白蝶の生まれた非情な世界
私が生まれたその世界のその国は、知る人には『殺害王国』と呼ばれていた…らしい。そこを「蝶の楽園」…なーんて呼ぶ人もいたらしいけど、そんなのは散りゆく蝶を、朽ちゆく蝶を、何も知らない人。それだけだった。蝶の楽園だなんて、勘違いも甚だしい。
かつて、この世界の、この王国の、私たち蝶の一族は人が虫を殺すように自然と、人を殺していた。いっそ、それが常識のように…当然のように、戦闘種族なわけではないけれど。
あくまでそれは昔のことだけど、時々先祖返りのように異常な『殺』と言われる狂気をもつ子が生まれる。とくに、殺害王国の中心だった王族の血を引くモノが。それは私のように、突然変異のように。
自覚はしていた、壊れているという自覚。非情で、異常だという真実も。殺すたび、殺すたび、向けられる数多の目と、私が向ける目で。
はじめは殺すたびに向けられる目に疑問を抱いていた。そういう国で、そういう世界で、そういうものだと思っていたから。だけど、それが違うのだと知っていった。そして、徐々に自分が孤立していることにも、気がついていった。
そして、両親をも殺した末に、私は再び、非情な殺害王国に身を晒していた。
向けられるのはいずれも共通する『恐怖』に『嘲り』、『蔑み』だった。構わないとすべてを無視した。相手がこちらに手を出せば躊躇なく殺した。
なんど助けを乞われても、憎しみを叫ばれても、私は無情に見ることしかしなかった。もう完全に壊れていた、…そう思っていた。
殺害王国と呼ばれたことも、蝶の楽園と呼ばれたことも、この国のモノがごくひとにぎりになると国自体が忘れられていった。そしてこのまま滅ぶ国とともに、私は死ぬんだろうと思っていた。
だけどそうでもなかったようで、よくない奇跡が何重にも重なったのか、はたまた運命の神の悪戯か、私は奇妙なものに声をかけられた。
ほぼ蝶しかいないといっても過言ではないこの国や周辺…世界とまでは言わない…からしたら、奇妙だろう。”彼女”は真っ黒な布にすべてを隠していた。
”彼女”は己に名はないといった。壊れた堕天使なのだと。…あぁ、私は呼び名がないと面倒だからって、シイナって呼んでるわ。いまほど見た目は壊れていなかったのだけど…。
シイナは私にXを使うようにいった。標準的な感情状態にしたりする効果で、副作用は自我が薄れること。本当の目を隠すにもってこいでもあった。
そして私は生まれた世界を去った。あの全ての人が本当は狂っていたであろう、非情な世界から…。
そんな、白蝶が生まれた世界の話。