時計屋
ねぇ、君は知っている?
あの丘の上。
あの高い高い丘の上にはね、小さな時計屋さんがあるんだって。
その時計屋さんは、時間を戻すことが出来るっていう噂があって。
だからいつか行ってみたいな。
その時は、アドレーヌも一緒に行こうよ。
…そう君は言っていたよね。
だから私はここまで来たんだ。
何故君が笑わなくなってしまったのか。
君の笑顔を探しに来たよ。
…私はいつでも笑っているのに。
いつでもいつでも、君の笑顔のためなら笑っていられる。
なのに、どうして…?
*
ここは丘の上、小さな時計屋さんの前。
少しボロボロで、ドアの取っ手を引っ張ったら、崩れるんじゃないだろうか…などと不安に思っていた。
「ごめんくださーい…」
ドアを少し開けてみると、アンティーク調の空間が広がっていた。
外見は年季が入っているように見えるけど…
中はゴミ一つ無い、木製で茶色が主となっている統一感のある綺麗な部屋。
売っている時計、すべてアナログ式の時計。
まぁ、当たり前か。こんな古い店だったら。
鳩時計、壁時計などなど…時計一色。
「いらっしゃい、アドレーヌ様」
急に声を掛けられ、少し肩がビクッと動いた。
声の聞こえた方を見ると、「いかにも魔女!」という感じの…。
白髪だけど、声からして若い女性。少し年上くらいかな。
簡単に言えば、「若い擬人化シミラ」という感じだろうか。
「こんにちは…というか、何で私の名前を知っているの?」
少し間があったが、
「まぁいいから。とりあえず、中に入ってください」
そう苦笑いで言われ、遠慮なく入ることにした。
*
「まぁお茶でもどうぞ」
小さい湯のみに、凄く濃い緑色の、湯のみの底が見えない「お茶」を出された。
「あ、ども…」
まさか、これを飲んだだけで時間は…戻らないよね?
超怪しいけど。
死ぬなんてことも…まさかね。
横長のソファに座らされて、面接のようになっていた。
いろいろ考えてしまい、緊張する。
「それで、貴女も時間を戻したいんだよね?」
まるで心が読まれたかと思った。
いや、本当に読まれてしまったのか?
え?何?超能力?
正しい判断も出来なくなりそうだよ。
「え?まだ何も言ってませんよね?しかも、貴女[も]って、どういうことですか…?」
「あ、その辺は気にせず。私は何でも知っているので。というか企業秘密です」
「企業…はぁ、そ、そうですか」
魔女のような人はソファから立ち上がり、棚をあさったかと思うと、
チェーンつきの懐中時計を四角テーブルの上に置いて、また座った。
チェーンの金属の音が、静かな店内に鳴り響く。
「これで過去に行けるよ。戻りたい日を想像して、この竜頭(12時の上にある、出っ張っているやつ)を引っ張れば戻れるから。」
突然すぎて一瞬、言われたことが理解出来なかった。
「…ハイ?」
こんな手のひらサイズの懐中時計で、本当に過去に…?
…いやありえないありえない。
こんなので騙されないんだからね私は。そこまで馬鹿ではないよ。
「カービィ様の笑顔、探しに行きたいんでしょう?」
また心が読まれたのか、返答をされたようなタイミングだった。
何故ここまで知っていたのだろう。
でもその時はそんなこと考えず、「ハイ」という言葉が口から出ていた。
「…じゃあ、いってらっしゃい」
ためらいもなく竜頭を引いた。
戻る日は…そう。一年前の「あの日」。
引いて一瞬間が空いたが、しだいに周りの景色が崩れていく。
まるでパズルのよう。
―今、君の笑顔を探しに行くよ。