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小説「
号笑 第九話 「猫井順の里親」
」を編集します。
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作者名
ヒガシノ
タイトル
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内容
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鎮痛剤を飲んでいるから大丈夫だけど、普通一時間も患者を硬い椅子に座らせるべきではないだろう、なんて少し苛立ちを覚えながら、大きな白衣の背中を眺める。彼はこの猫井病院の院長であり、俺の祖父だ。…母方の。 祖父は俺を一時間前に院長室に呼び出した。何事かと行ってみたら、祖父は電話をしていて、『そこに座って、少し待っていてくれ』と言われたので言われた通りにしたが…。遅すぎやしないだろうか。いつもは人を待たせるような人じゃないのに。 電話の相手は、ときたま漏れ聞こえてくる声から、少し前までは男性、そして今は女性だ。どちらも知らない声だった。 祖父の言葉は滑舌が良くないので、ときに不明瞭だが、なんとか聞き取れた『親』『逮捕』『施設』などというワードから、あまり穏やかな通話ではないことは察せられた。 と、祖父が『ありがとうございます』と言って、携帯を置いた。そしてこちらに目を向けた。ゆっくりと近づいてくる。…いい話ではないことは分かっている。何を話してくるかも大体目星はついている。しかし、まだその現実を、受け止める器を作れていなかった。けれど祖父が口にしてしまえば、器が出来上がっていなかろうが、無理矢理にでも受け取らなければならない。 祖父が椅子に腰掛けた。心臓がどくどくと暴れている。俺にまだそんな器はない。器はない。器はない。だからまだそんな現実みせないでくれたのむから! 祖父が口を開いた。 「…順。待たせてすまなかった。今日、大事な話がある。」 「俺の母親が逮捕された…とかですか。」 相手から現実を押し付けられるよりは、自分から見に行く方がマシだろうと考えた一言だった。 これが吉と出るか凶と出るかは、まだわからない。祖父の言葉を待った。 「…わかってたのか…。」 祖父は俯いた。 少しだけ、否定されることを期待していた。『あの子がそんなことするわけないだろう』と、母の…祖父にとっては一人娘の罪を否定してくれるのを。 俺から現実を見に行ったはずだった。けれど、その期待が邪魔をした。器は、決壊した。 「順…。すまない…すまなかった。私が娘の育て方を間違ったせいで、そんな怪我を…」 祖父は、俺の顔を見て慌てた。きっと、笑ってたんだと思う。 「俺は大丈夫ですから…間違ってたなんて、言わないでください。じいさんも母さんも何も悪くないから。」 なんとか笑みを戻して、言った。戻したといってもそう簡単に戻し切れるわけがないので、すこし変な顔をしていたかもしれない。 「…順…。ありがとう…。」 そう言って祖父は組んだ自分の指を眺めて、次に言う言葉に迷っているようだった。こういうときの祖父はとことん迷う。まどろっこしかったので、こちらから質問した。 「…さっき電話で話していた人は…?」 「ああ、そう、その…話は、君の母…理子が逮捕された事だけじゃなくて…だから、君は…今、保護者がいない状態だろう。だから、代わりに保護者になってくれる人を探してたんだ。さっき話してた人は家庭裁判所の人だよ。」 「…施設じゃダメなんですか?それとも一番血のつながりがある爺さんとか…。」 「…ううん…こう言う場合、血のつながった人が最優先で保護者になるべきなんだが、なにしろ私は忙しいからね…。学校行事も何も行ってやれないし、帰るのも深夜だから、君たちを育てる環境を整えることも難しい。施設は…ここからかなり遠いから、検討できない。」 「…そうですか。」 なんだか今の俺の状況は捨て猫と似ていると思った。宙ぶらりんで、誰も支えてくれる存在はいない。 「…で、見つかりそうなんですか?代わりの…保護者。」 「…うん。なんとかね。」 もう里親が見つかったのか。ユキなんか何ヶ月も見つからなかったのに。俺がユキより可愛いわけないんだけどな…。弟もいるし、世話も面倒だと思うけど。どんな物好きだろう。 「一応、今は夏野美香さんが順と直を育てると言ってくれている。」 祖父は静かに言い放ち、衝撃が走った。 「…夏野!?えっ…その人…まさか…ひ、陽毬の…」 「ああ、そうだったね。君と同い年の娘さんがいて、確か君はその子とは血が繋がっていたはずだ。」 「え?繋がって…は?何を…」 「…知らなかったのか…。美香さんが至極当たり前のように言うから…周知の事実かと…。」 祖父が頭をかきながら申し訳なさそうな顔をした。器はすでに壊れていると言うのに。今更妙なこと言うのはやめてくれ。しかし、母の元夫の夏野陽太と同じな『夏野』という苗字。陽毬と会ったときから、この奇妙な共通点を疑問に思っていたのだが…、今、点と点が線につながった気がした。 夏野陽太は陽毬と俺の共通した父親だったのか。陽毬が持つあの性質も、俺と同じく遺伝によるもの。 だったら、夏野美香さん…陽毬の母親は俺の父の性格を知っている。つまり今の俺の家庭環境を伺い知ることができるのはこの人だけ。ならば保護者候補としては申し分ないと言うことか…。祖父がそこまで考えているかはわからないが、陽毬と血が繋がっているから、と言う理由だけでなくてよかった。 「…で、どうかな?