く涼しくならないかなー…。
 あ、別に夏が嫌いなわけじゃないんだよ。でも、今年はちょっと暑すぎるような気がした。僕は空を見上げて太陽をにらんだ。ミスターブライト、いくらなんでも張り切りすぎなんじゃないのかなぁ…。
「あぁ、暑い!」
 僕は我慢できなくなって叫んだ。
「暑い!」
 太陽目がけて叫ぶ。もしかしたら、気付いてくれるかも…?
「暑い! 暑いよー!」
 僕のありったけの大声は、陽炎のゆらめく空の彼方へ消えていった。跳ね返ってきたこだまも、セミの合唱にかき消されて聞こえなくなった。
 どうせブライトには地上の声なんて聞こえないんだろうな…。
 なんだか余計暑くなったような気がする。僕は部屋の隅の、陽の当たらない涼しい場所に避難した。
「海に行こうかな…」
 急に浮かんできたその考えを、僕は誰にともなくつぶやいた。
 ちらっと窓の外に目をやった。この暑さの中、外に出るのはちょっと嫌だけど…でも、海では冷たい水が僕を待っている。
 よし、海に行こう!
 そうと決まれば善は急げだ! ワープスターに飛び乗って、僕は空高く舞い上がった。

 予想外だった。
 全然冷たくない。これじゃまるでぬるま湯だ。それにこの日差し! 砂浜って、何も日差しをさえぎるものがないんだっけ…すっかり忘れてた…。
 僕はちょっと失敬して近くの敵を吸い込むと、パラソルをコピーした。日傘を差したって、この熱気はどうにもならないけど、とりあえず直射日光には当たらずに済む。僕はほっと一息ついた。
 片手にパラソルを持ちながら、僕はしばらく波打ち際でぱちゃぱちゃやった。
 太陽が僕の真上に来た頃。

 ぐうぅ〜

 おなかの虫が鳴いた。こんなに暑くても、僕のおなかは元気みたいだ。我ながらあきれちゃうなぁ。
 そうだ、大王のお城に行こう! デデデ大王のお城になら、きっと食べ物がいっぱいある。それに、クーラーが効いてて涼しい!
 僕は再びワープスターを飛ばした。

 お城に到着。僕は門番のワドルディに大急ぎで入り口を開けるように言った。

 バァン!

 扉が豪快に開く音と同時に、奥からクーラーの涼しい風が…
 …来なかった。
 その代わりに吹いてきたのは、外よりさらにひどい熱風だった。
「あ…暑い…。これ…一体どうなってるの…」
 城の廊下には誰もいなかった。きっとみんな外に出払っているのだろう。こんなに暑い室内にずっといたら、誰でもおかしくなってしまうに違いない。
 僕も外へ出よう。なんだか気持ち悪くなってきちゃった…。
 門番にお礼を言って、一歩踏み出したその時だった。

 ……い…

 ん? 何か聞こえた気がする…。まるで誰かの声みたいな…。

 おーい…

 やっぱり人の声だ!
 僕は耳をすませた。意外と近い。間違いない、お城の中から聞こえてくる。暑さでふらふらするのを我慢しながら、僕は声の方向に進んでいった。
 階段を上がるごとに、助けを求める声は近くなってくる。それにしても、この太い声…もしかして、デデデ大王?
 大変だ! 僕は大急ぎで階段を駆け上がった。
「大王! 大丈夫!」
 僕は急いでコップに水をくむと、暑さにあえぐ大王の口に持っていった。
「ん…? か…カービィ…?」
「いいからこれ飲んで!」
 大王はコップを受け取ると、おいしそうに水を飲み干した。
「ふぅ…すまんな…」
「いいよ、お礼なんて。ところでこの暑さ…どうしたの? このお城の中、外より暑いじゃん!」
「ああ、それか…実はな…」
 大王の話によると、急にお城のクーラーが故障したらしい。あまりにも暑いから、機械を休ませずにずっと動かしてたんだって。
 僕はとりあえずそばにあったタオルを一枚濡らして、大王の顔にかけてあげた。
「大王はまだ寝てたほうがいいよ。これって絶対熱中症だから」
「あぁ…」
 大王はあいまいな返事をして目をつぶった。
 これでよしっと。大王が寝息を立て始めたのを確認してから、僕は部屋を出た。

 結局、どこへ行っても涼しくない。生温かい風を切りながら飛ぶワープスターの上で、僕は考えた。涼しい場所を探してうろうろするよりは、うちでおとなしくしてるのが一番かな…。
 気を紛らわせるために、僕は地上を見下ろした。あっ、アドレーヌがいる。何持ってるのかな…キャンバスだ。こんなに暑いのに外に出て絵を描いてるの? うへぇ。よっぽど絵が好きなんだなぁ…。
 そういえば、いつかアドレーヌに「願い事が一つ叶うなら、何をお願いする?」って聞かれたことがあったっけ。アドレーヌは「世界中のものを絵に描いてみたい」って言ってた。その時も、僕はアドレーヌの絵描き好きにあきれたなぁ。
 僕は「分からない」って答えたけど、今なら分かる。「この暑さを何とかしてくれ」。今の僕の願いは、これしかない!
 ん…待てよ…? もしかしたら、その願いは叶うかも!
 僕はその場でUターンをすると、プププランドの果てに向かった。

 神秘的な輝きを放つ泉の前で、僕はワープスターを止めた。
 夢の泉。全ての生き物の夢と希望が集まるところ。眠りに就いた生き物に、楽しい夢と希望を与える場所。
 今のところ僕が知っている夢の泉の役割はそれだけだけど、この泉の力は絶大だ。近寄っただけで体中がぴりぴりする。特に、この泉の力の源であるスターロッド――これには何かすごい秘密が隠されているに違いない。ひょっとしたら、夢を現実にする力だってあるかも…?
 ところでこの水…きらきら光ってて気持ち良さそうだなぁ…。僕は片足を泉に浸した。すると、一気に冷たさが足から体へと駆け上がってきた。こんなに暑くても、この泉の水は冷たいままだなんて…ますます不思議だ。
 僕は泉の中心に向かって数歩進んだ。よし、一か八かでスターロッドにお願いしてみよう! 僕はそのまま進んで、スターロッドが安置されている台のふちに手を掛けた。続いて足も。ここで前に身を乗り出して…届いた!
 手が届いたところで、僕はスターロッドをにぎって引っぱった。…あれ? 取れないぞ? 見ると、スターロッドはしっかり台に固定されていた。もう一度強く引っぱる。しかし、スターロッドはびくともしない。くっ…意外とかたいな…。
 ええい、やってられるか! 僕はありったけの力を込めて引っぱった。
「えいっ!」
 その時、ボキッと妙な音を立ててスターロッドが台からはずれた。衝撃で体が後ろに倒れる。
「あっ! スターロッドが!」
 不思議な力を秘めた星の杖は、僕の手をすりぬけるようにして離れた。スターロッドはそのまま弧を描いて飛んでいき、後ろの森の中へと姿を消した。
 もしかして僕…すごくいけないことした?
 とりあえず、超が付くほどまずい事態になったことは分かった。僕は急いでスターロッドが飛んでいったらしき森の中へと向かった。

 それはすぐに見つかった。少し奥に進んだ場所に木の少ない草地があって、スターロッドはそこに置かれるようにして横たわっていた。僕はその杖を拾ってにぎりしめた――念のため頭の中に願いを思い浮かべながら。近くの木から小鳥が飛び立ち、静かな森の中に羽音が響いた。でも、それ以上変わったことは起きない。森は再び静寂に包まれた。
 やっぱりスターロッドにお願いするなんて無駄だったのかな…。僕はあきらめて森の外へと歩き出した。
 その時。