よければ、一度会ってみないか。」 「…けど…子供を3人も…大変じゃ、ないですか?しかも女手一人でなんて…。」 「それは本人に聞かないとわからない部分もあるな。大変なのは確かだろうが…夏野さんは、君と直を育てたいと言ってくださっている。とにかく、一度会おう。直も一緒にな。」 「…わかりました。」 納得しきれない気持ちだったが、頷いた。 *************************** 後日。 俺はまだ病院から動けないので、夏野一家の方から来てもらうことになった。弟の直が先に病室に入ってきた。 「おにーちゃん、だいじょうぶ?」 「…うん。」 弟は、 「あたらしいおかあさんたのしみ。」 と言ってにっこり笑った。 「…そう?悲しくないのか、前までの母さんがいなくなって…。」 「きらい。まえのおかあさん。」 「…?どうして?お前は母さんにたくさん物を買ってもらってたし、特別に優しくしてもらっていたじゃないか。」 言ってしまってから、少し嫌味っぽかったかもしれないと反省した。 弟は、夏野陽太の子供ではない。母が陽太と離婚した後に出会った男との子供だ。 その男は陽太とは違って温厚で、『外面は』しっかりした人だったから、常に母は父親の違いで子供を差別し、弟だけに優しくする。だから少し弟を妬ましく思ってしまう。これは仕方のないことなのだろうか。 そんなことを考えていると、 「おにーちゃんをたたくから。」 と弟が答えた。 「……。」 気まずい沈黙が流れた。弟は、甘やかされてはいるが、彼自身の性格は父に似て温厚だ。何か話そうと思って、疑問に思っていたことを言った。 「…ところで、警察に母さんのこと言ったの、直?」 「ちがうよ。おかあさんがじぶんでいいにいったよ。」 「…自主…!」 あのテレビでの嘘はなんだったのか。母さんなりに葛藤があったのか…?わからないけど、母さんに罪の意識があったことに、少し安堵した。 すると、ドアが静かに開いた。夏野一家が到着したようだ。 夏野美香さんと、陽毬、そしてその後ろには院長…祖父がいた。 陽毬が向かいに座った。一週間前に決別したつもりだったのに…。少し気まずかった。 話し合いは実にスムーズに行われた。祖父と美香さんが主に話し、たまに俺に意見を求める、と言った形だった。陽毬は、緊張しているのかほぼ何も話さなかった。直はそもそも話の内容をあまり理解できておらず、しまいには『おやなんかだれでもいいよ』と退屈そうにあくびをして眠り込んでしまった。 美香さんの話し方は、要点を押さえた簡潔な説明の中に、親の愛のようなものが詰まった、暖かなものだった。俺や直を本気で育てようとしてくれているのが見てとれて、なんだかまた器から溢れそうになった。 「…問題は、家庭裁判所にコレで通るか、よね。」 話がひと段落ついたところで、美香さんが言った。 「…ううん…順がもう少し大きかったら、すんなり通るはずなんだがな…まだ14歳だ。一年足りない。」 と祖父。 「…15歳なら申請が通るんですか?」 と聞くと、 「そうよ、順くん。15歳以上の子供の保護者を決める時に限っては、子供の意見が尊重されるの。つまり順くんが私を保護者として申請したい、と家庭裁判所に言えば、それが尊重されて申請がすんなり通るってわけなんだけど…。」 「おにーちゃんいちねんたりない。」 いつのまにか起きていた直が後の言葉を引き取った。 「とりあえず、一度申請してみて、ダメだったら一年だけは私が面倒を見よう。」 と祖父が言った。 「…了解です。じゃあ、私たち、そろそろ帰るわね!順くん、疲れたでしょう。ゆっくり休んでちょうだいね。」 と、美香さんがバッグを肩にかけて立ち上がった。 「陽毬…、最後に何か言うことないの?」 「え?あ、さよなら…?」 そう言って陽毬がぎこちなく手を振った。 「…そうじゃなくて、今日順くんと話してないでしょ。話したいこと、あるんじゃないの?」 「えっと、え〜っと…わかんない。とにかく、お大事に…!」 そう言って陽毬が帰ろうとしているのを見て、何か言わなければ、と思った。 「…陽毬」 「あ…はい!?なん、なに??」 陽毬は突然のことに驚いたのか、目を白黒させながら俺の方を見た。 「…陽毬は、いいの?俺らが家族に加わることに不満とか…何かない…?」 「…。」 陽毬は顎に指を当てて、少し考える仕草をしたあと、口を開いた。 「…不満なんて無いよ。これがねこ…順くんのためになるなら全然…。私、一回、順くんにすごく助けられた。だから、これが恩返しになるなら…いいなって、思ってるよ…!」 陽毬はにっこりと笑った。美香さんによく似た、明るい笑顔。病院の無機質な電灯よりもずっと眩しかった。 「…それに、お母さんに聞いたら、私の方が誕生日先だから、お姉ちゃんになれるってさ!私一人っ子だったから、弟とかいるの憧れだったの!!」 「…え…俺、弟…?」 「あっ…嫌だった…?」 「…いや…別に…ずっと兄だったのに、急に弟になる日が来るなんて不思議だと思って…。」 「私にとっては弟だけど、直くんにとってはお兄ちゃんのままだよ?」 「…ああ、そっか。そうだな。」 そう言って少し笑ってみせた。陽毬も笑った。 今日もらった分で、向日葵は8輪になった。 退院まで、もうすぐ。 続く
投稿者コメント
すみません。今回最終回って言ったけど撤回させてください。 流石にちょっと長すぎるので、区切ることにします。 次回が本当の最終回…!(なはず…!) 十話で終わった方がキリいいしね…。
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