 コツン

 足の先が何かに当たり、僕は驚いて飛び上がった。見ると、しげみから何か棒のようなものが突き出ている――いや、棒じゃない。これは誰かの足だ! 誰か倒れてる! 僕は生い茂る草をかき分けてしげみの奥をのぞいた。
「あっ!」
 そこにいたのは、人間だった。アドレーヌをもっと小さくしたような、人間の女の子。短めの金髪に丸っこい顔。きれいな若草色のワンピースを身に着けている。その女の子は気を失っているのか、ぴくりとも動かなかった。
「ねえ。ねえ、君!」
 僕は小声で呼びかけた。返事はない。
「ねえ、どうしたの? ねえったら!」
 今度はもう少し大きな声で呼んだ。まぶたが小さく震えた。
 僕は声をかけながら、女の子を軽く揺すった。
 すると…
「う…うーん…」
 大きく伸びをして、女の子が目を覚ました! 女の子は目を開けると、びっくりしたようにあたりを見回した。地面に視線を落とし、キャッと小さく叫ぶと、震えながら手を顔のあたりまで持っていった。女の子は自分の顔を確かめるように数回なでてから、やっと僕のほうを向いた。
「ねえ、君は…誰?」
 僕はそっと声をかけたつもりだったけど、女の子はすごく驚いてしまったみたいだった。弾かれたように走り出すと、木立の向こうに姿を消した。
 僕は森から出て、スターロッドを泉に戻した。…と、その刹那。森の中から、小さな叫び声が聞こえた。続いてドタッという音。僕は急いでそちらへ向かった。
 行ってみると、さっきの女の子が足を押さえながらうずくまっていた。
「ど、どうしたの! 大丈夫?」
 僕はすぐに駆け寄って、女の子が押さえているあたりを触った。
「…ッ!」
 女の子は飛びのいた。
「ご、ごめん! 痛かった? でも、もしかしたら君、ケガしたかもしれないんだ。ほら…大丈夫だよ、何もしないよ」
「……」
 女の子は黙って僕のそばに腰を下ろした。茶色い瞳で、こっちを油断なく見張っている。僕は彼女の視線を避けるようにして目線を落とした。
 女の子の足を見てみた。どうやら、足の裏にトゲが刺さっているみたいだ。僕は一言声をかけたあと、トゲを抜いてあげた。
「どう? 痛くなくなった?」
 僕の声で、女の子はおびえたような目をこっちに向けた。
「…? どうしたの?」
 そう問いかけると、やっと聞き取れるくらいの小さな声で女の子はつぶやいた。
「…ありがとう」
 それは感謝の言葉だったけど、僕にはそれが本心から言っているようには思えなかった。彼女の瞳は何か別のところへ向けられているようだったし、顔は不安に曇っていた。
 何か言ってあげたほうがいいのかな…。
「ねえ、君」
 そこまで言って、ふと気付いた。そういえば、この子の名前は…?
「君、なんて名前?」
「…え?」
「ほら、名前だよ。僕はカービィっていうんだ。君は?」
 しかし、女の子はふるふると首を振った。
「名前は?」
 僕はもう一度尋ねた。でも、女の子は黙ったまま何も答えようとしない。どうして…?
 その時、女の子がぽつりとつぶやいた。
「なまえ、って、何?」
「名前だよ。君、今まで誰かに呼ばれたことないの?」
 女の子は僕の話していることが分かっていないようだった。僕は女の子にも分かるように、名前とはどういうことなのか、呼ばれるとはどういうことなのかを説明してあげた。
 僕は念のためもう一度名前を聞いてみた。ところが、彼女の返事は同じだった。
 僕は仰天した。それと同時に、この子がかわいそうに思えてきた。こんな森の中に一人で、しかも誰からも呼ばれたことがないなんて…。自分以外の誰かに出会ったのも、これが初めてなのだろう。僕はなんとかしてこの子の力になってあげたかった。
 でも、名前がないんじゃなんて呼んだらいいのか分からないし――。
「ねえねえ」
 急に話しかけられて、僕は現実に引き戻された。
「じゃあ、名前付けてよ。えーっと、えーと…うーんと…」
「カービィ」
「そう、カービィちゃん! ねえカービィちゃん、私に名前をちょーだい! 私も呼ばれてみたいなぁ」
 女の子は期待の目をこちらに向けている。「カービィちゃん」なんて…恥ずかしいなぁ…。
 僕はちょっと照れながら、女の子を観察した。どういう名前がこの子に合うんだろう…。かすかな木洩れ日に、女の子の金髪が照らされている。その輝きは、僕に真夏の太陽を連想させた。
 サニー。
 ふと、そんな名前が思いついた。晴れの日や、日なたを意味する異国の言葉。考えれば考えるほど、その名前は彼女にぴったりな気がした。
「サニー…っていうのはどう?」
 僕は思ったままを口にした。すると、女の子の表情がぱっと明るくなった。
「うん、いい! いいね、カービィちゃん! サニー! 今度から、それが私の名前になるんだね! やったぁ!」
 サニーは飛び上がるようにして喜んだ。彼女は、僕が付けた名前をとても気に入ったみたいだった。
 いつの間にか陽が傾いてきていた。
「ごめん、もう帰らなくちゃ」
「カービィちゃん、また明日来てくれる?」
「うん。必ず行くよ」
 僕はサニーにさようならを言って、森をあとにした。

 次の日。
 僕はいつもより早起きして朝食をとると、サニーのいる森に向かった。
 サニーは昨日と同じ場所で僕を待っていた。
「あ! カービィちゃん!」
「おはよう、サニー。ほら見て! 今日は色々おもちゃを持ってきたんだ。これで遊ぼう!」
 僕は、持ってきた袋をサニーに差し出した。彼女は感嘆の声を上げた。
「どういうのがいいのか分からなかったから、いっぱい持ってきちゃったんだ…。えーっと、これはぬいぐるみ。かわいいでしょ? んで、これはおままごとセット。こっちは色鉛筆とお絵かき帳だよ。そして、これは…」
 僕は次々にサニーの前におもちゃを置いた。正直、女の子の遊ぶものって分からなかったし、サニーが何歳くらいで、どういうことが好きなのかも分からなかった。おもちゃの選択には自信がなかったんだけど――。
 でも、サニーの様子を見て心配は吹き飛んだ。彼女は瞳をきらきらさせておもちゃを見つめていた。
「じゃあ私、これやりたい!」
 サニーが手に取ったのは、トランプだった。
「じゃあ、何する? ババ抜き? 七並べ? ポーカー? …あ、遊び方知ってる?」

 ヒュン!

 僕の前を四角いものが横切った。見ると、なんとサニーがカードを投げて遊んでいた。
「わあああ! そうやって遊ぶんじゃないよ! 危ないって、うわあ!」
 うーん…思ったよりサニーは小さい子みたい…。遊び方から教えなくちゃなぁ…。

 その日から、僕は毎日サニーのいる森に通った。僕の思った通り、サニーはほとんどおもちゃの使い方を知らなかった――というより、「遊ぶ」ということもよく分かっていないみたいだった。
 そりゃそうか。話によると、サニーはずっと森の中一人で暮らしていたらしいし…遊び友達もいなかったのかな…。
「ねえねえ、これはどうやって使うの?」
 サニーは色鉛筆を手に取った。
「ああ、これはね…」
 僕はお絵かき帳を開いて、適当なページに一本線を引いてみせた。
 サニーが、はっと息を飲む。
「こうやって、線を引いたりして遊ぶんだ。こうやってこうすると…」
 僕は大きく自分の名前を書いてみせた。
「ほら、これが僕の名前。『カービィ』って書いてあるでしょ?」
 僕はちらっとサニーの顔をうかがった。やっぱり思った通りだ。彼女はなんだかよく分からないという様子で字を見ていた。
 僕は、サニーに鉛筆の持ち方から字の書き方、読み方まで丁寧に教えてあげた。サニーが果たしてちゃんと分かってくれるか心配だったけど、彼女は驚くほどのスピードで僕の教えたことを覚えていった。夕方になる頃には、彼女は簡単な単語なら読み書きできるようになっていた。
 楽しそうに文字を書くサニーに、僕は話しかけた。
「絵も描いてみたくない?」
「え…って?」
「こうやるんだよ」
 僕は新しいページを開くと、近くに咲いていた花を見ながら絵を描いた。
 サニーが歓声を上げる。
「すごいね、カービィちゃん! お花が紙の上に咲いたよ! きれいだな〜」
 そんな風に自分の絵をほめられたことがなかったので、僕はちょっと恥ずかしくなって頭をかいた。
「そんなに上手じゃないよ、僕の絵は。…そうだ! 僕の友達に、とっても絵の上手な子がいるんだ。サニー、会ってみたくない?」
「うん! 会ってみたい!」
「じゃあ…」
 そこまで言って、僕は言葉を切った。もうすぐ陽が沈みそうだ。
「今日はもう暗くなっちゃうから、明日にしようか。じゃあね、サニー!」
「ばいばい、カービィちゃん!」

 翌日、僕はアドレーヌと一緒にサニーのところへ行った。サニーはアドレーヌを見てすごく喜んで、はしゃぎまわった。
 僕たちはしばらく絵を描いて遊び、一緒におしゃべりした。アドレーヌはサニーの似顔絵を描いてあげて、それをプレゼントした。
 夢中で絵を描いて遊んでいるサニーを見ていた僕に、アドレーヌが話しかけた。
「カーくん、ちょっと話があるんだけど…いい?」
「え?」
 アドレーヌは、サニーに背を向けるように僕に言った。
「ちょっと二人だけで話したいことがあるの。あのね、サニーちゃんについてなんだけど…」
 サニーのほうをちらちらうかがいながら、アドレーヌは話を切り出した。
「あの子、どこから来たのかしら…。見たところまだ小さい子みたいだけど、近くに親がいないなんて、おかしいと思わない?」
 アドレーヌの言うことはもっともだ。もちろん、僕はサニーに家族や兄弟について聞いてみたことはあった。でも、いつも彼女は困った顔をして答えようとしなかった。
「ねぇ、カーくん」
 アドレーヌはさらに質問しようとしてくる。僕は答えに詰まってしまって、黙ったままうつむいていた。
「カービィちゃーん! 見て見て! 描けたよー!」
「えっ? あ、うん。待ってて、今行くよ!」
 サニーの明るい声に助けられて、僕はその場を脱出することができた。でも、僕の背中には、不安そうなアドレーヌの視線がまとわりついていた。

「ねぇ、そろそろお昼にしない?」
 アドレーヌが明るい声で言った。
「二人とも、おなかすいたでしょう? それに、サニーちゃんにあたしの特技を見せてあげたいなーって思ってるの」
「ああ! そうか!」
 アドレーヌの思惑を悟り、僕は思わず手を打って喜んだ。そして、横できょとんとした表情をしているサニーに言った。
「あのね、アドレーヌは、絵に描いたものを本物にすることができるんだよ!」
「えっ!」
 目をまんまるにしてアドレーヌを見つめるサニー。その視線を受け止め、アドレーヌは照れくさそうにウィンクしてみせた。
 アドレーヌは画材を取り出し、描き始めた。見る見るうちに、キャンバスの上に色が広がってゆく…。最後の仕上げにちょっと一振りしてから、アドレーヌは筆を置いた。
「さぁ、できたわよ」
 そこには、おいしそうなサンドイッチの並んだバスケットが描かれていた。サニーと僕は、食い入るようにそれを見つめた。
「いい? 見ててね」
 軽くキャンバスの端を叩く。

 ぽんっ!

 楽しげな音を立てて、絵が実体となって躍り出た。わぁっ! 僕は思わず歓声を上げてしまった。
「さぁ、どうぞ」
 アドレーヌに言われるや否や、僕はサンドイッチにかぶりついた。う〜ん、おいしい! こう言うのはちょっと変かもしれないけど、やっぱりアドレーヌの絵はおいしいなぁ!
 いつの間にか、サニーがこっちをのぞきこんでいた。彼女はサンドイッチには手を付けず、僕が食べる様子をじっと見ている。
「サニー、君は食べないの?」
 ううん、と、首を振る彼女。
「私、こういうものは食べないの。きれいな水を飲むだけ」
 そう言うと、サニーは決まり悪そうにそっぽを向いた。
 アドレーヌが心配そうにこっちを見る。
「カーくん…」
「……」
 やっぱり、サニーはどこか変だ。心配だなぁ…。

 僕らはほとんど毎日遊んだ。ところが、サニーは日に日に元気がなくなっていった。どこかしょぼんとしているというか、生気がないというか…。
 一つ気付いたことがあった。サニーは、昼間の一番暑い時間帯に、よく一人で日なたにいることがある。日射病になっちゃうよ! って、何度も止めたけど、聞き入れようとしない。まるで、それは彼女にとって何か大切な意味がある儀式のようだった。
 サニーの両親らしき人も迎えにこない。サニーはこの話題についてあれこれ聞かれるのを嫌がったから、その前に家族がいるのかどうかも分からない。僕とアドレーヌは内緒で彼女の手がかりになるようなものを探そうとしたけど、結局失敗に終わった。サニーはすごく嫌がっていたし、僕もこれ以上詮索するのは嫌だった。
 そんなこんなで、楽しい夏は駆け足で過ぎていった。
 そして、初めて涼しい風が吹いたある日、別れは突然やってきたんだ…。

「サニー!」
 いつものように大声を上げながら、僕はサニーのいる森に足を踏み入れた。
「サニー! 遊ぼうー!」
 僕はまた大声を上げた。草地へと続く森の小道を、急ぎ足で進む。おかしいな…いつもなら、ここでサニーが飛び出してくるはずなのに…。
 目の前が開けた。いつもサニーが住みかにしている草地に着いたんだ。しかし、いくら周りを見渡してもサニーの姿はない。
「サニー? ねぇ、サニー!」
 返事はない。
「サニー!」
 ありったけの呼び声もむなしく、深い森に吸い込まれて消えていった。僕は絶望して、柔らかな草の大地にどさりと腰を下ろした。
「そんな…サニー…」
 何も言わずにいなくなるなんて…。こんなこと、今まで一度だってなかったのに…。サニーがいなくなって初めて、僕は彼女の存在がどれだけ大きかったのかに気付いた。

 サァッ

 気まぐれな風が森の中を吹き抜け、木を大きく揺らす。優しい木洩れ日が、地面に一条の光を投げかけた。思わずその光の筋を目でたどってゆく。
「ん…?」
 そこには、枯れかけた一輪のひまわりがあった。
 こんなところにこんな花、あっただろうか…? 僕は不思議に思った。毎日ここに来ていたんだから、花――しかもこんな大輪の――があったら気付かないわけがない。ずっと動かない花に、今さら気付くなんてことがあるだろうか?
 ふと、根元に一枚の紙きれが落ちているのに気付いた。丁寧に折りたたまれている。なんだろう? 拾い上げて、そっと開いてみた。
「あっ!」
 僕の目に飛び込んできたのは、拙いけれど、一生懸命書かれた文字――サニーが書いた文章だった。

  かーびぃちゃんへ

  がんばってひとりでおてがみかいたんだ。すごいでしょ。
  こんなにたくさんもじかいたことないから、よみにくかったらごめんね。
  かーびぃちゃん、あそんでくれてありがとう。
  とってもたのしかったよ。
  もうあっていえそうにないから、おてがみにしてかーびぃちゃんにつたえるね。

  そこにひまわりがさいてるのがみえる?
  それがわたしだよ。
  わたしのうえにほしのついたぼうがおちてきて、
  わたしはにんげんになったみたい。
  よくわからないけど、ずっとまえからあるいたりはしったりしてみたかったから、
  おねがいごとがかなったのかな?
  ずっといえなくてごめんね。
  こんなこといっても、しんじてもらえないとおもったから。

「そんなことないよ。僕はサニーを信じてたよ」
 思わずつぶやいていた。
 そうだったんだ…あの時、僕が投げたスターロッドがぶつかって…。
 そうだったんだ…サニーは、あの時…。

  なにをかいたらいいのかな。もうわからないや。
  かーびぃちゃん、さようなら。
  もうすこしみんなであそびたかったな。

 ぽつっ、ぽつっ、としずくが落ち、紙の上の文字をにじませた。僕は、いつの間にか泣いていた。
 頭の中に、サニーと過ごした夏の日々が、鮮やかによみがえってくる。初めての出会い、名前を付けてあげたこと、一緒におもちゃで遊んで、いっぱいおしゃべりして…。全ての出来事が、僕の中でまぶしく光り輝いていた。
「ありがとう、サニー。君に出会えて、本当に良かった」
 最後に花びらを優しくなでて、僕は森をあとにした。

 ひと夏の思い出を胸に。

〜完〜

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(c) 2010, CGI Script by Karakara